第15話 『変な人たち』
『使徒』。そう呼ばれる存在がいる。
彼らは世界を管理する立場にある神に創造された生命であり、世界を脅かす悪を根絶するための装置だった。
『 』。ソレは使徒の内の一体。異能を無効化する権能を与えられた。
その力を行使し、ソレはことごとくの悪を消し去った。本来の神の使いとしての役割通り、機械的に悪を消滅させていった。
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「皆々様やってまいりました。作戦会議の時間でーす」
ホワイトボード前に立った陸はバチバチととりあえず拍手をする。それに続いてニコニコしながら悠介も手を叩き、楓も読んでいた本に栞を挟んで拍手をし始めた。
「――え…? あの、これなんですか?」
「気にしなくていいですよ。不定期にある奴ですから」
状況を理解できていない琴美は困惑の色を隠しきれない。状況を理解している瑠奈はいつも通りスマホに目を向けている。
「おい! 小川もやれぇ!!」
「え、あ、はいっ!」
彼女が見てきた陸の中で一番訳の分からないテンションだった。
「いえーい!」
「いえ~い!」
「いえーい」
「い、いえーい!」
琴美も参戦し、十数秒経過したところで謎の拍手は止んだ。
「はい終了。お遊びこの辺にして本題に入ろう」
今の今までのテンションは何処へ。急に真剣な声音に切り替わった陸であった。
拍手のくだりに深い意味はない。瑠奈の言った通りたまに陸が始める謎のノリである。
「まず報告からだな。天野、どっちからやる?」
「お先にどうぞ」
「あいよ」
「あ、その前に飲み物入れますよ」
「おう。紅茶で」
「わかりました。少し待っててください」
流れるような無駄のないやり取りをする二人。それを訝しむ少女が一人。
「――あの…お二人って付き合ってるんですか?」
ちょうど琴美が疑問を言葉にしたのは、陸がカップを傾けて紅茶を口に運んだ瞬間だった。ベタではあるが、人間は口内に液体を含んだ状態で驚いたことがあると吹き出してしまうものなのだ。陸は今現在、実際にそうなった。ついでに楓もである。
「…なんでそうなった」
紅茶を口から垂らしながら質問を投げかける。
「そう見えたからですけど?」
「俺たちのどこがそんな風に見えるっていうんだ」
「桐原くん。ハンカチどうぞ」
「おう、サンキュ」
陸とは違って全く動揺の色を見せない瑠奈は、口を拭くようにと自分のハンカチを彼に渡した。当然のように受け取った陸は、お礼を口にすると躊躇なくハンカチを使用する。
「それですよ、それ。今みたいなやり取りです」
当人たちからすれば何でもないことだったのだが、他人から見ればこいつら夫婦かよと思わせるのに十分なやり取りだ。伊達に半同棲生活を送っていない。
「だそうだけど?」
「知りませんよ。でもその手の誤解はよくされてましたね。最近は言われませんが」
「そういやそうだったなぁ」
入学からほぼ毎日、陸と瑠奈は一緒に登校していたので一年の頃はよく噂されていた。
それを聞くたびに陸は否定して、瑠奈は表情には出さないが喜んでいた。ちなみに琴美の勘違いを聞いた今の彼女は内心ルンルンである。
「小川さんの質問に答えると、私と桐原くんは今のところお付き合いしていません」
誤解を誤解のままにさせておくのはよくない。解けるのなら解いておくべきだ。
「よかった…」
小さく安堵のため息を漏らす楓。愛でてやりたい衝動に駆られる陸であったが、今回は自制した。珍しい。
同じく表情を変化させていた琴美を見た悠介は口角を上げる。ろくなことを考えていない時の表情だ。
「でも、二人って仲良いよねぇ。ほら、春休み二人でカップル限定メニューのパフェとか食べに行ってたし。デートだったのかなぁ?」
爆弾投下。
「――なんで知っているんですか…」
流石の瑠奈もこれには驚いているようで、悠介の方に顔を向けた。
「さあねぇ?」
「うわ、うぜぇ…」
ニコニコの先輩に向けて、心の声が漏れ出てしまう陸。
「私そんなの知らなかった…」
雲がかかったように陸の隣に座る楓の顔が暗くなる。
「だ、大丈夫! 他人のプライベートは知らないのが普通だから。なぜか知ってるその人がおかしいんだぞっ!」
フォローのベクトルが違う。
「はぁ…。なんでこういう時はポンコツなんですかね」
あらぬ誤解をされないように瑠奈がまたまた説明に入る。
「……立花さん。あれは二人でテレビを見ていた時に特集でやっていたパフェが美味しそうなので食べに行こうとなっただけです。知っての通り私たちは甘党なので。ですから私たちは別にデートであそこに行ったのではないです」
瑠奈はデート気分で行っていたが、陸はデートとは思っていないので嘘ではない。
「そ、そうだ! 天野の言う通りだ、楓。別に俺たちはデートで行ったんじゃない。男女ペアでしか注文できないって言うから仕方なく二人で行ったまでだ」
今ので幼馴染からのヘイトを稼いだことなど知らない陸は、楓の機嫌を取ろうと必死だ。
「ほんとう?」
「本当だ。神に誓うぞ」
「なら、よかった…」
彼女が安心した時に見せる笑顔はいつも陸を癒してくれる。そして撫でまわしてやりたい衝動を呼び起こさせる。
「でも、二人って半――」
また悠介が何か言う前に瑠奈が彼のこめかみに銃口を突きつけた。
「あまり余計なことを言わないでもらえますか? 面倒くさくなるので」
殺意の二文字がこもった瞳を向けられた悠介は視線を逸らすほかなかった。
本人曰くこの時は銃口よりも瑠奈の目の方が怖かったそうだ。
「――――」
琴美はというと呆けていた。
イケメンは美少女をなでなでし、美少女はイケメンに銃を向けているこの混沌とした空間に理解が追いついていないのだ。
仕方ないことだ。こんなカオスルームに初心者が容易に対応できるわけがない。
「なんなんだろう…この人たち…」
改めてこの四人はわけがわからないと思った琴美であった。