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神の使いと終焉者  作者: 久我尚
オメガ 前編
10/30

第9話 『噂』

 「『桐原は後輩に手を出した』…ですか」


 「む」


 いつもの部屋に来た陸は楓と悠介の三人で、格闘ゲームに勤しんでいた。

 そこへ瑠奈が今日広まったばかりの噂を呟いた。

 唐突に呟いた理由は不明だが、彼を無視を決め込む。なぜなら彼らは琴美と話していた現場を目撃していないのだ。このまま黙っていれば根も葉もない噂として処理されるだろう。逆にここで反応してしまうのは悪手だ。


 「お相手は小川琴美さん、と」


 「なぜ知ってる!?」


 思わずコントローラーを手放して、立ち上がる。

 試合中ではあったが、悠介が即座にポーズボタンを押したのでゲームは止まっている。しかしそれは陸からすればどうでもいい話だ。問題は別にある。


 (なんでこいつは小川の名前を出したんだ。俺は小川の名前は聞いてないぞ)


 陸が耳にした限りでは、広まっている噂の中に琴美の名前はなかった。現場を見ていない瑠奈から彼女の名前が出てくるのは確実におかしい。


 「あ、図星だったんですね」


 「ハメられたぁ…!」


 「…りく、どういうこと?」


 噂の存在すら知らなかった楓は陸に冷たい視線を向ける。


 「ま、待て。勘違いだ」


 「流石陸くんプレイボーイだねぇ。ここには来るなとか言ってたくせに昨日の今日で手を出すなんて」


 「あんたはマジで黙ってろ」


 この月城悠介という男は故意か無意識か誰にもわからないが、話をややこしくするのに定評がある。だからできる限りは黙っておいて欲しいところだった。


 「りく…」


 「楓、落ち着け。決して俺は小川に手を出していない。信じてくれ」


 「――本当?」


 「ああ、本当だ。間違いない。俺は誰彼構わず女子に手を出すような人間じゃないからな。俺は可愛いくていい奴だと思った女子としかお近づきになろうとはしないぞ」


 「…そっか。ならよかった」


 楓は安心したように笑みを浮かべた。


 「今の何が良かったんだろう…」という悠介の疑問の呟きは誰にも届くことはなく、霧のように消え去った。


 (…楓は可愛いなぁ。小動物的な可愛さがある。お持ち帰りしたい。とりあえずなでなでしてやろう)


 「よすよす」


 「ふふふ…」


 最低発言をしていたことに特に自覚のない陸は、楓の頭を優しく撫でている。


 (やりながら考えるのもあれだけど、彼氏でもない男から髪を触られるのはどうなんだろうな。ネットかなんかで気持ち悪って思われるとか書いてあったような気がしたけど。いや、でも心地よさそうな顔してるな。こんな可愛い顔されたら永遠に撫でられるぞ)


 この時、瑠奈から視線を向けられていることを、楓に意識を向けていた陸は気付いていなかった。


 「――。『桐原は後輩の体に触れていた』」


 パンッと手を弾かれた。


 「触らないで」


 可愛らしい表情から一変、楓は自分のことを撫でていた少年にゴミを見る目を向ける。


 「おい待て、天野! それは偽りだろ。俺一回もそんな噂聞いてないぞ!」


 「どうでしょうね」


 校内一の美少女は、依然として携帯を眺めながらそっけない返事をした。


 「もしかして瑠奈ちゃん、やきも――」


 「死にますか?」


 悠介が言葉を言い切る前に瑠奈が遮る。遮るというのが言葉だけであったのなら悠介も中断はしなかっただろうが、瑠奈は彼にどこからともなく出現させた白い銃の銃口を彼に向けていた。


 「――――ごめんなさい」


 素直に謝罪した。


 「あの…瑠奈ちゃん? 白銃はやめようよ。それ人間に撃つものじゃないから。――とりあえず銃口こっちに向けるのやめてくれるかな?」


 瑠奈の右手に握られていた白い銃は、今もなお悠介の顔面へと向けられている。引き金を引いたらちょうど眉間のど真ん中に当たるだろう。

 陸が「先輩死ぬのかな」とドキドキしているところで扉が唐突に開かれた。


 「こんにちはー!」


 下手をすれば死人が出るかもしれないこの状況を打破する英雄、おっぱいイケメンこと小川琴美が参上した。


 「今日も来ちゃいました…って、えぇ!? じゅ、銃! 銃ですよね! 本物ですか!?」


 声が裏返っていることから冷静さを保てていないのは明白だった。


 (文字に起こしたらびっくりマーク多いんだろうなぁ。にしてもこんなリアクションをしてくれる奴このメンツにいないからすごい新鮮だ)


 琴美の存在の素晴らしさしみじみと感じている陸であった。


 「小川さん、来たんですね」


 瑠奈は無機質な声で言葉を放った瑠奈は、何事もなかったかのように銃を下ろして、椅子に座った。


 「あ、はい。来ました。…じゃなくて! 銃ですよね、今の!」


 「そうですけど、それがどうかしましたか?」


 「え、いや、そうですけどって…」


 「小川、安心しろ。それは確かに本物だけど捕まることはない」


 「や、やっぱり本物なんですね。というかなんで大丈夫なんですか?」


 「そりゃお前が黙っとけば誰も話す奴いないからな」


 「――確かに」


 思いの外あっさりと納得したようだった。


 「小川はバカ……。扱いやすい……。あ、物分かりがいいやつで助かるよ」


 「二つ! 前の二つはバカにしてましたよね!?」


 「まっさかー」


 声を荒げる琴美に対して普段通りのふざけた返事をする陸であった。


 「…ん?」


 先ほどまでしていなかったBGMとSEが聞こえるので、彼は視線を琴美からゲームの画面が映してあるスクリーンの方へと移動させた。


 「――――」


 陸を差し置いてゲームが再開されていた。それはまだよかった。しかし、


 「あの…楓さん、僕のキャラを必要に殴るのやめていただけますか? そいつに罪はないんですよ」


 楓によって陸の選択したキャラクターが永遠にコンボを決められていた。

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