第56話 〜人質〜
大変長らくお待たせ致しました!
テストも無事終わり、今日からまた更新をさせていただきます。
サラン団長のような魔眼を持っているやつがもしかするといるかもしれないと思い、木々の影から影を伝って慎重に近づく。が、俺たちを襲った奴らは俺の接近に毛ほども気づいていなかった。
「へへへ、アニキ、奴らお姫様を寄越しますかねぇ」
下卑た声が響いた。それだけでも怒りが湧き上がる。こんなヤツらに俺の宝を渡してたまるか。
「まあ、いくらお姫様がエルフ族の宝だと言っても他の幾人もの同胞達とは比べられまい。同族思いとか言って、どうせ奴らはそんなもんだ」
彼らのボスらしき落ち着いた声もする。暗器を片手に声の方向へと近づいた。気配察知で気配を探ると、俺達を囲んでいる賊の数は約五十。そして、それ以外に賊とは思えない弱々しい気配が三。人質だろうか?
「そろそろかかりやすか?」
「そうだな。グラム様もアメリア姫をお待ちしているようだ」
じっと耳を潜めていると、聞きなれない名前が出てきた。その情報を頭の隅にしまう。
どうやらあちらも動くそうなので、こちらも動こうか。
「っ!」
陽の光が雲で一時的に隠れ、少しだけ闇が、俺の領分が濃くなった時を狙って足を踏み出す。
「ぐがっ!?」
「どへっっ!」
「おい、なにがあっ……ぐっっ!」
一瞬にして十人程を無力化した俺はそのまま足を止めることなく次の獲物に飛びかかる。賊たちは混乱して、まともに武器すら構えられないまま昏倒していく。
「おい! どうなってやがる!!」
「アニキ! 攻撃を受けていやすぜ!!」
「何!?」
よもや人質がいる状態で反撃にあうとは思いもしなかった賊のボスも戦況を見誤った。本当は、攻撃を受けているとわかった時点で引くべきだったのだ。だが、
「くっ! 訳が分からんが数では勝ってんだ、とりあえず見ない顔は全員ぶっ潰せ!!」
「「「おおおおお!!!!」」」
賊たちは、仲間が何をされたのか分からないまま、バタバタと倒れていく恐怖から逃げるように声をあげて輪の中心に突っ込んでいった。
「……あと十か。あとはアメリアとウィリアム達に任せて俺はボスと人質の方に行くかな」
アメリア達の力なら、前衛が居なくても十人くらいどうにか対処できるだろう。
「夜、いざという時はアメリアを頼む」
『分かっておるよ、主殿』
念話で夜に呼びかけると、力強い声が帰ってきた。どうやら久しぶりに暴れられることにウキウキしているらしい。やはり魔物だからだろうか、他の動物より凶暴性が強い。
「……くそ、どうなってやがる。おい! 起きねえか!!」
ボスは、憔悴しきった顔のエルフ族の女性の喉元に短刀を押し当てつつ、近くに倒れていた仲間を蹴りあげる。それでも気を失っている賊はピクリとも動かなかった。仲間に対しても容赦のないその暴力に、女性の娘であろう女の子がビクリと体を震わせた。あともう一人の人質は、倒れているためよく見えないが、これまたエルフ族の女性だ。恐怖で意識を失ったのだろうか。全員手足と口を縛られていて、一切身動きが取れない。
俺はひとまず人質を解放しようと、『気配隠蔽』を発動したままボスに近づいた。仲間を起こすことに必死なボスは、きっと『気配隠蔽』を発動していなくても俺の接近に気づかなかったに違いない。
とりあえず、意識を失っている女性を抱えてボスから見えない、木の上に寝かせる。手足と口の縄は暗器で切り捨てた。
続いて女の子の方を助けようと近づく。暴れられると面倒だから、首筋に手刀を落としてから運んだ。アメリアが見ていたらきっと怒られていただろうが、見ていなければ問題ない。それに、見るからに人族の俺を賊の仲間だと勘違いされて声をあげられても困る。
最後に女性を助けようとしたが、ボスががっちりと捕まえていた。
さて、どうしたものか。
「おい、まだ首を飛ばしたくなければその女性から手をどけろ」
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
首筋に暗器をあてながらそう言うと、今の今まで俺の接近に気づいていなかったボスは、飛び上がらんばかりに驚いて思わず女性から手を離した。よし、馬鹿で助かった。
俺はその隙を逃さずに素早く女性を引き寄せる。これまた気づいていなかった女性も突然のことに目を見開く。暗器でその縄を切って、女の子を寝かせた木を指差す。女性は言わなくても分かったのか、こちらを窺いながらその木に登っていった。その隣の木にはもう一人の人質も寝てるから介抱してくれると助かるな、と心で念じながらボスから目を離さない。ボスは怒り心頭らしく、頬は紅潮し、額には幾つもの青筋が浮かんでいた。絶対に血圧が上がっている。
「貴様っ!!! よくもグラム様から預かりし人質を!!」
「知らん。つーか、そのグラムとやらはどこのどいつだよ」
「貴様などに言うか!」
馬鹿だが、流石に引っかかってくれないか。どうやら、あの人質エルフ達はそのグラム様とやらにアメリアを捕まえる上で預かった物らしい。それを失ったボスは怒り心頭で、さも射殺さんばかりに俺を睨みつけている。
「さて、お前には色々と聞きたいことがあるからな。そこら辺に散らばってる奴はともかく、お前は捕まえさせてもらうぞ」
「ガキが! この俺が青級犯罪ギルド『シャーク』のボスだと知っててそんな口を聞いているのか?」
自信あり気なボス。
悪いが、青級だとかシャークだとか言われてもピンとこないどころか、むしろ青と鮫で丁度いいなくらいにしか思えない。青級ってどのくらいのランクなんだ?
「全く聞いたことがない。悪いな」
これ以上の話し合いも無駄だと思い、その鳩尾に暗器を握った拳を叩き込んだ。手加減はしたつもりだが、ボスは呻き声すらあげずに倒れた。
「さて、アメリアの方も終わったかなぁ」
そこら辺に生えていた蔓系の植物でボスをぐるぐる巻きに拘束して担いだ。いくら未遂でも、アメリアを攫おうとしたやつに俺の中での人権は存在しない。上を見上げると、俺が意識を落とした女の子の方の意識も戻ったようだ。母親のエルフが泣きながら娘を抱きしめている。
一件落着かな。
親子の幸せそうな光景に目をそらしつつ、深く息を吸いこんだ。
だが、俺は知らなかった。
これがまだほんの始まりに過ぎなかったことを。




