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神の使いと終焉者  作者: 久我尚
オメガ 前編
19/30

第18話 『嘘』

 「原山と空沢ね」


 ある程度話は聞いた。

 端的に言えば、昨日陸が名前を聞いていた原山と空沢という生徒が学校で好き勝手やっている、という内容だった。


 「怪我をした一般生徒も何人か出てる……ね。どう思うよ?」


 「どう、とは?」


 「言わなくてもわかるだろうが、お間抜けさんたちのことだ」


 「それはあなたの言う通り間抜けとしか称せないのでは?」


 「…確かにそうだな」


 得心のいく陸。

 倉園は今のやり取りの意味をわかっていなかったが、ひとまずその疑問を脳内から振り払い、改めて彼に頼んだ。


 「お願い…。助けてほしい」


 助けて。その言葉は陸の奥底で反響していた。


 「もちろん助けます。そうですよね、桐原くん」


 「……ああ」


 上司の命令なわけだから首を縦に振るしかない。しかし、瑠奈がいなくても倉園に頼まれたのなら、ヘッドバンキングが如く首を振っていたことだろう。


 「どうにかしてやるよ。諸々な」


 陸は倉園のために体を張ることにした。


 「でも具体的にはどうしますか?」


 「手っ取り早く殴ろうぜ。前みたいに」


 「まあ無難ではありますか」


 「え? そんな実力行使なの?」


 「経験上、人間の行動を制限する手段の中で力を見せつけるってのが、一番有効だからな。権力とかそういう力は俺らにないから物理的な力なわけだけど」


 前回もそうだった。

 それでひとまず鳴りを潜めてくれていたわけだが、そんなものは軽く落し蓋をのっけただけにすぎなかった。

 新しい発現者が出てきたのはイレギュラーであったが、そのことを抜きにしてもいつかは蓋が開く可能性は十分にあったのだ。


 (先輩の言う通りだったな…)


 前回お灸をすえた原山を放置するというのは、悠介の反対を押し切って陸たちが結滞させたことだった。今思えば、悠介の方が正しかったのかもしれない。


 「――過ぎたこと考えても仕方ねえな」


 ゆっくりと少年は立ち上がる。

 それとほぼ同時に陸と瑠奈の携帯が鳴った。彼らが入っているグループにメッセージが送られたのだ。送り主は楓。


 「行くんですか?」


 「もちのろん。……にしても俺最近働きすぎだろ。とんだブラック企業だな」


 「あなたが一番身軽なんですから諦めてください」


 ようやく息を吹きかけなくても飲めるようになったコーヒーを瑠奈は飲み終えた。


 「ちょっと、どこ行くの?」


 「オメガ退治だよ。天野は先に帰っとけ、あとは俺一人でいいから」


 「そうなると私の来た意味がなくなるのでは?」


 「今日は多分いなくても問題ねえよ」


 「わかりました。では任せます」


 「あいよ」


 瑠奈は携帯を取り出した。楓に返信しようとしているのだろう。


 「――お前は来るだろ? 倉園」


 「………」


 倉園は少しばかり驚いたような顔をした。


 「…うん」


 少し遅れて返事が返ってきた。

 わかりきっていた応答だった。

 

*****

 

 また暗い路地。正確には違うのだが、構造が似ているのでどうも同じような場所に見えてしまう。路地迷宮の名は伊達ではない。


 「――今日はレプリカじゃなくてノーマルのBマイナスか」


 しゃがんで倒れているオメガを指で突く。

 今日出現したのはレプリカではなく、通常のオメガだったが、B帯は苦戦するような相手ではない。ものの数秒で終わった。


 「なぁ、こいつらのことどう思う?」


 「――?」


 他人から見てオメガはどう見えるのか、今までそのことを気にしてなかった陸は、これはちょうどいい機会だと思い、彼女に質問したのだった。


 「いいから言ってみ」


 「…不気味で気持ち悪い」


 どうやら怪物に対する印象は大差ないようだった。


 「だよなぁ。こいつらは滅びればいい。ついでにゴキブリも」


 羽ばたいたゴキブリは陸のトラウマの一つである。


 「でも不気味さで言ったらアンタも負けてないでしょ」


 陸の変形している醜い腕を倉園は指した。


 (確かに気持ち悪いな。なんでこんな腕なんだよ)


 まじまじと自分の腕を眺める陸。それを見た倉園は自分の発言の過ちに気付いた。


 「あ、ごめん…」


 「なにが?」


 「え、いや、だって…アンタも好きでそんな能力なわけじゃないでしょ? だから…」


 「…お前いい奴だな。惚れそう」


 「――――――は?」


 出し抜けに放たれた言葉。

 倉園は数秒間理解できずにいた。が、すぐ後に呆れたように彼女はため息をついた。


 「ラノベのチョロインみたく赤面してくれるかなとか思ってたんだけど、その反応は残念です」


 「…アンタさ、その感じだと普段からそういうこと言ってるんだろうけどやめといたほうがいいよ。あんな可愛い子がいるんだから」


 「なんだ、真に受けてたのか? 本当に付き合ってないぞ、俺たち」


 「――好きじゃないの? あんなに可愛いのに」


 「ああ、好きじゃないよ」


 「なんで?」


 「なんでって好きじゃないからだけど」


 「だからそれでがなんでよ。あの子すごい可愛かったでしょ」


 「あのな…、確かにあいつは可愛いけど、可愛いからって好きにならないといけないなんてことはないだろ? 俺からすりゃお前も相当可愛いからな。全然好きになれる」


 残念ながら、陸があの天野瑠奈を好きになるということはあり得ない。

 彼女は……違うのだ。


 「ま、ひとまず安心しろ。俺は天野を好きじゃない」


 「いや、別に元から心配もしてないんだけど」


 「そりゃ残念」


 特に残念だと思ってもいないが、一応口にしておく。


 「…でも、付き合ってなくてもやめといた方がいいよ。アンタ」


 「なんで?」


 「悲しむやつがいるんだよ。多分ね」


 「へぇ、そうなの?」


 「知らないよ。多分って言ったでしょ、多分って」


 「なるほど。肝に銘じとこう」


 「……嘘でしょ」


 「あっはっは、まさかまさか」


 もちろん嘘だ。可愛い女子に声をかけるなというのは陸には無理難題である。


 (なんかこいつと話してると気が楽だな…。だから穏便に終わらせたいんだが…)


 可愛いということを差し引いても、倉園との会話は陸にとって楽しいものだった。そのため、あまり厄介なことにはなってほしくなかった。


 「――さて、要件を済ませようぜ倉園。こんな暗い路地だ。誰もいないぞ」


 「……! アンタ、まさか知ってて…」


 倉園が言い終える前だ。

 陸の背後に何かが落下した。


 「…どいつもこいつも路地裏破壊してんじゃねえよ。道を大事にしやがれ」


 何かは、落下した衝撃で地面を砕いていた。


 「よくやった倉園!」


 落下してきたのは男だった。

 建物の屋上から落ちてきたようだが、この男は足を折るどころか、無傷だ。


 「待ってたんだ! 今回はぶちのめしてやる!!」


 元気に吠えるこの男を陸は知っている。数か月前に殴り飛ばした原山だ。


 「おうおう、相変わらず元気だな。元陰キャとは思えない成長っぷりだ」


 「――ぶっ殺してやる」


 火に油を注いだらしい。

 何がいけなかったのかと言えば、真実を口にしたのがいけなかった。


 「原山、勝手に始めないで」


 陸は空を見上げた。屋上から一人の少女が彼を見下ろしている。

 駿河原高校の制服を着ていることから誰なのかは明白。空沢だろう。


 (くそっ! ぎりぎりスカートの中が見えねえ! 日中ならあの聖域が拝めてたかもしれないってのに…)


 こんな状況でも欲に忠実な男であった。

 そんな彼をよそにシリアスなやり取りは継続される。


 「…わかったよ」


 意外だった。原山は大人しく空沢の言葉に従った。

 原山が大人しくなったことを確認した少女は、彼と同じく建物から飛び降りた。しかし彼とは違ってゆっくりと、重力がそこだけ弱いのではないかと思ってしまうほどにゆっくりと、その少女は落下して何事もなく着地した。


 「アビリティか……。重力操作……? いや違うな。あれは……」


 「ねぇ、あなたが桐原?」


 「イエス」


 原山とは違って殺意むき出しではないので、陸は普通に会話を試みることにした。


 「ふぅん」


 品定めするように陸を見る。


 「なんだ? ジロジロ見るなよ。照れちゃうだろうが」


 「――顔はいいわね。どうしようかしら」


 「お、おい。空沢、どうしようってなんだよ」


 「え? いや、こんなかっこいいんだし戦う必要ないかなって。なんなら仲間にするってのもいいんじゃない?」


 「待てよ! お前、俺が協力する代わりに復讐に手伝うって言ったじゃねえか!!」


 「確かにそうだけど……原山って桐原に負けたんでしょ?」


 「……!」


 「というか元々そのつもりで愛梨には桐原を連れてくるように言ったわけだし」


 一連のやり取りを観察していた陸が口を挟む。


 「…ほぉ、強い方を取って弱い方を切り捨てるって?」


 彼女がしようとしているのはそういうことだ。


 「悪い?」


 「いんや、いいんじゃないか?」


 人間が生き残っていくための常套手段だ。非難する必要もされるいわれもないはずだ。


 「ならよかった。それじゃあ、私の仲間にならない?」


 「仲間?」


 「そう。私とこの街に――」


 「春菜」


 会話に割って入ってきたのは倉園……なのだが、陸と会話していた時の彼女はどこへ消えたのか。遠慮したような声であり、とても同一人物だとは思えなかった。


 「……なに?」


 聞き返す空沢の機嫌は悪そうだった。


 「も、もうやめない?」


 怯えたような声の倉園を空沢は睨みつける。


 「は? この状況でそんなこと言うの? いい子ぶってるわけ? ここまで桐原を誘き寄せたくせに」


 そこに関しては少し違う。どちらかというとオメガが出現したため陸からここに来た。

 が、そんなことを口にするのは野暮であると思い、しばらく黙っておくことにした。


 「そんなんじゃない! このままだと春菜が…」


 「私が、なに? …まだ愛梨は私のことを見下してるの?」


 「ち、違う!」


 空沢と倉園のやり取りに陸は置いてけぼりである。なぜか原山も陸と同じ状況に陥っている。


 (そういや、二人の関係って聞いてなかったな)


 彼女たちの関係性について陸は何一つ知らなかった。


 「違くないでしょ。またいつもみたいに私を、見下して……下だと思って…!」


 「私は…」


 「うるさい…っ!!」


 空沢の声が裏路地に響いた。

 喧嘩する分には別にいいのだが、ここ以外でやってもらいたかった。なぜかというと陸と原山がこの空気感に耐えられない。


 「春菜…」


 「…もういいよ。愛梨」


 空沢は手で拳銃の形を作り、銃口である人差し指を倉園に向けた。


 「いなくなって」

 その瞬間、血が飛び散る。倉園のではなく、陸の血液だ。

 「一応庇っておいたけど、正解だったな」

 陸は空沢の向ける指先と倉園を遮るように手を挙げていた。

 完全に勘での行動であったが、その勘は的中した。

 不可視の何かが陸の腕に穴をあけたのだ。


 「拳銃ほどの貫通力はない。……空気弾か」


 空沢のアビリティによって指先から発射されたのは空気弾だった。拳銃を撃つように彼女はそれを撃ったのだ。陸が庇っていなければ、倉園の額に空気弾が撃ち込まれていたことだろう。


 「き、桐原…」


 どうやら倉園は陸のことを心配しているらしい。

 空沢はというと陸の行動に対して舌打ちをしていた。


 「邪魔なんだけど」


 「知るか。こちとら早く帰宅したいのにお前らに邪魔されてんだ。そんな揉めるなら来る前に済ませとけよ。俺と困惑してた原山君に謝れ」


 「――あんたもなの? あんたもそうやって愛梨の味方をするの?」


 「あ?」


 「そうだよね…。そうやってみんな愛梨の味方をするんだ。可愛いからって。あんたもどうせ同じなんでしょ?」


 なんだか様子がおかしいが、陸の知ったことではない。残念ながら彼は大した関わりもない人間を気遣えるようなお優しい心は持ち合わせていないのだから。


 「ああ、俺は倉園の味方だ。わけわからんけど、とりあえずこいつの味方だ。いい奴だからな。それに最高に可愛い」


 「っ!」


 逆鱗に触れたというのには自覚があった。しかし撤回する気など微塵もない。


 「じゃあもういい! あんたはいらない!!」


 「あっそ、俺はお前に求められたいと思ってないから構わないぜ。ヒステリック女」


 「原山!! こいつ殺せ!」


 「――――」


 変貌ぶりに気圧されているのか、原山はすぐに動こうとしない。


 「役立たず! ならいい。私がやる!」


 再び、空沢は右手を銃のように形作る。


 「そんなヒステリックかましてると友達減るぞ? いや、そもそもいないのか」


 言う必要のないことを言って、空沢を煽る。当然彼女は激怒した。


 「黙れ!!」


 胴体に五発の空気弾を撃ち込まれる。

 陸は貫通力はないと言っていたが、人を殺すのには十分な威力だ。だが、


 「――な、なんで平然としてるの…?」


 五か所も体に穴が開いているというのに、その場に何事もなかったかのように立っている陸を前にして、空沢は一歩下がった。


 彼女の顔には恐怖と呼ばれる感情が浮かんでいる。


 「人間じゃ…ないの?」


 「人間だろ。見りゃわかるだろうが」


 と言いはしたが、理不尽極まりない。

 今の体の状態で平然としているのならば、もうそれは人をやめている。


 「――く、来るな…!」


 「残念ながら行くぞ。とりあえずお前も後ろの阿保もぶん殴る」


 女性には手を上げることはない紳士であると、自分のことを認識している彼だが、今回は普通に殴る気でいる。向こうが殺しにきたのだから、正当防衛だろうという発想だ。

 陸は踏み出し、空沢へ近づく。


 「ひとまず落ち着いてみろ。素直に食らってみれば意外と気持ちいいかも――」


 「来るなぁ!!」


 「お…っ!?」


 空沢の前方に発生して衝撃波によって、彼女の正面にいた陸と倉園は5メートル前後吹き飛ばされる。陸は倒れなかったが、倉園は耐えることができずに転倒する。


 「…やっぱり空気操作とかか? お前のと似てるな、倉園」


 「――――」


 力を抑えれば、彼女でも同じことはできただろう。


 「……そ、そうだ…。私は強いんだ…」


 「原山くん、君のお友達完全にネジ外れてるけど大丈夫か?」


 「………」


 果たして正気を保てているのか。もう誰にも彼女のことはわからなかった。


 「原山、帰るよ」


 「…な、待てよ。約束が違うぞ! そいつを殺せてない!」


 「確かに約束したね。そいつを殺すって」


 「ああ、そうだ。そいつと戦うとアビリティを使えなくさせられるから、二人で――」


 「黙れ。早く来い」


 ヒステリックなどではなく、もはや人格そのものが変わっているようにしか見えない。


 「約束は守る。そいつがアビリティを無効化するアビリティを持っていても関係ない。私は強いから」


 「春菜…」


 「愛梨。あんたは絶対に殺すから」


 空沢はそう言うとビルの屋上まで跳躍した。正確には足元で空気操作を行い、衝撃波を生み出して自分の体を浮かせたのだ。陸も感心するほどに器用な芸当である。


 「おい、俺は…って、うぉ!?」


 原山にも自分にしたのと同じことを行って、屋上まで持ち上げた。


 「行くよ」


 「お、おう…」


 陸たちの位置からはもう二人を視認できなくなってしまった。追うことはたやすいが、そんなことをするつもりはない。


 「騒ぐだけ騒いで帰ってったな。何がしたかったんだよ、あいつら。というか原山くん少し可哀想だったな、扱いが」


 小物感あふれる原山くんは放置していいのでは、などと思っている陸だった。

 というのも彼のアビリティである硬化はハッキリ言って脅威にならないのだ。


 「問題はやべぇ方だな。精神的に」


 陸はあれほど激怒する女性というのを生まれて初めて見た。


 「――――ごめん」


 ふいに地面に座り込んでいた倉園が謝罪してきた。


 「なにが?」


 「――騙してた」


 「へぇ、そんじゃ死後は地獄行きだな。お疲れさん。んで騙したって誰を?」


 「アンタをだよ」


 「それは知らなかった」


 「――アンタに頼みごとがあるって接触したのも今日のためだった」


 「ふぅん。俺をこうやって一人にするためってことか? でも今日はオメガが出たから自主的に来たわけだけど…。そうじゃなかったらどうしてたんだ?」


 「――――」


 「もしかして肉体的に誘惑してたとか? それならオメガ出ない方がよかったな」


 「――――――ごめん」


 頑なに謝罪をするつもりらしい。

 なら陸も切り口を変える必要がある。


 「…正直お前のことに関しては気付いてた」


 「いつから?」


 「怪しんでたのは最初からだけど、確信したのは今日だ。あの時も原山がこっちのことを観察してんの気付いてたからな。杜撰過ぎんだよ、色々と」


 間抜けなことにカフェを観察する原山の姿は視認できていた。駅前だったため人通りは多かったが、陸と瑠奈ならそのくらいは容易に識別は容易に可能だ。


 「――――――――ごめん」


 「はぁ…」


 ため息が漏れ出る。陸は少々イラついていた。


 「もう謝るな」


 「…無理。私はアンタのこと騙してたんだから」


 彼女はやはり陸の言った通り、『いい奴』なのだろう。

 大して関わりのない陸を、たかが一度騙しただけで苦しんでいるのだから。


 「騙したって言ってもこのザマだ。未遂だぞ? 俺は死んでない。あの女が凄まじいヒステリックかましてくれたおかげで、有耶無耶になったしな」


 「でも騙したって――」


 「事実は変わらないって? …お前な、言っとくけど俺が求めてるのは謝罪なんかじゃない。お前の謝罪なんてどうでもいい人間のどうでもいい自分語りぐらいどうでもいい」


 簡潔にまとめるとどうでもいいのだ。


 「正義感の強そうなお前があいつの言うこと聞いてた理由は気になりはするけど、今はどうでもいい。俺が求めてるのは一言だけだ」


 「一言…?」


 「ああ。――お前は、俺にどうしてほしい?」


 自分のことを見上げる少女へ問う。

 簡単な問いだ。しかし返答はない。

 ならば少し質問内容を変えよう。


 「あいつを…空沢をどうしてほしい?」


 「私は…」


 「――――」


 「私は…春菜を助けたい」


 本心からの言葉。陸にでもそれくらいはわかった。


 「そうか。んじゃ依頼続行で」


 「え…? 依頼?」


 「あ? 忘れたのか? 最初会った時に自分で言ってただろうが。助けてって」


 小さな声であったが、彼女は助けてと言っていた。

 あの時の倉園の瞳を、陸はよく覚えている。あれは本気で助けを求めている者の目だった。陸にも見覚えがある。


 「だから続行だ。助けてやるよ。約束だ」


 陸は倉園のように綺麗な心を持ち合わせていない。自覚はある。他人を騙しても彼は心を痛めないだろう。けれど、だからこそ、彼は手の届く範囲の人たちを救う。それが本来の桐原陸がやるべきことなのだから。


 「それに諸々どうにかするって言ったからな。天野にも聞かせた手前撤回できない」


 手を差し伸べた。


 「ほら、掴まれよ。お姫様」


 「――アンタ、自分の言動どう思ってる?」


 「もしかして倉園も言い回しがキモいとか、痛い奴だとか思ってる? うん、まあ、少なからず自覚はあるんだけどね? でもなんやかんやこれで生きてこれちゃったからなぁ」


 「顔がいいから許されてるだけだよ」


 「お、褒めてくれた。惚れたか?」


 「…馬鹿言うな」


 彼女は陸の手を取り、陸は彼女を引っ張り上げる。

 その時、彼の視界の端で倉園は口元を綻ばせていた。

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