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神殿付属医療院

対バーサーク竜の作戦が終了したとあって、広場は解放され、瞬く間に人が集まって来た。


バーサーク竜の発生の一報を受けて被害状況の視察に駆け付けた街区役所の担当スタッフは勿論、竜王都の街角広報『風の噂』や『井戸端会議』を名乗る野次馬も。


ひと山の灰塵と化した自分の屋台店や荷車リヤカー店を見い出し、ショックで騒ぐ店主も居るが、たいていは立ち直りが早い。中には商魂たくましく、いずれ街区役所から支給されるであろう『バーサーク災害見舞金』の額を予測計算し、先行取引を始めた人も居る。


新人の神殿隊士が、魔法の杖を持って駆け回り始めた。バーサーク竜やエメラルド竜から剥がれ落ちた多数の鱗の表面を、《火魔法》で焼いて毒性を弱め、あらかじめ用意した鱗専用の焼却処理袋に入れていく。


正常な鱗は焼却の必要が無いのだが、バーサーク竜の鱗やバーサーク毒に侵された鱗は毒を持つので、最終処分に回す前に、安全に焼却処理しておかなければならない。


一般的に、武官による処理作業は、その場しのぎのレベルに留まる。時間も技術も限られるからだ。本格的な作業は、それを専門とするプロの魔法職人の手に任される事になる。


広場の各所に、バーサーク毒に汚染された血痕が散らばっている。汚染された血痕は《水魔法》で洗浄され、歪んだ石畳は《地魔法》で修復されたが、これについても、本格的な部分は魔法職人が担当する事になっており、『立ち入り禁止』を示すバリケードによって囲われていった。


無残になった街路樹は、造園業を専門とする魔法職人によって癒される予定だ。造園業が専門の魔法職人は、城壁の外に並ぶ退魔樹林の維持管理にも、公務として関わっている(城壁の外に出る時は、武官が護衛に付く)。


瓦礫の撤去に関しては、ドラゴン・パワーの出番だ。人体より一回り大きいサイズの幾つかの竜体が、ビックリするような大きな瓦礫を竜の口でガッチリとくわえ、或いは竜の手でむんずとつかみ、広場を忙しく往復し始めた。


こういった土木工事の類の作業は、竜人がまだ人体変身の能力を得ていなかった超古代の頃、普通のドラゴンとして、岩山や峡谷に洞穴を掘って生活していた時代からの十八番おはこである。


*****


――バーサーク傷を負ったエメラルド。バーサーク状態で出産を済ませたばかり、なおかつ片脚が折れ曲がっている状態の女武官。2人とも高度な治療を必要とする事態であり、担架に乗せられたまま、幾つかの転移魔法陣を経由して、神殿付属の医療院に緊急搬送された。


神殿付属の門前街区、そのメインストリートにある医療院――


その救急外来は、一般的な街区の医療局に比べると非常に充実している方だ。


しかし今や、救急処置用のベッドの数が足りなくなった――という状態である。広場で展開した対バーサーク捕獲作戦で重傷を負った他のベテラン神殿隊士や下級魔法神官、それに巻き添えを食った一般の重傷者も一緒に運び込まれたためだ。


かくして、赤い卵を抱きかかえたままの黒髪の女武官と、ボロボロのエメラルドは、偶然ながら同じベッドを共有する事になったのである。


翼の生えた竜体にも対応できるような正方形のベッドであるため、人体状態の2人は、並んで横たわる事が出来た。この正方形のベッドは、竜人共通の標準的なサイズである。


ちなみに、図体のでかすぎる大型竜体の場合は、この竜人共通の標準的なサイズのベッドに収まるためには人体状態で無ければならないので、その辺りは、むしろ制約は大きい。睡眠中に、無意識のうちに竜体変身をやってしまうと大変なので、普段の生活でも、あらかじめ竜体解除の魔法陣がセットされたシーツをベッドに敷いて寝るのが決まりである(そして勿論、寝相が悪すぎる場合は、竜体変身を禁ずる拘束具で対応するのだ)。



数人の女性スタッフの手を通過して、2人の女武官は裸にされ、全身を清められ、傷を縫われた。


今は2人とも、既に患者服をまとっている状態だ。


竜人の一般的な衣服は――武官服も含めて――喉元に生えている『逆鱗』をスッポリ覆うように、高い襟を備えたデザインとなっている。


だが、今まとっている患者服は、袖なしVネックのデザインだ。首回りがスースーして落ち着かないが、非常事態なのだから致し方ない。


なお、バーサーク化していた黒髪の女武官の方は、再びの予期せぬ竜体変身、及びそれに伴うバーサーク化を防ぐため、チョーカーの形をした特殊な拘束具を装着したままである。


*****


物理的な救急処置が済んだ2人の女武官は、正方形のベッドに並んで乗せられたまま、高度治療室へと運ばれて行った。


高度治療室は、特別に仕切られた部屋となっていた。


一般的な救急処置室より狭いが、壁の表面や戸棚の中には、高度治療用の不思議な魔法道具が幾つも掛かっている。最も目立つのが、『医の聖杯』を刻んだ青い円盤装置だ。大皿と同じくらいのサイズである。


エメラルドに対する高度治療は、《宿命図》エーテル状態を汚染するバーサーク毒を抜く事が中心となる。


バーサーク化した竜人が何度もバーサーク化するのは、全身にバーサーク毒が定着するのみならず、《宿命図》の近くにまでバーサーク毒が食い込み、『バーサーク危険日』ごとに活性化して《宿命図》エーテルの様相を激しくかき乱すからだ。《宿命図》エーテル魔法――変身魔法が不安定になり、心身ともに暴走しやすくなるのである。


まさに《宿命図》は、竜人の運命の全てを決める根源パーツなのだ(大陸公路の他種族でも事情は共通している)。


『火のライアス』神官の立ち合いの下、2人の女武官の担当となった女医『地のウラニア』が、ベッド脇に陣取る。周囲には、研修医であろう男女スタッフたちが控えていた。


ウラニア女医は、武官養成コースの鬼教官のような、いかめしい顔立ちをしている。もう中高年と言って良い世代のベテラン女医であり、灰色の鋭い眼差しも相まって、近づきがたい雰囲気だ。しかし、半分ほど白髪が混ざった髪をキッチリと髪留めでまとめており、エメラルドは何となく親近感を覚えた。


ウラニア女医は魔法アルスの杖を振り、何度見直してみても分からないような、難解なパターンを持つ3次元立体の青い魔法陣を、幾つも空中に描いて行った。ウラニア女医は、上級魔法神官の神官服を身に着けている――ベテランの上級魔法神官でもあるのだ。熟練された動作は、舞手の流麗な演技を思わせる。


3次元立体の青い魔法陣は、いずれもバーサーク毒を抜くための魔法陣である。多数の青い魔法陣は、白色の光を放って無数の青い粉末に変化し、エメラルドの全身に降り注いだ。


エメラルドの全身に毒抜きの魔法が行き渡ると、1回目の救急処置としての物理的な洗浄では取り切れなかったバーサーク毒が、既に縫われている状態の傷口から、魔法陣の力に包まれた青い液体となって、にじみ出て来る。


ウラニア女医は、エメラルドの全身の傷口から出て来た青い液体を、消毒済みの布で手際よく拭き取ると、脇にあった処理袋にテキパキと封印して行った。スタッフの1人が訳知り顔で、その処理袋を何処かへ持って行く。


女医は続けて、ベッドの枕元に置かれた『医の聖杯』が刻まれた青い円盤の上で、魔法の杖を振った。女医の魔法の杖の動きに応じて、濃いペリドット色をした2本のエーテル流束が、引き出されて来る。


宝石のようにきらめく2本のエーテル流束は、輸血管さながらに、エメラルドの左右の腕に挿入された。


ウラニア女医は、バーサーク傷を負った隊士を何人も治療して来たのであろう、手慣れた様子でテキパキと説明を付け加えて来た。


「エーテル補給を応用した高度治療です。《宿命図》のエーテル循環を加速して、この装置を通じて全身のバーサーク毒を急速排出しています。エメラルド隊士の竜体サイズだと、バーサーク毒は3日目の辺りで急に痛みが消える見込みだけど、同時に《宿命図》の中の星々の相として定着してしまいますからね。完全に排出できる訳では無いから、後ほど、そうね、1週間くらい後で、改めてバーサーク毒の残留状態を検査しますよ」


ウラニア女医は一旦、言葉を切った。暫く首を傾げて思案した後、再び説明を続ける。


「エメラルド隊士の場合は、いささか珍しいケースになります。1ヶ月ほどは医療院に観察入院という事になるけど、傷が塞がり次第、頃合いを見て外出許可を出しておきましょう。次の『バーサーク危険日』に備えて、竜体変身を禁じる拘束具が必要になるレベルかどうかも、判断しておく必要がありますから」


エメラルドは、了解の印に瞬いて見せた。全身の激痛がひどく、うなづいて見せると言う身振りすら出来ない。しかし、青い円盤に刻まれた『医の聖杯』が回転すると共に、全身の激痛は急に緩和し始めた。体内に侵入したバーサーク毒が、どんどん抜けているのだ。このペースでいけば、翌日には我慢して動ける状態くらいには回復できそうだ。


隣に横たわっていた黒髪の女武官は、「そんなやり方があるのね」と興味深そうな顔をしている。実際この青い円盤を使った治療法は、まだ新しく登場したばかりで、巷の街区に普及しているものでは無いという状態だ。


やがて、ライアス神官とウラニア女医の指示に従い、研修医スタッフたちは高度治療室を退出して行った。


入れ替わりに、半透明のプレートを脇に抱えた青年が1人やって来た。


青年は魔法の杖を振り、再び閉まった扉の面に、複雑な魔法陣を設置した。魔法陣パターンの上で白いエーテル流束が輝いており、その周囲は、隠密スタイルを示すランダムな四色パターンで縁取られている。


――《風魔法》の一種、『防音魔法陣』だ。しかも、最高レベルの秘密保護が入っている。


この部屋全体が、機密会議室と同じレベルの部屋になったのだと分かる。


治療タイムは終わり、事情聴取タイムが始まったのだ。

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