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宿命の凶星《争乱星》

ライアス神官は、今までバーサーク状態だった黒髪の女武官に、改めてワインレッド色の穏やかな目を向けた。


「貴殿は非常に協力的なようだ、プロセルピナ。名前は?」


「元・王宮隊士、今はラエリアン軍に属する突撃隊を務める『地のセレンディ』です」


――ちなみに『プロセルピナ』は、《地霊相》生まれの不特定多数の女性全員に対する呼称である。《地霊相》生まれの不特定多数の男性であれば、『プルート』になる。


「セレンディ隊士の《宿命図》をチェックさせてもらうよ」


ライアス神官はセレンディの脇に立つと、セレンディの片手を取り、手の平を通じて《宿命図》を透視し始めた。


手相を読むようにして《宿命図》を透視する――神官のみが習得している特別な占術であり、《神祇占術》と呼ばれている。《宿命図》という、まさしく天神地祇の領域を占い、裏読みするのだ。故に《神祇占術》だ。


ライアス神官は、もう一方の手で、ロウソクを持っている時のように魔法の杖を立てて持っていた。その魔法の杖の先端部には、まさしくロウソクの炎のように、チラチラと赤く揺らめく光がある。


ライアス神官の脇には、先ほど扉に防音魔法陣を設置していた青年が控えていた。持ち込んで来た半透明の魔法素材のプレートに、ペン程の大きさにした魔法の杖で記録を取っている。下級魔法神官だ。神官服の独特の装飾は、上級魔法神官ほど目立つ物では無いが、その白い鱗紋様で《風霊相》生まれの者と知れる。成体になるかならないかという青年は、ライアス神官の弟子にして助手らしいと予想できる。


ライアス神官は、やがてハッとしたように目を見開いた。


「セレンディ隊士は《争乱星ノワーズ》持ちなのか? 元々バーサーク化しやすい性質。《宿命図》の星々に、強い屈折の相と共に、乱反射の相がある――バーサーク化の確率は、60%から70%という所か……」


宿命の凶星――《争乱星ノワーズ》。


エメラルドは息を呑んだ。


――竜人の中にも、元々暴発しやすいタイプはある。暴発した時の自らのドラゴン・パワーの大きさに酔い、欲望のままに身を持ち崩して闇ギルドの者となるのも多い。そうした粗暴なタイプの《宿命図》に多いと聞かれる、代表的な凶相だ。


後方に退いて耳を傾けていたウラニア女医が、ギョッとしたような顔をした。


「50%超えで、今まで一度もバーサーク化しなかったのは長い方だ」


――というような事を呟いている。


セレンディは、薄い金色の目を笑みの形に細めた。ライアス神官の占術の能力に感嘆している様子だ。


「先天性の《争乱星ノワーズ》相です、《火》の神官どの。残念ながら、強い《争乱星ノワーズ》が関わるバーサーク化は、手遅れになった重度のバーサーク傷と同じように、高度治療では解決できないそうですね。一度バーサーク化したら、その後は、もう拘束具で抑えるしか無いとか……」


ライアス神官は苦い顔をして、ゆっくりとうなづいた。間を置いて、セレンディの説明が再開した。


「元々《四大》エーテル魔法の発動パワーは充分だったのですが、《争乱星ノワーズ》のせいで暴発しやすくて、神官や魔法使いになるのは無理だと言われました。攻撃魔法を多く扱う武官としてなら生計を立てる事が出来ますし、どの分野の魔法職人アルチザンを目指すのが良いか、時間を掛けて探す事も出来ましたので」


エメラルドは、その内容に納得しきりだった。セレンディが発動していた《四大》エーテル魔法は、そのパワーが桁違いだったのだ。


武官は、その職業の特性上、文官よりも定年が早い。退官後の生活を考えると、収入が安定しやすい各種の魔法職人アルチザンがベストだ。武官として身に着けた特殊技能を生かす事も出来る。魔法の熟練度を高める事を兼ねて、武官を選ぶというのは妥当かつ賢い選択だ――エメラルドも武官の一人として、そういう将来図を描いている所だ。


――ライアス神官は、更に質問を重ねた。武官を目指す前、そして武官になった後の経歴。セレンディはエメラルドより少し年上に属する世代なのだが、その経歴は、エメラルドや他の武官の経歴と似たり寄ったりであった。


半年に一度の王宮隊士の武闘会がある。そこでセレンディは次第に、近衛兵と同じレベルの上位に食い込む常連となり、「剣舞姫けんばいき」の称号を得たと言う。憧れの近衛兵に配属されるかと思いきや、竜王都争乱がスタートし、急遽、ラエリアン卿の軍隊に配属される事になったのだ。


「私の夫は、元は私の幼馴染で、我が唯一の《宿命の人》でした。大凶星の相にも関わらず、今まで一度もバーサーク化しなかったのは、夫のお蔭で――神官なら、理屈はご存知ですね」


セレンディの言葉に、ライアス神官は相槌を打って見せた。


――ライアス神官の質問の内容は、次第に核心に近づいて行く。


「既に理解している事と思うが、『バーサーク危険日』では無い日に、セレンディ隊士はバーサーク化した。その気が無かったにも関わらずだ。何故そんな事が起きたのか、我々は知らなければならない。最近の生活状況について説明してくれたまえ」


セレンディは、赤い卵を胸の上で抱え直した。頭の中で内容をまとめ始めたのであろう、目があちこち彷徨い始める。


エメラルドは聞き耳を立てた。勿論、ウラニア女医も注目している。


セレンディは、ポツポツと語り出した。


「半年以上前になります――軍規に基づいて出産休暇を申請しましたが、こんな世相です。ラエリアン卿の下でも隊士の人手不足が深刻になっている上に、元々《争乱星ノワーズ》持ちという事もあって出産の許可は出ず、早期の堕胎を指示されました」


忌むべき大凶星――《争乱星ノワーズ》の相を持つセレンディには、出産する資格すら無いのか。もっと弱小な、武官にすらなれない程の貧弱な竜体であれば、バーサーク化する程のパワーは無く、問題は無かったであろう。バーサーク化しにくい大型竜体でも、同じように問題は無い。


――普通の生を全うしようと努力を続けて来た結果、たまたま、最悪の条件が成就してしまった。運が悪かった――或いは、巡り合わせが悪かった。言ってみれば、それだけの事だ。


臨月の時期のバーサーク化のリスクについては、充分に承知はしていた。『バーサーク危険日』と出産日が重なれば、100%に近い確率でバーサーク化するであろうと言う、《宿命図》が描く未来予想図の確かさについても、充分に理解はしていたものの――


セレンディは、《宿命図》に沿って自動的に決定された内容に、どうしても納得がいかなかった。


悩んだ末、セレンディは上官の指示通り堕胎したと言う事にして、こっそりと卵を抱え続けた。もしかしたら、もしかすれば、『バーサーク危険日』では無い日に、穏やかな出産日を迎えられるかも知れないでは無いか。《宿命の人》たる夫が、自分のバーサーク化を抑え続けていてくれたように。


「臨月に入ると、前線任務が体力の限界を超えるようになりました。上官の指示に違反したと言う事が分かれば、軍規にのっとって全財産没収の上、追放される。ですから、体力回復剤に頼りました。そうですね……最近は1日にボトル5本、服用していました。武官向けの標準支給の品で、最高濃度の物を」


ウラニア女医が、「感心できない」と言う風に眉根をしかめて首を振った。


「信じがたい乱用レベルね。男性の竜体であっても、その服用パターンは問題外ですよ」


セレンディは少し首をすくめた後、再び説明を続けた。


「臨月に入れば、卵との胎内リンクが切れるから、子供は薬物の影響を受けなくなると本で読みました。子供が大丈夫なら――それに幸い、『バーサーク危険日』では無い日に予兆があって。最初の陣痛の予兆が、あんなにキツイとは思わなかった。今日の前線で、突撃作戦に掛かる少し前に、前もって……痛み止めを飲んで……」


そこで、セレンディは気まずそうな顔になって口ごもった。


ライアス神官がピクリと眉を跳ね上げる。


「――どの種類の痛み止めを? どれくらいの量を?」


セレンディは、ますます首を縮めた。胸の上で抱きしめている赤い卵と同じくらい、頬が赤く染まっている。


「その……余り覚えてないけど、激戦区エリアの近所に『よろず何とか』という、ドラッグ類も扱っている総合商店があって……《地霊相》向けだという、黒い帯が付いたボトルを、10本くらい。竜体のままだったから……」


ライアス神官は怖い顔をして、脇に控えていた青年助手の方を振り返った。


「エルメス君、確か激戦区――あの廃墟ストリートに近い場所で営業中の、不自然に勇気と善意に満ち溢れた総合商店『よろず★ハイパー☆ミラクル屋』は、『疑惑』の対象だったな? 闇ギルドの違法ドラッグも一緒に扱っていると言う噂がある、いわく付きの」


エルメスと呼ばれた《風》の下級魔法神官は、口を引きつらせていた。


「黒い帯が2本入っているボトルなら、違法ドラッグである可能性が高いです。普段は『ドラゴン・パワーの底上げをする』という触れ込みで売られていますが、売り上げを伸ばすためか、全く別の薬効を宣伝していたりするので、正確にどんな被害が出るのかは、まだ判明していなかったかと……」


ライアス神官は、あごに手を当ててブツブツと呟き始めた。


ウラニア女医は、セレンディを穴の開く程に注視した。医師として、セレンディに違法ドラッグの症状が出ているのかどうか、物理感覚も魔法感覚も総動員して、注意深く観察しているのだ。やがて、ウラニア女医は、溜息をついた。


「この場合は、ただでさえバーサーク化しやすいレベルの《争乱星ノワーズ》持ちだった事に感謝すべきかも知れませんね」


ウラニア女医は続いて、ライアス神官を厳しく見やった。


「多分――ライアス君、全くの想定外だけど――偶然に、『禁断のドラッグ』が出来た可能性がありますよ。ボトル10本を一気に服用したケースは、恐らく闇ギルドにとっても初めての事。この件、闇ギルドの手の者が野次馬に混ざって、服用の影響を観察していたかも知れません。それはともかく、予想される作用機序としては――」


ウラニア女医とライアス神官とエルメス神官は、部屋の隅に寄ってヒソヒソ話を始めた。エルメス神官が《風魔法》によるノイズ暗号を、その会話に仕掛けている。見るからに、最高機密に属する内容であるという事が窺えた。


セレンディは暫くその会話を眺めた後、気まずそうな様子のまま、エメラルドの方に顔を向けて来た。


エメラルドは瞬きし、そっと首を動かして応じた。痛みがだいぶ引いて来て、頭の向きだけなら何とか変えられる状態だ。青い円盤の形をした装置は、非常に良い働きをしている。


セレンディは、おずおずと口を開いた。


「バーサーク傷を負わせてしまうつもりは無かった。互いに対立する者同士で、こんな事を言うのも何だけど――ごめんなさい。もしかしたら、エメラルド隊士の武官としての将来を、奪ってしまったかも知れない」


エメラルドは、セレンディの薄い金色の目をマジマジと眺めた。シャンパンゴールドと言うのだろうか、こうして見ると、なかなか神秘的な色合いの目だ。


――全体的に見れば、セレンディの行動は余り褒められたものでは無い。だが、セレンディは《争乱星ノワーズ》に呪われた宿命を持ちながら、その生き方を歪ませる事は無かった。だからなのだろう、普通は不可能だとされていたバーサーク状態での出産に挑み、無事に我が子の宿った卵を抱く事が出来たのは。


――不思議な巡り合わせだ。《運命》は、時として、こういう事をするものらしい。


「『エメラルド』で良いです、セレンディ先輩。私は、自分の行動を後悔はしていません」


「私の事は、『セレンディ』で構わないわ」


エメラルドは承知し、わずかにうなづいて見せた。


気が付けば、喉の痛みが薄らいでいる。この分であれば、もう少し喋る事が出来そうだ。


――自分の将来が一気に不確かになったのは問題だが、セレンディにしても、事情は同じような物なのでは無いか。しかも、セレンディの方が、事態は切羽詰まっている筈だ。


エメラルドは懸念を口にした。


「セレンディは――許可なしに前線離脱したのでしょう? 致し方の無かった事でしょうけど、武官としては……ラエリアン卿の下には、帰還できなくなったのでは無いですか?」


セレンディの薄い金色の目は、穏やかなままだった。セレンディが口を開きかけたところ――


――ヒソヒソ話が終了したのであろう、ライアス神官と助手エルメス神官が、再びベッド脇に戻って来た。


ウラニア女医は、今まさに高度治療室を出て行くところだ。此処で最も地位の高い神官として、神殿トップに近い機関に報告しに行くのであろうと予想できる。


ライアス神官は咳払いし、セレンディに説明を始めた。


「セレンディ隊士、ウラニア女医の伝言だが――エメラルド隊士に蹴り砕かれたその片足は、骨格からして完全に粉砕されている。高度治療を施しても元に戻らないレベルでね。杖を突けば歩けるが、武官としては難しい」


セレンディは、『承知している』と言う風にうなづいていた。武官としての勘で、うっすらと気付いていたようだ。


「当分の間、経過観察という事で、拘束具を付けたまま監視下に置かれる事になる。かなり行動制限が掛かるが、卵の方は心配は要らない。医療院の中の、竜体解除の魔法を施した個室に入ってもらうが、初脱皮を迎える前の幼体には影響は無いし、元は産後の女性が回復を待って滞在するためのスペースを手配してあるから」


ライアス神官は、高度治療室で一晩様子を見た後、問題が無ければそれぞれの個室に移る事になる――と追加説明をした後、若いエルメス神官を引き連れて、高度治療室を出て行ったのであった。

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