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神の使いと終焉者  作者: 久我尚
オメガ 前編
7/30

第6話 『王様』

 琴美は頷いた。

 陸が見ている景色が自分も見たかったというのが首を縦に振った理由ではあるのだが、彼女自身その理由に確かな自覚はない。薄々そうなんじゃないかと思っている程度だ。

 常にニコニコとしている悠介の後を少女は追う。

 そして到着したのは校舎の屋上だった。


 「いい風だねぇ」


 急ぐ様子もなく、悠介はのんきに伸びをしている。


 「えっと…なんで屋上に?」


 「そりゃあ、ここから行くからだよ」


 「こ、ここから?」


 高いフェンスに囲まれた屋上。特に何もない。ここからどうやって悠介は駅の方へ向かうというのだろうか。


 (そう考えると桐原先輩もどうやって行ったんだろ。歩いて行ったのかな?)


 などと考えていると悠介が琴美に歩み寄ってきた。


 「目を瞑って動かないでね」


 「あ、はい…」


 ひとまず彼女は言われた通りに目を閉じた。

 素直に言うことを聞く琴美に優しい笑みを浮かべながら、彼女の額にトンと悠介は人差し指を当てる。一秒ほどで彼はその指を離した。


 「――着いた、目、開けていいよ」


 「へ?」


 琴美は瞼を上げる。


 「あ、れ…?」


 視界の広がっていた景色は学校の屋上……ではなく、見知らぬ建物の屋上のものだった。


 「月城先輩、ここどこですか? というかどうやって……ってもう行ってるし…」


 琴美の声に耳を傾けることなく、悠介は歩き出していた。


 「さてさて、この辺かな」


 「…オメガがこの辺りにいるんですか?」


 「多分ね。だから琴美ちゃん気を――」


 その時、悠介の立っていた地点に黒い何かがとてつもない速度で飛来した。


 「っ!」


 ひびが入る屋上。悠介のいた場所には黒い人型が佇んでいる。

 琴美はそれが何なのかを知っている。忘れるわけがない怪物。オメガだ。


 「月城先輩…っ!」


 悠介はオメガの足の下にいた。動く気配はない。


 「ギ、ギギ…ガ――?」


 悠介を下敷きにする怪物は、あの時のように琴美を見て首を傾げた。


 「グ、ア、ギ、ギィ…?」


 口が開かれた。

 歪な歯の隙間から、怪物の口内で無数の触手が蠢いているのが見える。

 笑っている。琴美にはそうとしか思えなかった。


 「……ぁ」


 恐怖という感情が少女の体に浸透する。

 まだ日が完全に落ち切っていない。その影響でオメガの全身が鮮明に見えている。

 人型でありながら、人からかけ離れた姿は琴美の視界から離れようとしない。


 「………ぁ…ぁぁ…」


 足は震えたまま力が入らず、動くことができない。

 何の意味もない声が口から漏れ出るのみ。


 「グ、ガ、グ…」


 オメガは前傾姿勢になった。

 琴美は即座に理解した。次は自分のことを狙おうとしているのだと。


 「ギィッ!」


 奇怪な声とともに地を蹴った。

 が、琴美に飛びかかろうとしたオメガの動きは唐突に停止した。


 「――あのさ。人の顔を踏むのはよくないよ?」


 下敷きになっていた悠介がオメガの脚を掴んでいる。それがオメガの動きが止まった理由だった。


 「ガ、ガ…?」


 異常な握力だ。オメガの脚の形が変わっている。

 その光景をオメガは不思議そうに見下していた。


 「痛覚鈍いんだっけ。なら…」


 起き上がるのと同時に腕を振り、握っていたオメガを向かいの建物に投げつける。


 「ギ…!?」


 怪物は壁に体を叩きつけられた。


 「あはは、なんか現代アートみたいになっちゃったね」


 立ち上がった悠介は琴美に笑顔を向けてそう言った。


 「グ、ブガッ…ガァ…!」


 衝撃によって声帯が変形したために、さらに奇怪な声を上げる怪物。めり込んだ体を壁から抜こうと必死だ。


 「うん。琴美ちゃんを怖がらせるのもよろしくないだろうし、終わらせよう」


 右手をオメガへと向ける。そして学校で琴美に能力を見せた時のように指を鳴らした。


 「――着火」


 声と同時に出現した炎は怪物の黒い体を包んだ。

 未だに壁から抜け出すことのできていないオメガは、人間には理解のできない言葉を悠介に向けて吐き出している。様子から罵倒しているであろうことは察せられる。


 「その程度の脳みそはあるんだ。でも、その炎は君が灰になるまでは燃え続けるよ」


 「――――――ガ」


 もがいていたのが嘘だったかのように動きが止まった。


 「終わったんですか…?」


 まだ燃えたままではあるが死んだのだろうか。

 悠介が動こうとしないので、琴美は声をかけた。しかし返事がない。


 「月城先輩?」


 「――ちょっと予想外だな」


 「な――」


 聞き返そうとした瞬間。轟音が鳴り響く。


 「ガ…ギ、ガァァァア――!!」


 咆哮。

 生物としての最後の抵抗…ではなく、それは殺してやるという意思の表れ。


 「B…」


 完全に動けなくなっている琴美とは裏腹に、冷静な悠介は静かに呟く。


 「ギ、グ、グ! ガァッ!!」


 炎を振り払うように自力で体を抜いて、オメガは悠介に飛びかかる。


 「…プラス、かな。てか炎消えちゃったし」


 小言を口にしつつなんでもないように自分より体の大きい生物を殴り飛ばした。


 「ありゃ?」


 今度は衝突することなく、地面に着地するかのように壁に足をつけた。重力なんて無視してオメガは足を壁につけている。


 「学習能力は高いね。伸び代があるっていうのはいいことだよ。成長する者には生きる価値がある」


 「――ただし、人間に限ってだけどな」


 場違いな明るい声がした。

 声のした向かいの建物の屋上へ、少年と少女は視線を向ける。

 そこには同じ高校に通う、青巌高校二学年一の嫌われ者がいた。桐原陸である。


 「なんで小川連れてきてるんですかねぇ」


 「あらら、陸くん遅かったね」


 「いや答えになってないんですけど。ていうかそれこっちのセリフなんですよ? 普通に終わってるつもりで来てましたからね、俺」


 屋上の一番端に立ち、下を見る。陸の視線の先には壁に立つ黒い怪物がいた。


 「あ、なるほど。その感じだとBプラスですか」


 「そうそう」


 「まあ、ちんたらしてる理由にはなりませんけどね…。ひとまず小川は帰らせてください。あとは俺がやるので」


 「ガ…ギッ!」


 見下されているというのが気に食わなかったのか、オメガは攻撃対象を悠介から変更した。陸の方へと壁を走って向かう。

 敵が接近しているというのに、陸はつまらなさそうな目で迫りくる怪物を見ていた。

 そして、


 「――死んどけ。劣化野郎」


 目前まで迫ったオメガの首は、陸の右手によって切断された。


 (…小川見てたのに腕の形変えちまったな。ま、別にいいか。きっとなんとかなる。多分、大丈夫に違いない。…多分)


 陸がそんなことを考えている間に、首の切断されたオメガは建物と建物の間へと何の抵抗もなく落ちていく。首を切られたのだから生物としては当然だろう。これで絶命。命は消えた。…というように陸はなってほしかったわけだが、そうはいかない。

 首を失ったオメガは、所有する形態変化の能力によって爪を伸ばし、壁に突き刺して地面への落下を回避した。


 「あら、意外と大物だったか。A帯の可能性もありえるか?」


 ため息を吐きながら陸は黒目を琴美の方に移動させる。


 「先輩、そいつ帰らせといて」


 「一人で大丈夫?」


 「誰に物を言ってらっしゃる?」


 「ああ、『王様』だもんね。なら問題ないか」


 「いや、いつのまに俺は王様になったんですか。…じゃなくて、流石に何とかなるとは思いますけど、あの物騒な特殊部隊来手も面倒なんでさっさと帰ってください。以上」


 「了解、りょうかい~」


 ふざけた返事を返し、悠介は琴美に近づく。


 「ま、待ってください。月城先輩もいた方が桐原先輩は安全じゃないですか!」


 「残念ながら君の安全の方が今は優先すべきなんだ。陸くんからの命令だしね」


 この場所は琴美がいていい場所ではない。あまりにも危険すぎる。


 (にしてもなんで先輩は小川連れてきたんだ? 危険しかないことはわかってるだろうに。それともなんか得られるものが――)


 「ガ、ギギ、ガ、ギ、グ…!」


 「うるせえな。バグったCDプレイヤーかお前は。人が考え語としてる時ぐらい静かにしてろ…って、回復早いな」


 陸には聞きなれた声だったので一瞬気付かなかったが、発声をしているということは、すでに切断されていた頭部が復活しているということだ。

 地面を這うように建物の外壁をよじ登るオメガの頭部は半分ほど再生していた。

 「キモいな…。お前らと蓮コラは永遠に克服できるきしねぇよ」


 そんなことを言ってる間に完全にオメガは再生を終えた。

 陸はオメガが攻撃を再開する前に、体をゆっくりと前に倒して建物から飛び降りる。

 そしてクライミングの最中であったオメガの頭部を鷲掴みにし、人気のない路地へと自分の全体重とともに叩きつける。


 「うへぇ…、感触が気持ちわりぃ。ねちょねちょする」


 衝撃に耐えきれずオメガの頭部を砕けた。当然、頭を掴んでいた陸は怪物の頭部を潰れる感覚を味わい、さらにはその際に飛び散った怪物にとっての血液のようなものである黒い液体を右腕に浴びていた。


 「――、――――、……!」


 手足をバタバタさせて抵抗しているが、陸が馬乗りになっているために全く意味をなしていない。


 「動くなよ。大人しく――」


 陸の右手が黒く変色する。いや、そもそも形状自体が変わった。その黒い手はオメガの手と酷似している。


 「――喰われろ」


 右手から伸び出る触手、それらは怪物の体に張り付いた。

 すると陸の右の掌に吸い込まれるようにして、オメガの姿は消え失せる。


 「はい、ごちそうさん。…さてと」


 路地から屋上を見上げると、驚いた顔で路地をのぞき込んでいる琴美の姿とニコニコとしながら楽しそうに陸を見下ろす悠介の姿があった。


 「なんであの人あんなに楽しそうなんだ…」


 どこが楽しいのか、むしろ陸にはこの状況が面倒だとしか思えなかった。

 

***

 

 「レプリカ1、ノーマルのCプラス、Bプラスでしたね」


 「了解。どうする? 陸くんから報告する?」


 「いや、どうせ戻るでしょ? それなら先輩の方でやっといてください。俺はもう学校寄らずに帰りますんで」


 楓に可愛い仕草を取らせるという帰ってからの目的を、彼は学校まで行くのが面倒くさいからという理由であきらめていた。


 「あ、一応天野に俺の荷物持って帰ってくるように言っといてください」


 「わかったよ」


 「ほい、そんじゃお疲れさんでした」


 「ま、待ってください!」


 今にも帰宅しようしとしていた陸を琴美が止める。


 「どした」


 「どした? じゃないですよ!? もう色々と訳が分からないんですけど!」


 「おう、そうか。じゃあな」


 「なんで!?」


 勢いに任せてこの場から去ろうとする彼だが、逆に琴美の勢いに押される。


 「落ち着けよ。仕方ないから説明してやる。俺はあんな感じで腕を変形させたり、吸収したりして気持ち悪い怪物を殺してる。以上、解散な。先輩さっさとよろしく」


 「はいはい。疲れ様」


 「え、ちょっと…」


 悠介は陸に笑顔で手を振りながら、片方の手の人差し指を琴美の額に置く。その刹那、二人の姿は屋上から消えた。


 「便利だよなぁ。瞬間移動。俺も習おうかね、『魔術』とかいうやつ」


 悠介の力を羨ましく思いつつ、陸は自宅がある方角へと体を向けた。


 「帰って、飯食って、風呂入って、クソして寝よう」

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