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神の使いと終焉者  作者: 久我尚
オメガ 前編
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第10話 『講習2』

 「どうぞ、紅茶です」


 瑠奈の淹れた紅茶が琴美の前に置かれた。彼女は念のためと余分に用意してあったパイプ椅子に腰を下ろしている。位置は瑠奈の席の向かいだ。


 「ありがとうございます」


 お礼を言って受け取ると、遠慮なく琴美は一口飲んだ。


 「…美味しいです」


 紅茶の美味しさに素直に驚いているようだった。


 「そうですか。そう言ってもらえると嬉しいです。家から茶葉を持ってきていたのは正解でしたね」


 嬉しいと口にしながらも顔には出ていない。

 瑠奈は基本的に感情を顔に出すことがない。感情自体はある。陸の前では表情に変化があることからそれは確実だ。今だって琴美の言葉を嬉しいと感じれてはいる。だが、表情には出ない。

 心の機微が読み取れない。これが彼女が嫌われている理由の一つでもあった。


 「――それで、さっきの銃って何だったんですか?」


 琴美は無表情の瑠奈よりも銃の方が気になるらしい。


 「護身用ですよ」


 「普通護身用で本物の銃って持ちます?」


 「まあ、人間じゃなくて怪物から身を護る用ですからね。私は立花さんと同じで桐原くんや月城先輩のように攻撃系の力はもっていないので」


 瑠奈の力は通常のオメガに対しては全くもって役に立たない。なので攻撃手段として彼女は白い銃を常に持ち歩いているのだ。


 「あ、そういえば全員アビリティって持ってるんですよね」


 「――うん。そういう認識でいいんじゃないかな」


 悠介の含みのある言い方に琴美は疑問を持つ。


 「なんかその言い方だと――」


 「ストップです」


 瑠奈が割って入って会話を中断させた。


 「あまりアビリティについては詮索しないでください」


 「なんでですか?」


 「弱点になるからですよ。アビリティを知られるというのは弱点を知られるのと同義です。敵に対策を許すことになってしまいます」


 「へぇ、対策をするってオメガは意外と知能高いんですね」


 「いんや、あいつらはアホだよ。レベルが上がれば話は変わるけど、基本的にバカばっかりだ。敵ってのは別にいる」


 湯気の勢いが弱まってきた紅茶を陸は呷った。


 (やっぱ普通にうまい。どこでいつも仕入れてきてるんだろうか。そういや前聞いたとき教えてくれなかったな…)


 紅茶の味に感激している陸のことを琴美がきょとんとした顔で見ていた。

 流石に説明になっていなかったようだ。


 「――どこがわからなかった?」


 「全部です」


 「おう、そうか。先輩後は頼んだ」


 面倒くさいので信頼できるイケメンに丸投げした。


 「で、急にバトンタッチされた僕が説明するね。まずオメガについての説明から始めた方がいいかな」


 文句ひとつ言わずにニコニコと笑顔を浮かべたまま彼は説明を交代した。


 「えっとね…。オメガには種類があるんだ。僕たちがレベルって呼んでるものだね」


 「レベル…」


 「うん、レベル。でね、このレベルには4段階あるんだよ。まず一番弱いのが、レベルC。こいつらは出現率が多いけど、その分弱い。続いてレベルB。これは昨日琴美ちゃんが見たやつだね。違いは基本的な身体能力かな」


 悠介の説明を琴美は真剣に聞いている。

 陸はというと暇になったのでライトノベルを読み始めたところだった。


 「それで次はレベルA。強さはBとは比べ物にならない。あと違うところといえば、体の形かな。レベルAになると人型を保っていないのもいる。これら三段階の分類の中でさらに三段階分別がされるんだけど、正直それは覚えなくていいかな、上中下だけだから」


 「…それなら、四つ目の分類は?」


 「四つ目はレベルSだね。強さももちろんだけど、特異性があるものがここに位置付けられる。会話できるほど知性持った個体もいるらしいよ? でもまず現れることがないのが幸いだね。五年前のこの街、十数年前の西の方の二つ以外ではこの国での出現報告はされてない」


 「――あの、五年前ってもしかして…」


 レベルSのオメガが出現したのが何年前なのかを聞いて、思い当たることがあった。


 「多分思ってる通りだよ。大型デパートで火災が起こった日さ」


 この街には国内でもトップクラスの規模を誇るデパートがあった。

 しかし、五年前にそれは原因不明の大火災によって全壊した。犠牲者は100を優に超え、家族を失ったものは少なくない。まさに地獄のような事件だった。


 「あの火災の原因はレベルSのオメガなんだ。対処がもう少し遅ければ被害はデパートだけじゃ済まなかっただろうね。僕は実物見れなかったから、聞いた話だけど。相当危険だったらしいね、あの時現れた個体は」


 「…そのレベルSはどうなったんですか?」


 「もちろん倒されたよ。誰に倒されたかは知らないけどねぇ」


 白々しい態度で悠介が答える。陸の方を見ながら。


 「倒せる人…いるんですね」


 「いるよ。でもごく少数だし、そもそもアレを倒せる存在を人間と呼んでいいのか微妙だなぁ」


 陸がまだ小学六年生の時に現れたレベルSのオメガ。被害から考えて、無事にというわけではないが、一応討伐は成されていた。しかし、討伐といっても、あくまでレベルSの反応が消えたということだけではあるのだが。


 「オメガの説明はこんなところかなぁ」


 「あ、待ってください! 桐原先輩が昨日言ってたレプリカっていうのは? レベルの話もそうですけど、ネットで調べても出てきませんでした」


 「ほうほう。琴美ちゃんはよく話を聞いてるね。では説明をしよう」


 割とノリノリの悠介であった。


 (こんなに質問され続けるって、俺なら間違いなく途中で放棄してたな)


 実際放棄したのだが、本人には自覚はないらしい。


 「今まで説明したのはノーマルオメガ。そして去年ぐらいからだね、オメガもどきが現れるようになったんだ」


 「もどき…?」


 「オメガに限りなく近い何か。これを僕たちはレプリカって呼んでる。最近はこいつの方が出現確率が多い。おかげで陸くんの仕事が増えてるんだよ」


 このレプリカオメガさえいなければ陸の仕事はだいぶ減っていることだろう。が、初出現当時とは違ってレプリカオメガが出現するのは当たり前になっているため、基本面倒くさがりな陸がそのことに関してはとやかく言わなくなっていた。


 「レプリカとノーマルの違いっていうのは?」


 「――違いは何ですか? 陸先生」


 「俺に振るのかよ…」


 琴美は瞳を陸に向ける。説明を待っているようだが、正直なところ陸にも明確な説明はできなかった。よって誤魔化すことにした。


 「違うもんは違うんだよ。あいつらはとりあえずオメガじゃない。本物に似てるだけの贋作だ。はい、説明終わり」


 少し早口で喋り、勢いでなんとかすることにした。


 「…というわけで、あんまり説明してくれる気はないみたいだから僕がまとめるけど。とりあえず偽物がいるって認識してもらえばいいよ。どちらにせよオメガなんだし」


 「あれ? 俺オメガじゃないって言わなかったっけ…」


 「あ、あとあれだ。レプリカはレベルC帯しかいない。理由は不明」


 ニコニコと楽しそうに説明する彼は、当然のように陸の言葉を無視していた。


 「オメガに関してはこんなところでいいかな」


 「――はい」


 納得していないのか、聞き足りないところでもあるのか。琴美が返事をするまでの間、少しタイムラグがあった。

 どうかしたのかと陸が琴美の方に目を向けるが、特に何もない。昨日から目にしている後輩の少女だ。もしかしたら返事までの短い時間に表情の変化があったという可能性もなくはないが、それを見ることができていたのは彼女に説明をしていた悠介ぐらいだろう。


 「それじゃあ次に行こうか。オメガ以外の敵について、だね」


 琴美は真剣に話を聞く態勢になっている。よほど悠介の説明に興味があるらしい。


 「はい、突然ですがここで琴美ちゃんに問題です! この世界にアビリティ持ちは何人いるでしょうか」


 「え、本当に突然ですね…。えーっと…うーん……100人ぐらい?」


 「ファイナルアンサー?」


 「ファ、ファイナルアンサーで」


 「では陸くん答えをどうぞ」


 「無視すると思ったら、なんで急に振ってくるんですかね」


 成人男性向け雑誌に載ってもおかしくないようなライトノベルの挿絵を見て上がっていた陸のテンションは、悠介の言葉によって一気に下がった。


 「――正確な数は不明とかじゃありませんでしたっけ」


 「イエス! 正解!」


 「…あのそれって全然問題として成立してなくないですか?」


 「あはは、かもしれないねぇ」


 笑ってうやむやにしようとしているが、琴美の言う通りだった。

 突如として出題されたクイズはクイズとして成り立っていなかった。どんな状況でもふざけだすのが月城悠介という男なので仕方がない。


 「まあ、それは置いておこう。説明の続きだ。陸くんが言ってくれた通りアビリティ持ちの数は不明。どこにいるかも不明っていうのまでは理解できたかな?」


 一応頷きはした琴美だが、謎のクイズのせいで本当にちゃんと説明してくれるのだろうかと、心配そうな表情だ。陸は憐れみを向けつつも、特に何かしてやることはなかった。


 「それならここでもう一つ質問といこうか。アビリティ持ちは自分が能力を持っていることに自覚があると思う?」


 「またですか…」


 「まあまあ、そんな顔しないでよ。とりあえず答えてみなさいって」


 「じゃあ――――自覚はあると思います」


 悩んだ挙句に出した答え。二択の内から勘で選んだのだろう。自信はなさそうだった。


 「正解。生まれつき能力が覚醒している者には自覚がある。大体アビリティを扱えるようになるのは物心ついたぐらいからかな。…そんなわけで最後の質問です。特殊な能力を持った人間がいるとします。その人は自分の能力をどのように使うでしょうか?」


 どう答えるだろうか。これに関しては陸も興味があった。

 能力を持っている陸たちは、その能力を行使してオメガの討伐を行っている。では、彼ら以外の人数不明のアビリティ持ちたちは何をしているのだろうか。他人の持っていない能力を持った人間という生物は、一体どのようにそれを使うのだろうか。


 「――自分のために使う…?」


 琴美の回答を聞いた悠介の顔には、先ほどからの笑みとは別の笑みが浮かんでいた。

 陸は知っている。その笑顔は彼が心の底から楽しんでいる時に出る笑顔だと。


 「人間っていうのは欲望があって成立する生き物なんだ。良くも悪くもね。当然その欲望を満たせるのなら、使えるものは使うのさ。それが人知を超えた力であろうとね。君の答えは正解だよ。琴美ちゃん」


 何が楽しいのか、悠介はいい笑顔だった。


 「人数不明のアビリティ持ち。それら全てというわけではないけれど、人間である以上アビリティを悪用する輩は必ずいるんだよ。それが僕たちの敵さ」


 長い前置きだった。


 端的に言うと彼らの敵はオメガとアビリティを悪用する連中である。頻度でいうのならば当然オメガ退治の方が多い。


 「アビリティの悪用…」


 「うん。私利私欲のために能力を使うっていうのは許されてはいけない行為だ」


 「――どの口が言うんですかね…」


 「ん? なんか言った?」


 「いえ、何でもありません」


 小声で言葉を放った瑠奈は携帯から視線を少しの間上げていたが、すぐに視線を手元に落とした。


 「――――」


 ひとしきり説明は終わった。

 琴美も何も発さないので、聞きたいことは全て聞き終えたように思えたが…


 「――結局先輩たちって何者なんですか?」


 最後の質問であろうことは、全員なんとなく分かったのだが、この質問には陸や悠介は少し困った。


 「俺たち…」


 「僕たちかぁ…」


 「………」


 陸も悠介も楓もいまいち自分たちが何者なのかを把握できていない。

 今まで考えたこともなかったのだ。自分たちについて。

 三人が困り果てていた中、彼らとは違って頼れるリーダー天野瑠奈はハッキリ告げた。


 「私たちは正義の味方ですよ」

 

 正義の味方。彼らはそれほど大層なものだったらしい。

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