第313話 ~対話~
改めて、何度も言うが俺はモルガナイトが苦手である。
大使としての仕事中はともかく、普段の語尾を伸ばし媚びるような口調はシャッキリ喋れないのかと思うし、目の前でアメリアにベタベタと引っ付くのは目に毒だし、そして何より俺より身長が高い上にそれを理由に馬鹿にしてくるのが気に入らない。元の世界基準とはいえ俺は一応平均身長なんだが?
その上こちらを敵視し、アメリアに気付かれないほど絶妙にアメリアとの会話を妨害してくるのも本当にやめてほしい。
おそらく今までの俺なら、『気配隠蔽』でも使ってモルガナイトとの関わりを断ち、アメリア共々避けるだけだっただろう。レイティス城で元の世界から一緒に来たクラスメイトと関係を断ったように。親友だった京介にすら話かけなかったように。そしてレイティス城を一人で出たように。
ただ、今は佐藤の前例がある。
この世界に来るまで、正確にはモルテでの行動を見るまで、佐藤を勇者やリーダーとして認めていなかったように思う。正直、後先考えずに目先の情報にだけ囚われて突っ走るあいつらを馬鹿にしていた。
今でもあいつのたまに出るへっぽこな部分や、優先順位を無視した行き過ぎた善性はかなり鬱陶しいと思うが、それでも俺たち召喚者全員のリーダーであり、“魔王を倒す勇者”として選ばれるのなら佐藤だと、佐藤以外にいないと、今なら思う。鳥肌が立つので本人には絶ッッ対に言わないが。
その件から俺は、自分の保身を優先し、関わりを断って逃げるばかりでは見えない部分があるのだと知った。なまじ元の世界のときから影が薄いという特性を持っていたために、ほとんど癖になっているが。
それに、人の心は見えないのだから、俺の被害妄想でただの誤解だという可能性も否めない。
何より、俺への敵意の原因が今でもよく分からない佐藤とは違って、モルガナイトが俺を敵視する要因については見当がついている。
敬愛し溺愛しているアメリアのそばにいること、そしてそのアメリアが助けを求めていたとき、自分がそばにいることができず、助けたのが俺だということ。考えられるのはこの二点だろう。
だから、俺はモルガナイトと話をすることにした。かつての俺を思えば、それは大きな進歩だ。
「……それで、そんなもののために私とアメリア様の楽しい楽しいキャッキャウフフ幸せ入浴時間の邪魔をしたってわけぇ?」
「悪い。…………いやこれ俺が悪いのか?」
コツコツと机を爪で叩き、ひどく苛立った様子のモルガナイトを前に少し怯んだ俺は、素直に頭を下げた。が、元々お前が余計な手間をかけさせたんだが、と釈然としない思いを抱えて首を傾げる。
アメリアが入浴する時間を狙って声をかければ、どうやらアメリアと一緒に風呂に入るつもりだったモルガナイトが俺との対話を断り、それを見ていたアメリアに宥められたという経緯を経て今があるので、無理もないのかもしれないが。
「なに?」
「なんでもない。ところで、聞きたいことがあるんだが」
「ハァ、今行ったところでアメリア様のお背中を流すこともできなさそうですしぃ、別に答えてあげてもいいですけれど?」
「は?」
「はぁ?」
どこまでも上から目線で態度の悪いモルガナイトに思わず反射で突っかかりそうになる自分を律しつつ、俺は首の後ろを掻く。
流石に今の最高潮に機嫌の悪いモルガナイトへ、単刀直入に“なぜ俺のことが嫌いなのか”なんて聞く気にはなれないな。ぼろくそに言われることが目に見えている。
「あー……と、そうだ。“胡蝶花の会”が月見家の下から抜け出し、ヴェンデス国が関与しているというのはどういうことだ?」
「どういうこと、とは?」
「強いものへ降伏し、その傘下に入ることが“胡蝶花の会”目的なのだとしたら、大和の国と比べても小国のヴェンデス国より御三家の一角とはいえ商家で国の内外に繋がりがある月見家に迎合していた方が、レイティス国への降伏が成ると思うんだが。ちょうど戦争もしていることだし」
俺の言葉にモルガナイトはすっと目を細める。決して口元は笑っていないのに、なぜか嘲笑されているような心地になった。
「ふうん、その程度の矛盾を感じ取れる程度には頭はよろしいようで」
「……なんでそう毎回突っかかってくるんだ」
「ま、いいでしょう。襲撃の時点ではほとんど“胡蝶花の会”について何も知らなかったので言いませんでしたが、今なら答えて差し上げます」
「……なんでそう毎回上から目線なんだ」
「物理的に上だからですが?」
「お前な……」
いちいち言葉に棘を隠さないと会話もできないのかと、思わずため息を吐く。
モルガナイトは一拍置いたあと、うっそりと嗤ってぞっとするくらい妖艶に唇をなぞった。同じエルフ族でもアメリアやキリカは一生しなさそうな表情だ。
「彼らはね、本当に本気で無抵抗による降伏が正しい、かくあるべきだと思っているのよぉ? 笑っちゃうでしょお? そしてそれに誰もが賛同しついてくるべきだと主張している。自分たちこそ正義で、自分たちこそが正しいって。だからね、ヴェンデス国にも同じことを求めているの。国という威を借りているだけなのに、国を率いているつもりでいるのよ。ただのお遊戯会のくせに」
「傭兵たちが独立してできた国をか? それはまた……」
この世界に召喚された当初の勇者並みに脳内お花畑な思考回路だな。少しだけ笑えた。いや、大の大人がそんなことを真剣に考え、主張しているのは全然笑えないが。
モルガナイトは続ける。
「降伏したあと、お優しい四代目勇者様のように丸々庇護し、傘下に入れるような度量がレイティス国側にあるとも分からないのに。あの組織の中に、最悪レイティス国以外の民及びその全土がレイティス国の奴隷になると分かっている子は一体どれほどいるのでしょうねぇ~? 選民という言葉を知らないのかしらぁ」
「戦争が野蛮だということは否定しないが。……本当に怖いのは、悪人と自覚している者ではなく無自覚の善人である、か」
時に善人は、その正義感から思いもよらない行動に出ることがある。
戦争なんてその最もたるものだろう。互いに正義だと思っていないと、人を殺すなんてストレスに耐えられるとも思えない。殺さないでいられるのなら、それに越したことはないのだから。
まあ、俺も戦争を経験したわけではないが。
「ま、ヴェンデス国には逆に乗っ取られつつあるようだけれど」
「は? いや、そりゃそうなるか」
続くモルガナイトの言葉に思わず声が漏れた。だが少し考えてかぶりを振る。
「今日の襲撃、どうやら“胡蝶花の会”の中でも古参や実力者をメインに結成されていたようで。まあエルフ族の頂点であるハイエルフであり、銀ランク冒険者でもある麗しのアメリア様を襲撃するのであれば、無力な木花のお姫様を狙うより層を厚くするのは当然のこと。それが口封じの名目で殺されごっそりと抜け、その無駄に長い歴史上初となるほど無能な烏合の衆と成り果てていますから、乗っ取るなら今でしょうねぇ。私でもそうするわぁ」
「ヴェンデス国が“胡蝶花の会”を乗っ取り、か。よくこの短時間で調べがついたな」
「むしろあなたの行動が遅いのでは? あの黒猫に周囲を探らせるのがあなたの常套手段だったというのに」
信用できない言動をしてその手を使わせなかった女がよく言う。
アメリアの近くにそんな人間がいれば、夜をアメリアから離すという選択肢を取れない。そしてアメリアと夜から離れ、俺だけで動くのはブルート迷宮氾濫時に失敗しているからどうも思考から排除してしまう。
それにしても、俺のことも当然のように調べがついているわけか。夜のことも、とっくに知っていたのだろう。ただの猫に擬態させていたが、無用だったな。
とはいえ、モルガナイト以上に大和の国に手の内を晒したくないので、猫のふりは続行だが。
モルガナイトは一瞬視線を部屋の戸口へ向けた。
「で、私に何か尋ねたいことがあったのでは? あと少しでアメリア様がお戻りになられますけど」
「そうだな」
元々の用件はそうだった。
アメリアの気配がおそらく風呂場から脱衣所へ移動したのを感知しつつ、俺は一つ大きく息を吸ってからモルガナイトに問いかける。
「なんでお前はそんなに俺のことを目の仇にする?」
「へぇ? 真正面から尋ねに来るとは。てっきり滞在中ずっと逃げて終わりだと思っていましたのに」
「逃げ続けるのも性に合わなくてな。俺は喧嘩は買う主義だ」
「勝てないようなものと、面倒なもの以外は、でしょお?」
馬鹿にしたようにモルガナイトが笑う。
確かに、そうかもしれない。いやでも、余裕で勝てる相手から逃げるのはむしろおかしいだろ。それに俺のは戦略的撤退だ。
「正直に問いかけてきたことに免じ、これも答えて差し上げましょうか」
「……」
今回ばかりは文句を言いそうになった口をグッと閉じる。
「どうせ、あなたがアメリア様の近くにいることが気に入らなくてだとか、アメリア様の窮地に駆け付けるのが私ではなくあなただったからだとか考えているのでしょうけど、まったくもって大外れぇ~」
べぇーっとモルガナイトは下品に舌を出す。
「私があなたのことが気に入らないのは、そんなちゃちなことではありません。ま、もちろんそれも理由の一つではあるけど、もっと大きな理由があるわぁ」
「もっと大きな理由?」
首を傾げる俺に、モルガナイトは舌打ちをした。
おい、ガラ悪いな。
だが、続いた言葉に、俺は瞠目する。
「だってあなたはアメリア様を置いて元の世界に帰るのでしょう? あの方からの心をもらうだけもらっておいて、ぬか喜びさせるだけさせて。本当にそれ、やめてくれるぅ?」
それまで無心だったモルガナイトの目に、初めて怒りの色が浮かんだ。
「結果的にこちらの世界を選んだって、寿命がはるかに違う。人族ではなく人間だろうと、私たちエルフ族とあなたは別の種族。ただ奇跡的に同じ言葉を話し、奇跡的に同じ世界にいるだけ。本来ならば交わるべきじゃなかったのよ。それを本当に理解している? 元の世界に帰るか先に死ぬかは知らないけれど、どちらにしてもあなたはアメリア様を置いて行ってしまう。その覚悟があるのか。覚悟があったとして、あの方を悲しませるだけ悲しませて、それでおしまい? ふざけるんじゃないわよ」
徐々に嘲笑以外の、怒りの感情が籠った声音でモルガナイトは言う。
「ずぅっと、目を背けてきたものねぇ。アメリア様を傷つけないためじゃなく、自分自身を傷つけないために。家族とアメリア様、元の世界とこちらの世界。どちらの世界も選べないから」
モルガナイトの言葉が、俺に深く突き刺さった。
「そんな選べない人間が、一つを選んだ人間の始めた戦争を止めるなんて、片腹痛いにもほどがある。それに、アメリア様を愚弄するのも大概にしておけよ、人間の小僧」
「……」
怒りで瞳孔の開いた目から俺はそっと視線を逸らした。
確かに、モルガナイトの言う通りだ。
俺はアメリアと家族を選べない。そして、そのどちらも選ぶと心の底から思えるほど子どもではなく、世界が見えていないわけではない。
もちろん、今まで言ってきたどちらも選ぶという決意が本心じゃなかったわけではない。でも、それはどちらかというと自分に言い聞かせているに近かった。そう、モルガナイトから突きつけられた今なら分かる。
アメリアを選んだとして、最終的に待っているのは死別だ。でも、家族だけを選ぶにはこの世界で大切なものができすぎた。アメリアだけじゃない。夜とも、俺は離れたくない。それに、リアやノア、アマリリス、ソノラたち、そしてラティスネイルが困っているなら、力を貸してやりたいとも思う。
今はまだ、どちらの世界も選べない。
黙り込む俺に、モルガナイトはため息を吐いた。
「というか、それらの情報なしにアメリア様とも関わりがなかったとしても、そもそもあなたという人間が気に入らないのですよね。端的に言えば、今すぐに丸腰で迷宮最下層レベルの魔物の前に放り出したい気分って感じで」
「普通なら死ぬな、それ。所謂、生理的に無理ってやつか」
丸腰でも俺には『影魔法』があるから、魔法無効化のスキルを持つ魔物以外なら何とかなりそうだが、それをこいつが見逃すとも思えない。おそらく本当に放り出されるとしたら、魔法無効化スキルを持つ魔物の前だろう。
自分の手で殺したいほど興味や関心はないが、視界に入るのは嫌だから自分とは関係ないものの手で死んでくれれば御の字、といったところだろうか。アメリアとも関係なくそれということは、本気で俺のことが無理らしい。
「……ですが、確かにこれまではやりすぎたかもしれません。謝りませんけども。アメリア様の近くにいるケダモノということでつい言葉にも拳にも力が入ってしまいましたし、さすがに異世界にいた頃は無理ですが、この世界に来てからのあなたのことは何でも調べましたし。まあ、護衛の一人と思えば許容できなくもない、かも……」
「嫌々じゃねーか。それに、まるで俺の心を読んだような言い方だったな。ダリオン・シンクのような『サトリ』でも持ってんのか?」
「その目で視ればぁ?」
今度はいたずらっ子のようにべぇっと舌を出したモルガナイトは、立ち上がって風呂上りでホカホカしたアメリアを出迎えた。
なんにせよ、モルガナイトの情報収集能力だけは信用できそうだ。別に仲良しこよしがしたくて対話を望んだわけでもないし、ここらが落としどころなのだろう。
その後、目に見える形ではないが、モルガナイトから俺に対する感情から少し角が取れたように思う。たぶん。
「だから、チビはその小ささと素早さを生かしてアメリア様のお側じゃなく近くの小道でも先に見ておきなさいと言ったの、聞こえませんでしたぁ? お耳も小さいのぉ?」
「お前こそ、アメリアにベタベタとくっつくのをやめろ。その無駄にでかい図体を生かして遠くでも見てろよ」
「ああ、あなたには見えないものねぇ」
「別に見ようとしなくても感じ取れるからなぁ?」
『……アメリア嬢、昨夜は二人の関係を改善することを狙ってあえて二人きりにしたのではなかったか? これでは昨日と同じ不仲のままだと思うのだが』
「そう? 仲良くなったと思うけど」
昨日のように、聞こえない程度の声音でぎゃいぎゃいと言い争う二人の後ろをまったりとついて歩きながら、アメリアは言った。
と、その二人が同時に一か所を凝視する。
一瞬にして一人はその男を拘束し、一人はその体をまさぐった。
「おいお前、アメリアに今何をしようとした?」
「あらあら、これは何かしらぁ? カメラ? 本当に? あら大変、これを投げたら立派な凶器になるのだけれど、これをアメリア様に向けたという意味、分かっていて?」
「まだなにもしていない! 俺はただ美しいものを撮ろうとしただけで、投げようだなんてこれっぽっちも……!」
「でもしようとしていたんでしょう? 撮るか投げるか」
「それは大変だ。なんせ、アメリアは昨日暗殺未遂にあったばかりだからな。俺たちではどちらか判断できない」
「すこぉし、お話を聞かせてくれるわよねぇ?」
「……う、うぅ、分かったよ」
おそらくただアメリアを盗撮しようとしていただけなのだろうが、二人に挟まれた男は力なく項垂れた。
それを見て、アメリアを撮ろうとカメラのような機械を手に持った市民たちは一斉にそれを背後に隠す。
「ね? 息ぴったり。二人は絶対息が合うと思ってたの」
『……アメリア嬢は、世が世なら魔性の女と呼ばれていたのかもしれんな』
にっこりと笑うアメリアに、夜はその肩でそっとため息を吐いた。
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「一体どういうことだ! 我らにかけられたのはただの『口縛りの術』ではなかったのか!!」
「貴様、まさか裏切ったのではあるまいな!?」
「我ら“胡蝶花の会”は殺人を許容せぬ! 即刻この者を牢へぶち込んでおけ!」
「お、お待ちください!! わ、私にも何がなにやら分からないのです! 確かに長達におかけした魔法は『口縛り』でした!」
「ではいかにして彼らは凍りつき砕けた!? あれは貴様の得意魔法ではないか!!」
「違うのです! 違うのです!」
「ええい! 埒が明かぬ! 今ここで、この者を除籍といたす! 拷問の後、螺鈿湖に投げ捨てろ!」
「そんなっ! 殺人を許容せぬのではなかったのですか!?」
「殺人者にそんな道理が通るとでも? なに、泳ぐことができたのなら貴様は死なん。これは殺人ではなく投棄だ。まあ、拷問されたあとそんな体力が残っていればの話だが」
「運が良ければお優しい民どもが助けてくれるかもな」
「さて、夜に漁に出ている者がいますかねぇ?」
「さあ?」
「お、お許しください! 本当に何も知らないのです! 本当です! はなしてください! 私の話を聞いてください! お願いします! 話を聞いて!!」
アメリア・ローズクォーツを襲撃した者たちへ口封じの魔法をかけた術者が引きずられていき、助けを請う言葉が徐々に小さくなっていく。
そんな喧噪の裏で、ひっそりと嗤う者がいた。
「……はい。あなた様の思い通りにことが進みました。……ええ。これより“胡蝶花の会”の掌握に移ります」
その目は赤く染まっていた。
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「はい。もちろん。アメリア・ローズクォーツおよび織田晶の両名にわたくしの正体について露見していませんわぁ。……ええ。かしこまりました。すべては偉大なるあなた様の思い通りに」
薄っすらと赤に染まっていた瞳が元の色を取り戻す。
モルガナイトは、月見家の中庭で月を見上げ、微笑んだ。
「まったく、人使いが荒いのですから……。ま、私としても利のあることですし。うふふふ」
その紅色の唇は、怪しげに弧を描いていた。




