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第305話 ~必要な犠牲~ 朝比奈京介目線




 その日の夜、俺たちはタカネ村の住民の家で一泊し、明日にはもう一つの砦近くにある村へ出発する予定だった。加えて、次へ向かう道中は馬車が出ない。俺たち三人だけの旅路だ。出発も早い時間を計画していたから、本来ならすでに休んでいるはずだった。

 だが細山が重傷者のそばから離れようとしなかったために、俺と和木も治癒魔法が展開され続けている平屋近くで野営をすることにした。治癒師は数が少ないうえに真っ先に狙われるのだから、護衛は必須だ。



「元はと言えば僕のせいで、すみません。よろしければこれを」



 申し訳なさそうにラークが俺たちに籠にどっさりと積んだドライフルーツを差し出してくる。桃と杏だろうか。



「これは?」


「あの平屋にいる兵のご家族たちからのご厚意です。どうか持って行ってほしいと。ここらでは果実が良く採れるので、こうして乾燥させて保存食にしたり、お酒にしたりしているんです。それらで他の村と交易もしております。ですが今は接待もできず、こんなものしか出せなくて、申し訳ございません」


「戦時中だから仕方ないっすよ。そもそも、接待されるために来たわけじゃないんで!」


「そう言っていただけると助かります。一応、微量ですが生命力や魔力を回復させる効能もあるので、ホソヤマ様にも渡していただけると」


「ああ。承知した」



 パチパチと火が爆ぜる音が鳴る。

 ドライフルーツって火であぶっても美味しいだろうか。というか、生命力と魔力といった基礎能力が回復するということは、俺たちが知っている桃や杏とは違うのだろうか。この世界は俺たちの世界と同じ所が多いが、同じくらい違っている部分も多いから違いを見つけると面白い。

 俺たちに渡して立ち去るかと思ったラークだが、そのまま俺たちの隣に座り火を囲った。

 ぼんやりと火を眺める。



「……ホソヤマ様は、お強い方ですね。まさか女性でカンゾウ様に真っ向から言い返す方がいるとは思いませんでした。しかもまだお若い」


「いやいや、細山はただ頑固なだけだから。あのおっさんに何言われようが、重傷者がいるって分かれば何があってもすぐに飛びついてたね。あいつ、俺らが何言ったところで止まんねえよ」


「そうだな。顔に似合わず猪突猛進の気がある。あと味覚が合わない」


「それな~」



 ラークの言葉に、俺と和木は“死の森”での出来事を思い出して笑った。毒があるかもしれない実を食べるのも、俺たち戦闘職が太刀打ちできなかった魔物に身を投げ出すのも、猪突猛進と言わずしてなんというのか。

 それに、作る料理が尽く辛いのはどうなんだ。俺もそう料理が上手い方ではないし、作ってもらっておいてなんだが、辛いもののレパートリーが多くなければ早々に全員で結託して料理番から追放していた。



「そ、そうなのですか。剛毅な方なのですね。……もしよろしければ、お三方のご関係をお聞きしてもよろしいですか?」


「んー、俺らがこの世界に召喚されて来た異世界人ってのは知ってる?」


「ええ、たしかレイティス国で二十八人も召喚されたとか」


「そー。元の世界では俺ら同じ学校……あー、学び舎? 寺子屋? でお勉強してた同級生なんだよな。つまり二十八人全員同い年」


「え、そ、そうなんですか!?」



 目を見開くラークに、和木がケラケラと笑う。

 いったい誰が年上に見えて誰が年下に見えたのか聞きたいところだが、意地が悪いだろうか。

 和木は続ける。



「んで、俺らの世界のというか、俺らの国ではずーっと、戦争がなかった平和なところだったからさ、技術も進歩して、魔法がなくったって人はそう簡単に死なないし、娯楽もいっぱいあった。俺たちはただ、社会に敷かれたレールを進んでればよかった。毎日毎日同じようなサイクルで日常が回ってて、ただ年だけ取っていく。正直ちょっと退屈だったんだよな。でもその中でも部活だったり、友達関係だったり、家族のことだったり、苦労するけどだからこそ楽しいこともあってさ……。今思えば幸せだったよ。でも、幸せだって気づけたのはこっちに来て平和のありがたみを知ってからだった」


「和木……」

 


 目を細めて火を眺めていた和木がぐりっと膝に顔をうずめた。



「あー、帰りてぇ。帰りてぇなあ。母ちゃんとばあちゃんの飯、もっとちゃんと味わって食ってりゃよかった。父ちゃんとじいちゃんと、もっと遊びに行けばよかった」


「ワキ様……」



 和木の言葉に俺は眉を寄せた。

 俺もそうだ。日に日に、そして故郷と同じような大和の国にいるからこそ、帰りたいと思う。だって、どれだけ似てようと、ここには俺たちの家族はいない。



 と、そのときだった。

 村の奥にある家が有り得ないほど一瞬で火に包まれ、さらに燃え広がろうと近隣の家へ腕を伸ばす。あの速度は確実に魔法によるものだ。



「村長の家が!!」



 ラークがそう叫んで駆け出す。



「ラーク!」


「待て朝比奈! お前は細山の護衛だろ! 戦えるのお前だけなんだぞ! 偵察なら俺らが行くから!」


「だがっ!」


「サル! ネコ! 視覚共有!」



 俺が止める間もなく和木が調教した猿と猫がどこからか現れて飛び出していく。

 調教師として和木が最初に手懐けた二匹に和木は名前を付けることができず、結局そのまま呼ぶようになったんだったか。



「あいつらは長い時間俺と一緒に過ごしてたから、もう普通の動物じゃなくて魔物みたいなもんなんだよな。あのくらいの火、翼竜の火に比べたらなんてことないって。それよりお前は細山を頼む。俺は二匹と視覚共有で情報集めるから」


「分かった!」



 俺は焚火を消しながら言う和木に頷き、細山がいる平屋に入った。

 魔法が展開されている間は入るなと言われていたが、緊急事態ではやむを得まい。



「朝比奈くん!?」


「細山、魔法による火事で村長の家が焼かれた。レイティス兵の仕業かもしれない」


「でも、私がここから離れるわけには……んぅ!?」



 既に細山の顔色は土気色だった。魔力ギリギリで、無理をして治癒魔法を展開しているのだ。やはり無理をするなと言った俺の言葉は聞き入れてもらえなかったか。このイノシシ女め。

 俺はラークにもらった干し桃を細山の口に押し込む。ラティスネイルと晶によると、こちらの世界の人間は魔力を失うと生命力を魔力に還元して使用することができるそうだが、全員が全員そうなるわけでもないらしい。つまり、今ここで魔力不足で細山が死ぬ可能性だってあるわけだ。そんなこと、許すわけにはいかない。



「敵襲!! 敵襲ぅぅぅ!!! レイティス兵が攻めてきたぞ! みんな逃げろ!! サル、ネコ、もういいから戻れ!!」



 平屋の外に出なくても和木の怒鳴り声が聞こえた。

 俺と細山は目を合わせる。



「負傷者はどの程度動かせる?」


「まだ無理よ! 広域の治癒魔法は範囲内の全員に効く代わりに時間がかかる! あと二時間あれば全員回復していたのに!」



 俺は細山の言葉に目を見開いて見渡した。

 ここにいる兵は例外なく全員重傷だった。手足が欠けているもの、精神が傷ついているもの。どれも致命傷こそ負っていないものの、この先普通に生きることも戦闘をすることも不可能だった兵たち。

 だが、今は徐々にだが手足が生え、目の焦点が戻ってきている。平屋の奥にいた黒焦げだった人も、肌の色を取り戻しつつあった。きっと細山が言った二時間というのもいい加減な時間ではない。それでも、今は時間が惜しい。二時間持ちこたえるのも、全員助けるのも無理だ。



「なら選べ、今ここで! 救える命と救えない命を!」


「な、何を言って……」


「悪いが全員助けるのは無理だ。そして、これからお前が救う命のためにも、俺はお前を最優先する。だから、いますぐに救える命をお前の手で選べ。できないのなら俺はお前一人だけを助ける」


「っ」



 俺の言葉に細山は唇を噛んだ。

 この世界に来て戦闘職として研ぎ澄まされてきた察知能力が、既にレイティス国兵が村の三分の一に火を放ったと告げている。村の端の方にあるとはいえここに到達するのも時間の問題だろう。

 俺は動きを止めた細山に焦れてその腕を掴んだ。



「待って!」


「……若い、ものを」



 細山の静止と同時に、どこからか伸びてきた手が俺の足首を掴む。

 視線を下げると、右腕が肘のあたりまで生えつつある老兵が俺を見上げていた。

 俺たちが来るまでにどれだけの間ここにいたのかは知らないが、おそらく衰えたせいで震える腕で懸命に体を起こす。



「若いものを、優先してやってくれ。わしのような、年老いたものは、一兵でも敵を道連れにするために……」


「馬鹿な事言わないでください! 時間さえあれば全員、全員助けられるのにっ!」



 細山がその手を握って涙を流す。

 そんな細山を見て、老兵はほほ笑んだ。



「ははは、若いお嬢ちゃんがわしらの為に泣いてくれるなら、この人生、意味があったかもしれんな。そうだろ、みんな!」


「おお!」


「珍しくいいこと言うなぁ、クソジジイ!」


「そういうことはかみさんだけに言っとけ!」


「馬鹿言え! かみさんには一番言えるか!」



 半日前までは瀕死の兵しかいなかった平屋にハハハと笑い声が響く。

 死にに行く兵の言葉に、細山は狼狽えた。



「ダメ、ダメです。だって皆さん、もう少しで……」


「細山」


「いいから、若いもんを優先してやんな。敵はわしら老いたもんが相手するからよ。……あんたの腕なら、全員救えんだろ? だったら救ってみせろよ、聖女様」



 細山に手を握られた兵が、逆に細山の手を握ってニヤリと笑う。

 足が無事な老兵の中にはすでに立ち上がっているものもいた。



「おい、朝比奈! サルが荷馬車持ってきてくれた! 何人かなら乗せられるぞ!」



 平屋の外から響く和木の言葉に、俺は心を決める。彼らを切り捨てることを。

 近くにいる若い外見の兵を二人、両腕で抱き上げる。震えて両目から涙を流す抱き上げた兵とは裏腹に、老兵たちはそれを見て満足そうに笑っていた。



「朝比奈くん!」


「選べないなら、俺のせいにしていい。なあ細山、この若い兵、継続して治療を続けないと危ないんじゃないか?」


「何を……っ!?」



 まだ動けない兵を肩の担ぎ、掴んだままだった細山の腕を引っ張って平屋から出た。もしかすると痣になっているかもしれないが、こいつが死ぬよりましだ。



「朝比奈! もう村の半分は火に包まれた! やつら、この村を焼き尽くすつもりだ!」


「ラークは!?」



 細山を荷台に投げ入れ、同じく担いだ兵たちも乱暴に投げる。

 俺が担いだのはおそらく骨や臓器を損傷している兵だ。目に見えない怪我の分、おそらく細山は治癒魔法をかけ続けるしかないだろう。

 俺の推測通り、兵を投げ入れた瞬間から間髪入れず、細山の広域治癒魔法が平屋のときよりも小規模だが荷台に展開された。



「ラークは、自分の親を助けようとして火の中にっ……」


「分かった。すまんが悲しんでる暇がない。平屋にいる若い兵を荷台に入れるのを手伝ってくれ。もし敵兵が来たら俺が出る」


「分かった!」



 五分もかからなかっただろうか。幸運にも敵は細山が平屋に展開していた治癒魔法に気付かなかったのか、先に反対側に行ったらしく、レイティス兵の一人も見ることはなかった。

 平屋にいた若い兵は全員荷台に運び込んだ。

 最後に、俺は彼らを振り返る。



「ありがとうございました!!」


「こっちこそ、ありがとな。人生最後の見せ場まで作ってもらってよ!」


「別に戦争に負けたっていいんだぜ。それでも生きろよな、俺らの分まで」


「とっとと行っちまえ! そんで、いつかちゃんとお家に帰るんだぜ!」



 兵たちの言葉に俺は目を見開く。

 焚火で和木が語った話を聞いていたらしい。


 俺は彼らに深々と頭を下げる。



「っ行くぞ!!」



 そして俺たちは振り返ることなく、炎に包まれたタカネ村を脱出した。

 老兵たちが一体何をしたのか、そして彼らがどうなったかも、俺には分からない。



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