第48話 〜溺愛〜
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いつまでも広場にいる訳にもいかず、俺達はエルフの城……と言うか、神聖樹の側に作られた建物らしきものに入った。建物というより、縦にも横にも成長した木をいい具合に使って住んでいるというか、木が複雑に絡みあって城のようになっていると言うか、とにかく形容し難い。
雨が降ったら大変そうだが、代々王にはエルフ族領の天候を操る術が受け継がれているとか。是非ともその術を教えて欲しいものだ。俺は雨でじとじとするのが一番嫌いなんだよな。
「さて、ひとまず君たちは不法侵入者と言うわけなのだが、何か言い訳はあるかね?」
長テーブルの上座で指を組み、こちらを見る王とその隣でこちらを睨みつけるキリカ。
「それより、俺はそこの妹さんがそっちにいることが一番の疑問なんだが?」
自分の父親であろうと、王を操って姉を追い出したのだ。反逆とまではいかないが、それなりの罰は与えられるべきだろう。俺がそう言うと、王はすっと目を細めて微笑んだ。
「キリカにはもう既に罰を与えた。それに、我が部下達は長らく戦がなかったせいか、大分腑抜けてしまっていた。今回のことは良い反省となるだろう。魅了も明日で解けるから問題はない」
随分と、甘い。曲がりなりにも統治者だろうに。
俺がなおも反論しようとすると、今度は思わぬ方向から待ったが掛かる。
「アキラ、もういいから」
「アメリア」
俺の腕をつかみ、静かに首を振るアメリア。
「いつもの事だから。私は忌み子。もとより親から愛されるはずもない」
「何?」
知らずのうちに声が固くなるのがわかった。
キリカは醜い顔でニタリと笑い、王は無表情だ。アメリアは俯きながら語りだした。
「私とキリカは双子。双子はこの世界では良くないものと言われている。必ず双子の片方、もしくは両方が災厄を持って生まれるから」
自分から望んでそう生まれた訳では無いのに散々な言い伝えだな。俺は無言で眉を釣り上げた。
「大体は髪や瞳が両親とは全く違う色で生まれてくる。見ての通り、キリカはお父様似の金髪碧眼。だけど、私は白髪赤眼。お母様とも似ても似つかない色。本来なら、生まれた瞬間に殺されていたはずの私を生かしてくれたのはお父様。忌み子である私を、他のエルフ達がなんと言おうと生かしていてくれている。だから、感謝してる」
王は無表情のままアメリアを見ている。その瞳には、何の色も浮かんでいなかった。王としての仮面は分厚いな。
もしアメリアが忌み子で、本当に災厄をもたらすとしても、父親として子供を生かしたいと思うのは普通ではないだろうか。それに俺が見る限り、王はちゃんとアメリアの事も愛しているように見えた。と言うより、溺愛しているように見える。
もし本当に愛していなかったら、アメリアが帰ってきたと聞いて飛び出してくるだろうか。キリカがアメリアを殺しかけた時、怒るだろうか。謝るだろうか。
俺には、アメリアの思考が理解出来ない。俺が馬鹿だからとかじゃなくて、きっと生き方も考え方も違うからだろう。というか、アメリアは悪い事ばかりを覚えすぎているのだ。
「なあアメリア。俺の嫌いな性格って知ってるよな?」
なんの脈絡もなく俺がそう言うと、アメリアは戸惑いながらも頷いた。いつか、迷宮で俺はアメリアに言った。
「“完璧な人”が嫌いだったと思う。けれど、それがどうしたの?」
俺はキリカと王に視線を移した。
「お前はあいつの事を完璧だって言うけど、俺にはそうは見えない。むしろ、欠陥だらけだろ」
「な、なんですって!?」
キリカがヒステリックな声をあげる。ほらな、欠陥だらけだよな、性格が。
「それに、お前は親から愛されてないって言っていたけど、逆に親バカというか、お前のこと大好きなように見える。だから、俺にはお前がなんで親から嫌われているって言う考えに至るのかが分からない」
「口がすぎるようだな」
今まで静かに聞いていた王が額に青筋を浮かべてそう言った。おお、怖い怖い。
「どんな事情があるかは知らないけど、とりあえず俺はそう思った。妹への評価を見る限り、お前の目が正しいと思えない俺からの言葉だが、これも信じられないか?」
俺が人質にとっていた──名前はもう忘れた──あの偉そうなエルフは、確かにアメリアに怯えていた。それはもう、殺らなければ殺られるとでも言いたいようなくらい。他のエルフ達もそうだ。本気で殺気を飛ばしていた。
あの感情全てを『魅了』で操っていたというのなら大した女だと思ったが、“災厄を持って生まれる”という言い伝えがあるのなら、エルフ族たちの中に元々あったアメリアへの恐怖を増幅させたのだろうか。
「でも、キリカは魅了で私を追い出して、皆に裏切られて……。どうして?」
俺の言葉に目を見開いてアメリアが呟く。
「……あーあ、もう。全部台無しよ」
突然、長テーブルの反対側にいたキリカが片手で髪をかきあげた。その顔からは、先程まで浮かんでいた性格の悪そうな表情が消えている。髪と瞳の色こそ違うが、双子なだけあって外見は本当にアメリアとそっくりだ。
アカデミー賞女優も真っ青な見事な変化に、アメリアは一人戸惑っている。王もまた、ため息をついて姿勢を崩した。先程までの完璧な王の雰囲気では考えられない姿勢だ。そんな父親を初めて見たのか、アメリアは絶句した。
「流石は私の娘が連れてきた男だ」
「お父様、流石に性格が悪いですわよ」
「それをキリカが言うか」
「私のは完璧に演技ですもの」
突然張り詰めていた空気が萎み、だらけだした。流石の俺も何が何だか分からない。
「ど、どうなって、なんで?」
「ほらお父様、お姉様がおどおどしていらっしゃいますよ」
王は組んだ指の上に顎を載せて、優しく微笑んだ。
「大丈夫、きちんと説明しよう。さすがにそろそろと思っていたのだ。キリカの仕業で時期がずれたが」
「それにつきましては申し訳ありません。ですが、あれは私ではなくリアムが暴走した結果ですわ」
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