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神の使いと終焉者  作者: 久我尚
オメガ 前編
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第1話 『とある学校のとある一室』

 彼――桐原陸きりはらりくは憂鬱だった。

 時刻は午後三時を過ぎ、ショートホームルームを終えてようやく学校という名の監獄から脱獄できる。多くの生徒はこれでようやく帰れると喜んでいるわけだが、彼は違う。

 昇降口とは反対側、人気の少ない方へと足を進めている。

 登校日の放課後はほぼ毎日同じ行動をしているというのに、足が重く感じるのも、廊下がなぜか長く感じるのも、何も変わらない。

 家に帰ってゴロゴロしたい。そう思うばかりである。


 「ついたついた…」


 扉の前まで来たところで足を止める。

 しばらく歩いて到着したのは校舎の端っこにある部屋。

 プレートには書かれていない。一見空き部屋にしか見えないが、実はそうではない。


 「………」


 扉の前に立ち尽くすこと数十秒。

 なかなか彼は入る気になれないでいた。

 やはり帰ってしまってもいいのではないか。その考えに至り、体を部屋から逆方向に向けようとしたところでドンッと勢いよく扉が開かれた。


 「「――――」」


 扉を開けたのはとても綺麗に顔の整った少女。その少女と彼はばっちり目が合った。

 すぐに陸は目を逸らす。すると少女のほうが先に口を開いた。


 「遅いです」


 制服姿の少女から感情の籠っていない、冷たく、無機質な声が放たれた。

 この少女は、陸のクラスメイトである天野瑠奈あまのるなである。


 「なんで私より先に教室から出たのにこんなに遅いんですか?」


 「悪うございました」


 適当に返事をし、瑠奈の真横を通り抜けて室内に陸は入る。その時、視界の端で瑠奈が少々不満そうな顔をしていることについて彼は触れなかった。


 「やっぱり陸くんだった。瑠奈ちゃんね、君のことが心配で探しに行こうとしてたんだよ?」


 部屋に入ると微笑みと優しい声を向けられる。


 「すみませんね。悠介ゆうすけ先輩」


 三年生。陸より一つ年上の先輩、月城悠介つきしろゆうすけ

 眉目秀麗な帰国子女。この学校一のイケメンと思われる男子生徒だ。


 「うん。僕じゃなくて瑠奈ちゃんに誤ったほうがいいんだけどね。あ、でももっと言ってくれていいよ? 君の声をたくさん聴けると……嬉しいからね」


 ついでに彼は誰もが一目置くほどの変人である。


 「それよりも遅れた理由はなんですか?」


 変人を完全に無視した瑠奈はドアを閉め、視線を陸へと向けて尋ねた。


 「大で大冒険してたんだよ」


 「汚いのでやめてもらえますか?」


 「えぇ…。お前が言わせたんじゃん…」


 言われた通り理由を答えたというのにやめろと言われるのは心外だった。


 「というかちゃんとわかりにくく言っただろ。逆によく伝わったな」


 オブラートに包んだわけではないが、絶対にわかりにくかったはずだ。

 少なくとも汚物の名は口にしていない。


 「昔からたまに言ってますからね」


 「あら、そうだったっけ? まあお前が言うならそうなのか」


 瑠奈が言うのなら間違いはないのだろうと彼は納得した。


 「とりあえず座ったら?」


 ニコニコしながら二人のやり取りを見守っていた悠介がそう提案する。


 「そうですね」


 二人とも定位置へと移動を開始する。

 この部屋の中央には入り口から窓に向けて折り畳み式の長机が二つ平行に置かれていて、その窓際の端には普通の学校の机が一つ設置されている。そして学校の机に一つ、部屋の入口から見て長机の左サイドに二つ、右サイドに一つパイプ椅子が置かれていた。

 陸は左サイドの椅子へと足を進める。そこが彼の定位置だ。ちなみに悠介は右サイド、瑠奈は学校机である。

 上座に座っているのが悠介よりも年下の瑠奈であるわけだが、そこは誰も気にしていない。年功序列というのはこの空間では意味をなさないようだ。


 「よう、かえで


 「…うん」


 挨拶をして帰ってきたのは小さな声と頷き。

 部屋にいたのは瑠奈と悠介だけではなかったのだ。もう一人、陸の定位置の隣に座る人物がいた。

 陸の同級生である立花楓たちばなかえで。口数が少なく、幼い顔立ちをした少女だ。

 陸の初見での感想は「可愛い」だった。

 しかし、かなり静かな性格なので友達が少ない。というかほぼいないといっても過言ではない。少なくとも陸が知る限りではここにいるメンバー以外と楓が関わっているところを見たことがなかった。


 「今日は何読んでるんだ?」


 彼女の手元にある本に視線を向けた。


 「…りくが言ってたラノベ」


 「おお、さっそく読んでるのか…ってもう三巻目かよ。お前に勧めたの昨日じゃなかったっけ?」


 「うん。昨日の放課後」


 「楓って確か寝るの十時ごろだろ? どんなペースで読んだんだよ」


 「帰ってから一巻…。学校で一巻」


 それで放課後の現在、三巻目に至るらしい。


 「どうだった?」


 なんでお前女子の就寝時間知ってるんだよという目を瑠奈から向けられる陸ではあるが、そんなもの気にせず彼は楓に感想を聞いた。


 「おもしろい…」


 勧めたものを面白と言ってくれたのは陸にとって素直にうれしいことだった。


 「ならよかった」


 立花楓は無口ではあるが、話しかけられればちゃんと会話をしてくれる。表情にも変化があり、ちゃんと感情がある。――というのは主に陸と接する時だけだ。

 関わる必要のないと思った人物とは全く話さない。無表情のままでいる。

 あまり積極的に喋らない人間でもクラスに友人の一人や二人はいるものだが、彼女に友人が一人もいないはそれが原因だ。けれど特に彼女自身はそのことを問題視していないようなので、もはや数少ない友人である陸たちもそのことを気にしていない。


 「あー、それ僕まだ読んでないなぁ」


 会話に入ってきたのは悠介。彼にも陸は楓と同じようにラノベを勧めていた。


 「いいですよ。そんな急がなくても。悠介先輩なんやかんや忙しそうですし」


 この月城悠介という人物は、知り合って約一年ほど経過する楓よりも陸との付き合いが長い。陸がこの高校に入学するよりも前から色々とお世話になっていた。

 変人ではあるが、接しやすく、とても頼れる人物だ。


 「そうなんだよ。今やってるイベントの周回忙しくてさ」


 忙しいのベクトルが陸の想像しているものと違った。

 イベントというのはスマホでできるソーシャルゲーム内で行われているもののことだ。

 ちなみにそのゲームを教えたのは陸であり、彼自身もやっている。もちろん楓もだ。


 「確かに今回のイベント面倒ですよね」


 「うん。陸くんのサポートキャラいなかったら詰んでたよ」


 「どんどん使ってください。ポイント貯まるんで」


 「――あの、自由過ぎないですか?」


 一連流れを黙って見ていた瑠奈が口を開いた。

 この中で一番陸との付き合いが長い。それどころか彼が現在関わりを持っている者の中でも一番長く同じ時間を過ごしている人物だ。

 そしてこの中でリーダー的な存在だ。上座に座っているので陸は勝手にそう思っている。

 実際、彼女がいなければこのメンツは集まることはなかったので、リーダーというのが一番的を射ているかもしれない。本人は全くそんなことを思っていないわけだが。


 「そりゃ、我が校は生徒の自由を尊重してるからな」


 「はぁ…。ラノベやらソシャゲの布教活動に関しては何も言えませんけど、それは後にしてくれます?」


 「なんだ、会話に参加したいならお前もやってみようぜ? 面白いぞ?」


 「いや、そうじゃなくてですね…。というか新学年になったっていうのに本当に変わりませんね」


 ここで部活――と言っていいのかはわからないが――という体で集まり始めてからこのメンバーの様子に特に変化はない。最初からこんな感じだ。


 「人なんてそう易々とかわらないからなぁ」


 「そうだね。中身でも変わらない限りは変われないよね」


 「――――」


 いつもの笑顔を俺に向けてくる。常にニコニコしている悠介だが、その顔を自分に向けられた時は普通に彼が何を考えているかわからないので陸的には相当怖い。


 「まあいい。それよりも天野。プロジェクターとスピーカー用意しろ」


 「まだ私の話が終わってないんですが…」


 「安心しろ。昨日出てきたのはレベルC二体だ。害にはならねぇよ」


 「――そうですか」


 報告をすると満足したのか瑠奈は立ち上がる。


 「それでプロジェクターとスピーカーって何に使うんですか?」


 「ふっふっふ、アレをやるんだよ。待ちに待ったアレを」


 というわけで陸は鞄の中に手を入れ、わざわざ家から持ってきた物を取り出した。

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