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神の使いと終焉者  作者: 久我尚
オメガ 前編
17/30

第16話 『会議』

 「皆さん落ち着きましたねー。んじゃいい加減本題に入りますよー」


 五分ほどでカオスルームは元通りになっていた。先ほどまでの出来事が嘘だったかのように琴美以外のテンションは元に戻っている。


 「とりあえず報告から。昨日はレプリカオメガが出現したわけなんだが……レベルがBだった」


 「あれ? レプリカオメガはC以外出てこないって言ってませんでしたっけ?」


 「よく覚えてました。プラス10点。だけどそれは昨日から常識じゃなくなってしまったので、マイナス20点」


 「えぇ…」


 理不尽な採点に困惑の声を漏らす琴美。

 一方悠介はというと陸の言葉を聞いて興味深そうにしていた。


 「陸くん、間違いはないの?」


 昨日の夜も瑠奈が同じような質問をしていた。それほどにレプリカオメガがレベルBとして現れるのが、彼らにとって信じられない異常事態だったのだ。


 「ないですよ」


 「――へぇ…」


 嬉しそうに悠介の顔は笑っていた。彼の隣に座る琴美はその笑みを見て、ある感情を抱いていた。

 恐怖だ。

 昨日から見ている彼の笑顔と何も変わらないというのに、なぜかこの時見た笑顔だけは気味が悪いと思ってしまった。


 「――?」


 凝視していたからか、琴美の視線に悠介は気付いた。

 彼はいつもの笑顔を琴美に向ける

 先ほどとは違う。元に戻っている。不気味さなど微塵も残っていない。


 「どうしたの?」


 「あ、いえ…。なんでもないです…」


 不思議そうに尋ねてきた悠介に対して、琴美はそんな返答しかできなかった。


 「悠介先輩が笑顔もどきを向けているからでは?」


 「僕の笑顔ってそんな気持ち悪い?」


 「ええ、まあ、銃を撃ち込みたくなるぐらいには」


 「ははは、ご冗談を」


 別にまんざらでもない瑠奈だった。その証拠に右手には銃が握られている。


 (気のせい…だよね)


 陸も瑠奈も何事もなく普通に接していたのだから自分の気のせいに違いない。そうやって思考を打ち切って蓋をした。あの笑顔を思い出さないように。


 「はいはい、続き話すぞ。今言った通りレプリカオメガが出たけど、別に脅威にはならない。俺一人で余裕だったからな。問題はここからなんだ。レプリカオメガを倒した後に俺は、俺はな…」


 陸の口調が真剣なものに変わっているので、琴美と楓は意識を彼へと集中させる。瑠奈も携帯をいじるのをやめて続けられる言葉を待った。


 「…すごく可愛い子に会ったんだよ!!」


 呆れたようにため息をついた瑠奈は携帯に視線を落とす。

 ニコニコ先輩はニコニコしたまま。その他女子二人は目を丸くしていた。


 「いやぁ、可愛かった。名前は倉園愛梨っていうんだけどな、いい太ももしてたんだよこれが。楓と同じぐらい可愛かったなぁ」


 特に褒めたつもりはなかったのだが、楓は嬉しそうだった。


 「可愛い…可愛いって…ふふふ…」と言って可愛いらしい笑顔を浮かべている。


 (やっぱり立花先輩も変な人なんだ…)


 もうこの中で琴美が性格的にまともだと思える人物は瑠奈しかいなかった。その瑠奈がいつもの無機質な言葉を放つ。


 「――あの、あなたの自己満足でしかないそのテンションとノリと発言、すごい気持ち悪いのでやめてくれますか? さっさと報告を終わらせてください。この調子だと終わりが見えません。日が暮れます」


 「ぐふ…っ!?」


 正拳突きでもくらったかのように腹部を抱えて陸がその場に倒れた。

 瑠奈の言葉が聞いたようだ。精神的に。


 「いじめだ、いじめ…」


 「あ、りく。今度は私が撫でてあげるね」


 体育座りをしながらいじける陸の頭を優しい笑顔をした楓が撫でる。いつもされる側なので頭を撫でれるのが嬉しいらしい。


 「…わかりました。私が昨日桐原くんから聞いた報告をそのまま言います。穴はあるでしょうが、詳しいことは後で聞きましょう」


 話の流れを断ち切るつもりが、陸までも両断してしまったため、彼の代わりに瑠奈が昨夜聞いた話を説明する。


 「先ほどの続きからですね。女子にあったという話はひとまず後回しにして、その直後にレベルA帯のオメガが出現したようです。こちらはノーマルだったと言っていました」


 「A帯ね。ちなみにそのオメガは食べちゃったの?」


 「そのようです」


 「二日連続は久しぶりだね。流石は王様ってところかな?」


 「それはどうでもいいです。レベルAが出現したことに心当たりは?」


 「陸くんがわからないなら僕もわからないな」


 「そうですか」


 「…それで、その『可愛い』女の子っていうのは?」


 「可愛いを強調しなくていいですよ。その人物はナチュラルのアビリティ持ちの駿河原高の生徒のようで、桐原くんに依頼をしに来たそうです」


 「ナチュラル…珍しいね。それにしても陸くんに依頼?」


 「はい。桐原くんに依頼です。詳しい話は本人にしかわかりませんが、ひとまず依頼だそうです。で、依頼の内容というのが、駿河原高でアビリティを悪用している生徒をどうにかしてほしいというもののようです」


 「二、三か月前くらいにやらなかった?」


 自分が行ったわけではないが、陸と瑠奈が二人で問題を解決してきたことは悠介の記憶の中に残っていた。


 「また新たに発現者が出現したとのことです。それに影響されてあの硬化アビリティの彼も活動をしたのではと私は思っています」


 「ほうほう。…陸くん。そろそろ戻ってきてくれるかな?」


 この件に関して一番詳しいのは陸なのだ。美少女になでなでされていようが招集だ。


 「しゃあない。楓、ありがとな」


 「ううん。またなでなでされたかったら言ってね」


 「おう。近いうちに」


 撫でられている最中、陸は俗に言うバブみに近しい何かを感じていた。今一度あの感覚を味わうために、言葉通り近日中になでなでしてもらうつもりである。


 「はい。というわけで質問に答えますぞ。俺の知恵袋並みの知識を括目しろ」


 立ち上がった彼は自信満々に胸を張った。


 「それならなんか豆知識教えてよ」


 呼び出しておいて道を逸らすのが悠介という男である。


 「よろしい。それなら俺も最近知ったやつを教えよう。…アボカドって人間以外食べれないらしいぞ」


 「え!? そうなんですかっ!?」


 これに食らいついたのは琴美だった。


 「琴美ちゃんアボカド食べるの?」


 「はい。好きなので」


 「俺苦手なんだよなぁ。なんか未知の食い物って感じがして」


 「僕もあんまり食べたことないけど、醤油つけると大トロの味がするっていうのは聞いたことあるね」


 「そう! 私それ聞いてから食べてるんですよ」


 「あー、はいはい。ぐだぐだしすぎです。会話を脱線しないといけないルールはないんですから、アボカドの話は後にしてください」


 瑠奈の意見はごもっともだ。

 貴重な情報を聞いた陸は、今日はアボカドを買って醤油につけようなんて思いつつ椅子に座った。


 「んで、聞きたいことは?」


 「倉園さんが陸くんの居場所をピンポイントで尋ねてきた理由は?」


 「さぁ? 天野曰くネットで俺の噂が出回ってるらしいのでそれでかもしれませんね。表立って行動したつもりはないだけどなぁ…。ネットって怖ぇ…」


 最後に常日頃思っていることを口にして、次の質問を待つ。


 「新しい発現者と依頼者である女の子のアビリティは?」


 「発現者の方は知らないですけど、倉園は衝撃波を発生させるとかだと思います。攻撃力だけで言うなら地面抉ってたんで相当強力なアビリティじゃないですかね」


 「いいね。是非とも僕ら側に来てほしい」


 別に全てのアビリティ持ちが敵というわけではない。味方になってくれる者がいるのならば積極的に仲間になってもらいたいところだ。


 「そのことを踏まえて会議していこうか」


 「先輩、たんま。先に天野の報告がある」


 「おー、そういえばそんなこと言ってたね」


 視線で報告するように促す。瑠奈は携帯をポケットにしまって昨日からできていなかった報告をようやく始めた。


 「昨日の夕方、公には公開されていませんが人食事件が起きたみたいです」


 「じ、じんしょくって…」


 「人を食らうと書いて人食ですね」


 「………」


 恐る恐る質問をする彼女にきっぱりと真実を伝える。それを聞かされた琴美の顔は驚いているような、引いているような顔だった。


 「また面白いね、それは。また西のお姉さんの真似事かな?」


 「今回は違うようです。ヴォルフノーツの回収した死体の様子は鋭い牙をもった動物に食い荒らされたように滅茶苦茶だったので」


 「? なんで天野先輩は死体のこと知ってるんですか? というかそもそもなんで公に公開されていないこと知ってるんですか?」


 「彼らのデータベースを覗いたんですよ。そこに画像がありました」


 「覗いたって…どうやって? ヴォルフノーツにお知り合いが?」


 「知り合いは……いるにはいますね…」


 チラッと陸の方を見るととんでもなく嫌そうな顔が返ってきた。


 「…まあでもその人は関係ないです」


 「じゃあどうやって?」


 世界的に根を張る組織であるヴォルフノーツは情報に関するセキュリティが厳重だ。内部の情報が全く公開されないので、逆にそのことは知られている。


 「ハッキングです」


 「それって……犯罪じゃないですか!?」


 「この銃と同じです。バレなければいいんですよ」


 この思考はここにいる全員が持っている思考である。バレなければいいの理論だ。


 「確かにそうかもしれないですけど…」


 意外と琴美もこの考えには納得らしい。


 (犯罪者予備軍が増えたな)


 ハッキングしている時点で予備軍ではないが、細かいことは気にしない。


 「――あんまり酷使してやるなよ」


 「あの人24時間家にいて暇でしょうから構わないでしょう。それに三食毎日作って食べさせているんですから、安いものじゃないですか?」


 「いや、うん。確かにそう言われるとそんな気がしてきた。あいつは学校行ってないもんな…。いいなぁ、勉強しなくていいって…」


 「…あの生活に憧れないでください」


 字と目を向けられ目を逸らす。

 まさか憧れてしまったなんて言えない。


 「あの人って誰ですか?」


 ここに来たまた新たな登場人物が彼女の脳内に登場した。その人物を?のままにしておきたくもないので、何者なのかを尋ねた。


 「俺らのメンバー数は四人じゃなくて五人なんだよ。今話した奴がその五人目。俺の隣人で引きこもりの社会不適合者」


 彼という人物を説明するのならこれだけで十分だった。


 「桐原くんの言った通りの人物です。どうせ会う必要はないですし、会う機会自体ないでしょうからそれだけ覚えてもらえれば十分ですよ」


 説明をそこで打ち切られたからか琴美は不満そうな顔だ。しかし現状、彼と琴美が顔を合わせる可能性が皆無なので教える必要がない。


 「で、話を戻します。端的に言ってこの事件はオメガの仕業だと思います」


 「楓ちゃんが出現を感知したの?」


 「いいえ。していないようです」


 昨夜確認は取っている。瑠奈が視線を向けると楓は頷いた。


 「昨夜は二つ分しか感知してない」


 「おかしいね。オメガが出現した場合は楓ちゃんのアビリティなら100%感知できるはずだ」


 「ええ。乱れが発生しますからそれに例外はありません。あくまで効果範囲内で出現した場合に限りますが」


 「…ああ。楓ちゃんのアビリティ範囲は街全部を覆ってるわけじゃないもんね。僕たちがここにいる理由はそれだった」


 なるほどと悠介は手を叩く。得心がいったのだ。

 楓のアビリティはオメガを感知するものではなく、オメガの出現を感知することもできるものということを失念していた。


 「そちらの対処は月城先輩にお任せできますか? 私と桐原くんは駿河原の方を終わらせます」


 「そうだね。依頼者と面識があるのは陸くんだけだし、アビリティ持ちが相手なら君は必要だ。そっちの調査と解決は任せるけど、連絡はしてね。発現者には僕も用事がある」


 「はい。そうします」


 話は終わったと悠介は立ち上がる。


 「それじゃあ行ってくるよ」


 特に何も詰まっていない鞄を持って出口へと歩いていく。


 「…ヴォルフノーツには渡さないでね」


 その言葉を残して悠介は退室した。


 「俺らも倉園に会いに行くか。楓、留守番頼むわ。オメガ出たら一応連絡よろしく」


 陸と瑠奈が出かけている間も楓にはこの部屋にいてもらう。というのも楓のアビリティ効果範囲が理由だ。感知能力というのには範囲に限界がある。直径にして、陸たちが住むこの街を覆えるかどうかというところだ。

 この学校は街の中心部にある。そのためここにいれば街にオメガが出現した場合ほぼ感知が可能なのだ。だから楓にはここにいてもらう。


 「あ、先輩。私は…」


 「お前は帰っていいぞ。やれることないだろうしな」


 言葉通り琴美にやれることはない。そもそも一般人を巻き込むわけにはいかない。


 「――――」


 沈黙が訪れてしまう。

 琴美からの返事がない。というよりもできないのだろう。


 「それじゃ――」


 「わ、私の友達に駿河原に通ってる子がいます…っ!」


 絞り出した言葉。この言葉というのがなかなかどうして有益である可能性が高い。


 「天野」


 「任せますよ」


 「――丸投げしやがって…。お前がやると俺が丸投げ出来ねぇじゃねえか…」


 この愚痴は聴覚の良い瑠奈にしか聞こえていなかっただろう。


 「…わかった。小川はその友達に駿河原の校内の様子を聞いておいてくれ。メールやらなんやらで聞けるだろ? だから頼んだ。それがお前の役割だ」


 「わ、わかりました!」


 役割を与えられたか、琴美は張り切っている。

 その様子を見た陸は足を出口へと向ける。


 「今度こそ行ってくる。二人ともよろしくな」


 会議終了。今度こそ陸と瑠奈は部屋を去る…


 「先輩!!」


 …はずだったのだが、慌てた様子で陸を呼び止めた。


 「なに?」


 「先輩のID教えてもらってないですよ!」


 「ID……ああ、LINEか」


 一瞬はてなマークが頭の上に出現したが、IDというものの正体には思い至った。

 LINEで友達追加をするときに使用するものである。そんなSNSなんてものを使ってやり取りする相手が陸には少ない上に、IDでの友達追加機能をしばらく使用していなかったために一瞬彼女が何を言っているのかわからなかった。


 (多分昨日倉園と連絡先の交換って行為をしてなかったら、もうちょっと気付くのに時間かかってただろうな…)


 陸の連絡先を手に入れて心なしか嬉しそうな琴美に背を向けて、二人は今度こそ部屋を後にした。

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