ヤンガーサンはかく語りき
平民は貴族を『贅沢ばかりの傲慢なヤツら』ってよく言うだろ?確かに間違ってはいないさ。過酷な労働もなく、食い扶持に困ることもない。ただ、俺が声を大にして叫びたいのは!
『跡継ぎだけだけどな!!』
俺はある王国の、とある侯爵家の、次男坊として生を受けた。産まれたときには弱冠体は弱いながらも継承に支障はない5歳歳上の長男、つまり俺の兄がいたので、典型的な『ヤンガーサン』ってヤツだ。厳格な長子継承を敷くこの国では、俺は兄に万が一がない限り爵位も財産も継ぐことはない。爵位がなければ成人したら『平民』なんだ。
女ならよかったのかもしれない、とはたまに思う。爵位を継ぐ長男に嫁ぐことができれば、『貴族』で居続けることはできる…実家が侯爵家なら『基本的には』嫁ぎ先には困んないしな。だが!俺は男だったチクショウ。『貴族』として育てられたヤンガーサンたちが汗水たらして開墾できるはずがない、つまり俺は非常に限られた幾つかの雇用を巡る『ヤンガーサンの就活』をしなくちゃならないわけ。
まず第一の方法。それは婿入り。継承すべき男子がいない貴族の家に婿にもらってもらう。これはある意味で現実的だった。なんせ侯爵家の次男坊。高位貴族と繋ぎをとりたい下位の貴族の婿として魅力的な物件…平常時なら。
ここで大問題だ。今の王様ってヤツがかなりの子沢山…ぶっちゃけて言えば女好きで、子供も当然多かった。庶子を含めてその数なんと56人!王子だけで34人いた。いつもなら王子なんてせいぜい5人で、王位継承者の第一王子以外は、スペアの第二王子に公爵位を与えて、後の数人は上位貴族に婿入り、が普通だ。それが今回は34人なんだ…。王家は婿入り先の貴族だけで30家程度は確保しなくちゃなんなかった。王族の血を下手に貴族以外には混ぜられないしな。家の格なんかに拘らず、貴族であれば末端の男爵家までかき集めて、王家は25家を王子たちの婿入り先に確保した。
…想像ついた?王家によって婿入り先を持っていかれて困ったのは、貴族のヤンガーサンたちだ。成人後も『貴族』として、今までの経験や人脈が活きる数少ない選択肢なのに。ちなみに、王女は22人いてこっちも大問題になった…これも後で話すけど。
第二の方法。男子修道院に入って、聖職者になる。聖職者って意外と社会的地位はあるし、安定してる。危険もないし、教養と後ろ楯があれば、生涯衣食住に困らない…。だが、これは俺に関しては却下せざるを得なかった。理由は簡単。次男だからだ。三男だったらよかったのだが、俺は『万が一』の継承に備える必要があった…つまり妻帯禁止の聖職者という選択肢はこの時点で消えている。ちなみに婿入り先が確保できなかった王子の何人かがこれを選んだ。
第三の方法。最も現実的な選択肢がコレ。文官、もしくは武官を目指す。文官なら頑張って宰相まで登りつめれば一代限りとはいえ、権限は上位貴族以上。文官も武官も才能、実力さえあれば収入も地位も見込める。ただ問題があるとすれば人数制限だ。文官は特に本人の希望がない限り生涯雇用だから、その年にできた空き分しか採用はないし、平和な時代が続いているので、武官もそれほど枠はない。狭き門なのだ。さらに言えば、別に長男だって就職してはいけないなんてことはないし、最近の法改正で、平民にも採用枠が広がった。つまり、この選択肢、倍率と難易度は最も高いと言ってよい。
第四の方法。医者や弁護士や王立学園の教師その他の、社会的地位のある職業に就く。俺たちヤンガーサンの就活に最も制限をかけるのは、『品位を保てる職に就かねばならぬ』という不文律だ。意味が分からん。職業に品位もなにもあるか、とは思うが、理不尽だからこそ不文律なのである。
基本的にはこの4つ。もちろん世間には反則じゃないかと呼ばれるような例外があって、俺の弟…侯爵家の三男がまさにそれ。『王女を娶って家の余剰爵位を譲り受ける』、コレは弟が反則級のイケメンだからできたことだ。王子が34人いれば王女が22人いる、当然王女方の嫁ぎ先も確保は大変だった。他国の王族に5人嫁ぎ、国内の上位貴族に嫁いだあるいは嫁ぐ予定なのが12人。聖職者になったのが3人。王家に残る予定なのが1人と、行方不明が1人。俺の家は侯爵家だから、兄には当たり前のように王女が1人婚約者に宛がわれた…が、この王女が曲者で、何と穏やかで優しく聡明な跡取りの長男ではなく、顔だけでマトモに就活もしない三男坊に恋して、王に『婚約者変えろ』って願い出た。王はこの王女…第十四王女を溺愛していたもんで、その願いは叶えられた。爵位なしに王女は嫁がせる訳に行かないからって、侯爵家の余剰爵位のうち子爵を弟に与えさせたってわけ。基本的に余剰爵位は長男の儀礼称号に使われるのであって、他の兄弟に与えられることはないからこれは例外中の例外。ちなみにこの第十四王女、俺のことはアウトオブ眼中だった。存在も認知されていなかったと思う。
俺はあんまり頭がよくなかったし、特に腕が立つ訳でもなくてほとほと困ったが、ギリギリ役人の域に入る王立図書館の管理人の職をたまたま、本当にたまたま手に入れることが出来た。今は実家の侯爵家を出て、図書館に勤める職員用の寮で暮らしている。いずれマイホームを手に入れ、気立てのいい嫁を貰いたいと野望を燃やしているものの、王都は土地が高いのでマイホームはかなり先になりそうだ…ちなみにお付き合いしている女性はいない。
就活の次は婚活…。貴族って楽じゃないわホント…。
「あーなんだそのスマン。それほど苦労があったとは思わなくて…」
「いいってことさ。財布返してくれる?」
「ああ。お互い大変だが強く生きような…」
「そうだね。じゃあ俺はこれで」
返してもらった財布を胸ポケットに入れて俺は歩き出す。先ほどまで俺をカツアゲしていた男がまだこちらを見ているのか背中に視線を感じつつ。何が彼の琴線に触れたのかさっぱりだが、とりあえず今月の食費とマイホーム費用を守れたので俺は満足である。