第11話 『疑問』
「正義の味方ねぇ…」
「なんですか?」
夕焼けが街を照らし始めた頃に陸、瑠奈、楓の三人はご帰宅中である。
その最中で陸が発した言葉を聞きつけた瑠奈は、彼に睨むように視線を向けていた。
いや、実際のところ表情は変わっていないのだが、おそらく睨んでいる。
「…なんでもないですよー」
瑠奈は銃を常に持っている。下手なことを言えば彼も銃口を突きつけられかねない。
「――――」
視線をなかなか外さない。
このまま睨まれたまま帰宅するのは流石に陸も嫌だった。よって行動に移る。
「そんな可愛らしい顔で見るなよ。惚れちまうだろうが」
「…、――――」
視線は外れない。少し反応はあったがダメなようだった。いっそこのまま褒め殺しにするというのも手か、などと考え始めていたところで、陸は右側から殺意を感じとった。
(この作戦変更しよう。このままだと天野の機嫌がよくなっても楓の機嫌が悪くなる)
殺意を発しているのは楓だった。このまま褒め殺し作戦を実行したらどうなるかなど、わかりきったことである。面倒事など御免被る陸は作戦の中断を余儀なくされた。
「――はぁ…。そんな顔で見るな。ただ正義の味方ってのを疑問に思っただけだ」
素直に思っていたことを言うと瑠奈は陸から視線を外し、前を向いて歩きだした。
「なぜ私たちが正義の味方だというのに疑問を持つんですか?」
「お前たちじゃない。俺がその中に含まれていることだ」
瑠奈、楓、悠介が正義の味方であることに何の不満もない。しかし彼は、自分が彼らと同じ正義の味方などという善人の括りに入れられているのが不思議でならなかった。
「あなたは高校生になってから、その体を使って何をしていますか?」
「あ? そりゃオメガ退治だな」
「はい。それは同時に人助けでもあります。善行だとは思いませんか?」
「正しい行いをしたって言いたいのか? 俺が?」
「していますよ。怪物を倒して人々を救いました」
「ふぅん」
救った。彼女はそのように言った。
昨日の光景が脳内でチラつく。
彼女は知らないのだ。陸がオメガのところに行った時には、すでに人が一人食われていたことを。さらに言えば、あの死体を見て彼が何を思ったのかも知らないのだ。
「――――」
顔はすでに食らわれていたので見えなかったが、スーツを着用していたこと、それらしい鞄を持っていたことからサラリーマンであることは察しがつく。左手の薬指に指輪がしてあったため既婚者であろうこともわかる。
つまり家族がいるのだ。子供はどうかわからないが、確実に妻はいる。
そんな死体を見て彼はどう思ったか。
…懐かしい。そう思った。
以上だ。これ以外の感情を死体には抱かなかった。
それもそうだ。なぜならあの体は知らない人間のものなのだから。
「――りく」
「どした、楓」
殺意は消え去ったようだが、彼女はじっと陸の顔を見ていた。
「いや、珍しい顔してたから」
「へぇ、どんな?」
「普通の拗らせた痛い陰キャ男子高校生かと思いきや、実は暗くて辛い人生を歩んでいた主人公が、過去の出来事を思い出していた時の顔……かな」
「かな、じゃねえよ。長いわ。やけに具体的だけど、細かすぎて伝わらないやつだよ。あと最初の『普通の拗らせた痛い陰キャ』ってなに?」
「え? りくは『普通じゃない拗らせた痛い陰キャ』なの?」
「ち が う! そういう意味じゃない!」
着眼点がそこではない。
そして実は今の発言から楓が陸のことを『拗らせた痛い陰キャ』として認識していることが発覚していた。
「…いいですね。『拗らせた痛い陰キャ』」
瑠奈のお気に召したようだった。
「俺をそんな扱いしていいと思っとんのか? 日本にはもっと酷い奴がいるんやぞ?」
「なんで急に関西弁なんですか…」
「俺もよくわからんけど言いたくなった。なんか関西弁って使いたくなる時ない?」
「ないです」
「さいですか…」
瑠奈との価値観の共有はできなかった。
「それにしても話すり替わりすぎだろ」
投げた球が直角に曲がったぐらいにはいい変化をしていた。
「何の話してた?」
楓はもう頭の中から会話の内容が抜けているようだった。
「これで学年四位だってんだから驚きだよな…」
「なに?」
「俺達に真面目な話は似合わないって言ったんだよ」
「なるほど?」
「わかってないな。大丈夫だ、俺もよくわかってないから」
「正義云々の話ですよ」
「あ、掘り返すんですね」
てっきり今ので終了、ご帰宅という流れかと思っていた陸であった。
「私たちが正義の味方だってこと?」
「ん、まあ主にそれの話だ」
「この人は自分を正義の味方だと思っていないんですよ」
「いや冷静に考えてみろよ。逆に自分のことを正義の味方だと思ってる奴とか、それこそ痛いだろ」
「――――」
「ごめんなさい睨まないでください。天野さんのことを痛い奴って言ったんじゃないんです。何でもはしないけど許してください」
視線は外される。
なんとかバットエンドは回避できたようだ。
「――こんな感じなわけですが、立花さんはどう思いますか?」
どう思うと言われた楓の口からはしばらく言葉は吐き出されなかった。
十秒ほど経過して、楓は陸がどのような存在なのかを言葉にして表した。
「正義の味方かはわからないけど…私のヒーローではあるよ。りくは」
予想外の切り口だった。
陸だけではなく、瑠奈も少し目を見開いて驚いているようだ。
「そうですか…。確かにそうですね。あなたは誰かのヒーローなんですよ」
「――そんなこと言われたの、初めてだな」
「嬉しい?」
からかうように楓が尋ねる。
たまにあるのだ。楓が幼い子供のように陸をからかう時が。
「嬉しいよ。ありがとな」
「そっか。なら、また言ってあげる」
「よせよせ。なんか気恥ずかしい」
悪い気はしていなかった。
言った通り、彼は楓の言葉を聞いて嬉しい…そう思ったのだ。
しかしそれは…