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神の使いと終焉者  作者: 久我尚
オメガ 前編
1/30

プロローグ 『決心した日』

 満月。月光がビルの立ち並ぶ街を照らす。

 まだ月は頂点に達していない。夜はまだまだこれからだ。

 

 そんな美しい夜を駆ける者が一人。

 

 彼はビルの上を疾走していた。

 次から次へと建物を伝って彼は移動している。


 「やっほー!」


 足元を強く踏み込み、走り幅跳びと同じ要領で、彼は車が行き交う道路の遥か上の空中へ身を投じる。

 道路を横断するように向かいのビル目掛けて飛んだわけだが、このままのスピードでは引力によって高度が下がってしまう。つまり屋上に届かない。

 だから、彼は何もない空中で――加速した。

 どこにも足をつけることのできない空中で丸腰の人間が加速するというのは、あまりにも非現実的でおかしな話ではあるが、彼はそれを実現して見せた。けどそれでも高さが足りなかった。

 むしろビルへ衝突する勢いが強まっただけ。

 間もなくビル衝突する――

 

 ――ことはなかった。

 

 彼は地面に着地するかのように外壁に足をつけ、再び走り出した。

 重力なんてものは彼には関係ない。

 地面ではなくビルの外壁に足をつけ、彼は走っている。疾風の如き彼のスピードは人の域を逸していた。まあ、外壁を走る時点ですでに人技ではないわけだが。


 「人がゴミのようだってやつだな」


 走っている最中、下に目をやった。

 車が車道を走行し、人が歩道を歩いている。

 夜中であること、さらに見た目が黒いことから彼を視覚で捉えることのできる人間はいないだろう。

 地形の一切を無視して、移動すること数十秒。彼は目的地へと辿り着く。

 ひとまず行動する前に携帯を取り出し、連絡先の中から電話を掛けた。ワンコールで相手は通話に応答した。


 「――もしもし? 着いたけど、どの辺だ?」


 『…私のアビリティじゃここからはわからない。自分で探して、できるんでしょ?』


 「えぇ…。できるけどさ。結局俺が探すのかよ。微妙に不便なアビリティだな…」


 彼は駅まで行けと言われただけだ。あまりに大雑把すぎる。助けを求め電話したわけだが、どうやら無駄のようだ。


 「くそっ! これなら抱えて連れてくればよかったな。…うん。それなら合法的にお触りできる。完璧、実に合理的だ…。今後そうしよう」


 『…りく。一応言っておくとスピーカーで通話してるから、るなが隣に――』


 「――よし。気を取り直して探してくる。頑張るぞー、おー!」


 逃げるように通話を終了した。

 違和感ゼロの100%自然で完璧な通話終了方法だった、ということに彼の中ではなっている。


 「さてと…。仕方ないからいつも通り自分で探しますか」


 気を取り直して仕事に取り掛かる。

 

*****

 

 「きゃッ…!」


 眼前を明らかに人ではない何かの手が通過する。

 紙一重の回避だった。


 「な、なんで…!」


 その一言に尽きる。

 なんでこんなことになってしまったのだろうか。興味本位で路地裏を覗いてしまったがために、出会ってしまった。


 「――――」


 おびえる少女を無言で見下ろすのは、辛うじて人の形を保っているような怪物。

 全長は約2メートルほど。

 腕が異様に長く、関節があるのか疑わしいほどに軟体動物のような動きをしている。

 ゆっくりとした二足歩行なのが気味の悪さを増幅させている。


 (逃げ、なきゃ…!)


 頭はそう判断する。

 命の危機に瀕しているのだから妥当な判断だろう。だが、体は脳の指示に従わない。

 従うことができないのだ。

 人とはあまりに異なる異形の怪物を目にした彼女は恐怖に支配され、足どころか指先までも動かすことができない。


 「――?」


 小鳥のように首を傾げて、一度目の攻撃を躱した少女を怪物は見つめる。

 目も鼻も耳もない。あるのは口だけ。そんな怪物の顔からは何も読み取れない。


 「――――グ……ゥ…?」


 怪物がやっと発した言葉から、生物として一応知能はあるのだというのは感じ取れた。

 同時に、明らかに人間とは異なる声帯を持っていることもわかった。不気味なことに、怪物はいくつもの高さの声が混ぜられたかような音を発声している。


 「……ぃ…」


 怪物の声は少女の恐怖を増幅させる。


 「………ぃ……ゃ」


 その場に尻餅をつき、もう完全に動けなくなってしまった。


 「ガ……ゥ…?」


 怪物は見下ろす。存在のしない目を向けて、彼女を見つめる。

 時間が経過するにつれて一つの感情が少女の中でこみ上げ、とある人物が脳裏浮かんでいた。


 「――ご…めん…な、さい…」


 声として絞り出されたのは謝罪。

 生みの親である母へ向けての謝罪だった。


 「ギ……ギギ――…ギ…」


 唯一、怪物の顔にあった人と同じパーツである口が開かれた。

 見た目からは想像できるものよりも二倍ほど開かれた口は大きく、全く形の揃っていない歪な歯が並んでいる。

 怪物は、少女を喰らおうとしているのだ。


 「………」


 触手のようなものが蠢く怪物の口腔を前に、もはや声は出ず、震えるのみ。

 幸いにも動く個所は一つあった。瞼だ。涙の流れ出る瞳を覆うように瞼を閉じる。

 一面の黒。

 死に際に見る光景にしては、殺風景かもしれないが、怪物の中を最期に目にしたものにするよりは遥かにマシだ。


 「――――」


 待つ。自分にはどうすることもできないのだから。


 「――――――」


 待つ。これは自分に対する罰なのだと受け止めて。


 ――その時、何かが弾けたような音が聞こえた。


 自分の体に何かあったのかと思ったが痛みがない。


 「――――――――」


 気になりはしたが、彼女は瞼を上げることなく死を待っていた。


 「――――――――――?」


 長い。あまりに長すぎる。

 すでに十秒は経過している。

 もしかしたら自分は死んでいるのにそれに気づいていないのかもしれない。そんなことを考えた。だから確認をするために、恐る恐る重い瞼を開く。

 夜だというのに、何故だか眩しく思えた。


 「――ぇ…?」


 ようやく視覚が機能し始め、目の前の光景を捉えられた。

 第一声として漏れ出たのは困惑。

 なぜなら怪物の姿がなかったから。

 自分より一回りも二回りも大きかった怪物は跡形もなく、少女の目の前から姿を消していた。どこを見ても、怪物の姿はない。

 だが、代わりに人が立っていた。

 先ほどの怪物とは違い、完全な人型。身長は170後半ほどだ。

 フードを深く被っていて顔を確認できない。体格からして男性の確率高い。


 「――ぁ…」


 声を出そうとしたが、しっかりと発声ができない。今まで感じたことのない恐怖を味わったからだろう。口がまともに動こうとしない。


 「無事みたいだな。今日は死人ゼロだ。素晴らしい。ボーナスが出てもいいな」


 普通の人、男の声だ。

 男は少女に手を差し伸べた。少女はその取って何とか立ち上がる。


 「あ、あなたは…?」


 震えてはいたがしっかりと発音できていた。

 少女は男の名前を聞いたのだ。

 直感ではあるが、この男が自分を助けてくれたのだと何となく理解していたため、聞かなければいけないと思った。


 「俺? えっとな…」


 男は顎に手をやり、うーんと唸りながら何かを考え始めた。


 「――俺は青巌せいがん高校の一年生で…人助け…? をする部活みたいなのをやってる者だ」


 なぜ疑問形なのか、普段なら気にするところだが今の少女はそんなことよりも聞きたいことがあった。


 「な、名前は?」


 怪物が消え失せた現在の状況から考えて、この男が自分の命の恩人であることは明白。ならば聞いておきたかった。


 「――桐原陸きりはらりくだ」


 フードを上げて彼は素顔をあらわにした。

 少年、とても整った顔をしている少年の顔がそこにはあった。


 「――あ、あの…!」


 彼女を遮るようにして着信音が路地裏に響いた。

 少女ではない。少年から音は鳴っている。

 少年はポケットからスマートフォンを取り出すと受話口へと耳を当てた。


 「もしもし? ああ、天野あまのか。終わったよ。一匹だけだった。もう帰る…と思ったけど本屋寄りたいから、早霧さきりのおっさんと静波しずなとで飯食っといてくれ。…は? かえでも飯食ってく? わかった。すぐに帰る」


 やる気に満ちた表情で通話を終了すると再び少年は携帯をポケットに押し込んだ。


 「――じゃあな。もうあいつはいないと思うけど、夜だから気を付けて帰れよ」


 「あ、えっと…」


 少女の返事を待たずに少年は歩き去ってしまった。

 路地裏には少女が一人残される。

 襲われてからまだ数分。恐怖はまだ彼女の中に残っている。

 けれど、震えは止まっていた。今はあの少年のことの方が脳の占有率が高いのだ。


 「青巌か…」


 少年の言っていた高校名を呟く。彼女の家からそれほど遠くない高校だ。

 中学三年生、つまり受験生である彼女の進学候補でもあった。


 「よしっ、決めた!」


 吹っ切れたように声を張る。悩みが吹き飛んだのだ。

 この日、少女は誰もいない路地裏であることを強く決心していた。

数ある物語の内の一つ。

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