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想定外の前線(後)

対バーサーク竜の戦場となっている街区の中央の広場は、混乱の極にあった。


中央部で、ほぼ黒と言って良い程の黒々とした竜体が、高跳びと滑空を繰り返して、白い武官服をまとった神殿隊士たちを追い回している。バーサーク竜の、狂乱状態ならではの激しい動きに対応できる隊士が居ないのだ。神殿の主戦力は前線の方に集中していて、竜王配下ラエリアン軍との戦いの真っ最中である。


広場は既に、ドラゴン・ブレスにさらされた無残な瓦礫で、いっぱいだ。


広場に出ていた屋台店や荷車リヤカー店など、ほぼ天然素材の燃えやすい物は、防火魔法陣を仕込んだ特別な魔法道具で保護されていたが、ドラゴン・ブレスの余波を食らうたびに防火魔法陣の効果が崩れていき、端々に火が付き始めていた。今にも火達磨と化さんばかりだ。


このまま放置していれば、一刻もしないうちに、街区の方へも延焼するだろう。


だが、経験不足の新人の神殿隊士たちは、バーサーク傷を受けないように逃げ回る事に精一杯で、広場周辺の街区の保護にまで注意が向かない。


5人から6人ほどの下級魔法神官が一丸となって懸命にドラゴン・ブレスを防いでいるが、武官でも何でもない一般人の犠牲者が増え始めており、あちこちから悲鳴が上がっていた。


交易や観光などとして運悪く居合わせた、他の亜人類の者たち――数こそ少ないが、獣人、鳥人、魚人たちの姿も見える。


獣人パンダ族は色合いからして目立つ。その飛び跳ねるような身のこなしが注目されて、イヌ族・ネコ族・ウサギ族といった弱小タイプの獣人に、避難のための乗り物として取り付かれていた。両腕を翼に変えて飛び回る鳥人の脚に取り付いた獣人も居る。


魚人は、ヒレのようなヒラヒラの付いた、トロピカルカラーの長衣をはためかせながら走り回っている。頭には乾燥を防ぐための特別なターバンを巻いていて、魚の細長いヒレを変化させたアクセサリーで、ターバンの結び目を装飾している。衣服に火が付いて、慌てて人魚に変身し、思い切ったジャンプで雨水処理用の水槽に飛び込むという有り様だ。


先頭を切って到着したベテランの隊士が、上官として、新人隊士たちに指令を飛ばした。


「広場を封鎖して、一般人の避難を援助せよ!」


新人隊士たちが即座に指令に反応し、広場に取り残された一般人たちを目指して散開する。


広場には、エメラルドを含め、クラウン・トカゲと共に急行したベテラン隊士たちが次々に到着していた。


クラウン・トカゲは、ベテラン隊士たちが背中から飛び降りるや否や、訳知り顔で広場を縦横に走り回る。適当に数があるので、バーサーク竜の気を反らすには、うってつけだ。


ただし、クラウン・トカゲによる目くらまし効果は、一瞬でしか無い。


バーサーク竜が鋭くベテラン隊士たちの方向を振り向いた瞬間、先頭に居たベテラン隊士が、『魔法の杖』を電光石火の勢いで振るった。


――斜めに振り上げられた、その『魔法の杖』から放たれたのは、数多の手裏剣だ!


黒い刃の群れが、バーサーク竜の顔面を襲う。《地魔法》の産物だけに、その刃は重い金属並みの衝撃力を備えているのだ。


バーサーク竜は恐るべき反射速度を見せた。魔法の杖が変化したと思しきエーテルのモヤが光るや、鋭い剣戟音と共に、手裏剣の群れが弾かれてゆく。


一方で、手裏剣によって生まれたその空隙は、クラウン・トカゲの一群が方々の物陰に身を隠し、ベテラン隊士たちがバーサーク捕獲チームを組むのに、充分な時間だった。


エメラルドは、先着のベテラン武官と共に、第1班のメンバーとして先陣を切った。隊士4人、下級魔法神官2人から成るバーサーク捕獲チームである。


一人の魔法神官が地上にバーサーク竜を拘束するための《拘束魔法陣》を展開。もう一人の魔法神官が、バーサーク竜を牽制しつつ捕縛チーム全員を守るための、《雷攻撃エクレール》魔法を発動し始める。クラウン・トカゲは此処では必要ないため、安全になるまで物陰に隠れていてもらう。


雷攻撃エクレール》魔法の合間を縫って、エメラルドを含む4人の隊士は魔法の杖を振るい、包囲を詰めた。


《風刃》、《手裏剣》、《火矢》、《水砲》……武官の攻撃魔法が、バーサーク竜を取り巻く。


飛び道具を使ってバーサーク竜の足元や翼を狙って動きを奪い、《拘束魔法陣》の内側に追い込むという作戦だ。下級魔法神官と息を合わせ、城壁の出っ張り、燃え残った屋台の上、三本角トリケラトプス車の停車ポール、街路樹――利用可能な限りの足場を飛び回り、連続して攻撃魔法を放つ。


拘束魔法陣の中に追い込んだところで強制的な竜体解除の魔法陣を展開すれば、バーサーク竜は人体へと変わる。そこへ、竜体への変身を禁ずる特殊な拘束具を取り付ければ、取り押さえが完了するのだ。


なお、今はあらかじめ竜体解除の魔法陣を描き込んだ、巨大なシートもある。通常の魔法陣より変化はゆっくりだが、大型竜体にも対応できるよう仕込んであるので、効果はテキメンだ。拘束魔法陣の中で動けなくなったバーサーク竜に、このシートをかぶせるという方法もあるのだ。



――バーサーク竜の抑え込みは、想像以上に難しい任務となっていた。


バーサーク竜の全身を覆う、有刺性の異形の鱗が問題だ。バーサーク毒を含む棘が長く突き出しており、バーサーク傷を負わずに近づくのは容易では無い。異形の棘を持つ鱗がこすれ合い、耳障りな騒音をひっきりなしに立てている。


バーサーク化している本人も、鱗の着け心地については最高に不快な気分になっている筈だ。それでも、人体に戻ろうとしないのはどう言う訳なのか。自分で自分を不快にして、他者への攻撃性をつのらせているのか。


黒いバーサーク竜が装備する魔法の杖は、竜体を取り巻くエーテルのモヤとなって漂っていた。エーテルのモヤは高速で閃き、ひっきりなしに鋭い剣戟音を立てて、雨あられと注ぎ続ける攻撃魔法を蹴散らしてゆく。返り討ちとなって跳ね返って来た飛び道具が、捕縛チームの身体をみるみるうちに傷付けていった。


敵ながら天晴れな身のこなしだと言わざるを得ない。


――バーサーク竜の出現頻度が上がったため、ベテラン武官が次々にバーサーク傷を負い、その結果として、強いバーサーク竜が急増している。このバーサーク竜も、恐らく熟練の武官であろう。とは言え――


(強すぎる!)


竜体サイズを見るとエメラルドと同じ小型竜体だが、近衛兵レベルの強さだ。下級魔法神官の《雷攻撃エクレール》魔法をすら、弾いてしまう。


エメラルド属する第1班は早くも息切れを起こし、第2班へと交代する。隊士の数が揃わなかったため第3班は人数が足りず、体力に余裕のある隊士が飛び入りする事になっていた。


通常は、バーサーク竜1体当たり、4人の隊士と2人の下級魔法神官が対応する。竜体のままバーサーク傷を受けると、自身もその場でバーサーク化してしまうという懸念に加えて、クラウン・トカゲの脚力が急に必要になった場合に備えて、人体のまま対応するのだ。


変身魔法にしても、《宿命図》エーテル魔法を通じて、全身組織を細胞レベルで切り替える――と言う精密さが要求されるため、電光石火と言う訳には行かない。


変身状態が混乱したままフリーズした場合は、《宿命図》エーテルそのものに干渉するレベルの、特殊な治療魔法が必要になる(この手の治療魔法は神官にしか出来ない。神官が扱うエーテル量とエーテル深度は、武官や一般人に比べて圧倒的に大きく、深い)。


バーサーク竜は漆黒の翼を大きく広げた。


黒い竜翼に沿って攻撃魔法が轟音を上げる。《地魔法》の手裏剣が猛然と飛び散った。


広場の街路樹を足場にしていた隊士の1人が、慌てて身をひるがえす。手裏剣の群れがその空間を切り裂いた。隊士は2人の魔法神官を巻き込みつつ地面に叩き付けられ、3人もろとも失神する。失神はしてもペシャンコにならなかったのは、竜人としての身体の物理的頑丈さのお蔭だ。


剣舞姫けんばいき……! 奴はメスだが、称号持ちだ!」


バーサーク竜の足元への接近に失敗したものの、もう1人の隊士は、バーサーク竜の爪牙の特徴をハッキリと確認していた。


後方に退いて体力を回復していたエメラルドは、ハッとしてバーサーク竜の爪に注目した。竜爪は薄灰色だ。しかし、このバーサーク竜のそれは、濃密な地エーテルによる、漆黒の補強部分に縁どられている。


確かに上級魔法による補強パーツだ。


エメラルドは一瞬、唖然とした。


そのうちにも、2人の隊士が一斉に城壁に叩き付けられた。何処かの骨が折れる時の嫌な音が響く。


「くそぅ! 2班合同で取り押さえるんだ! 今、上級魔法神官の出動を依頼した! 到着までこらえろ!」


下級魔法神官のうち、最も年かさのベテランが指示を下した。


隊士たちの消耗も激しく、3人が失神ないし骨折で脱落していた。最初は辛うじて3班分の人数であった物が、2班でしか回らなくなって来ている。事態が手に負えなくなるのは、もはや時間の問題と言えた。

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