第301話 ~もう一つの世界眼~
神成ツツミのCVが榊原良子さんで再生されるおまじないを置いておきますね~。
月見ハヅキが屋敷に訪れたその翌朝、彼女が言っていたように神成家の者が迎えに来た。
「早朝からお邪魔してしまい申し訳ございません、アメリア王女殿下、オダ様。先々代神成家当主、神成ツツミの命にてお迎えに参上いたしました」
玄関で迎えた俺とアメリアに深々と頭を下げたのは、絵に描いたような“執事”だった。白髪に少し髭を蓄えて燕尾服を着用している。セバスチャンって名前だったりしないだろうか。
「私神成ツツミ付きの執事、セバスチャンと申します。以後お見知りおきを」
マジでセバスチャンなのかよ。
「お迎えご苦労様。でも、少し早すぎないかしら」
「はっ。こちらの配慮不足で申し訳ございません。どうも年寄りばかりですと朝が早くなってしまいまして」
「健康でいいことね」
あくびをかみ殺してぼやくアメリアに、セバスチャンは胸に手を当てて深々と頭を下げた。
今朝の六時過ぎくらいだろうか。アメリアも俺も何もなければあと一時間くらいは寝ていたし、俺の願いで無事に佐藤たちが国境を越えられたか見届けに行ってくれていた夜は言わずもがな、いびきをかいて熟睡していたので部屋に置いてきてしまった。まあ念話もあるし大丈夫だろう。置いて行ったことは後から文句を言われるかもしれないが。
寝ぼけ眼にもかかわらず、セバスチャンの来訪にわずか数分で出る支度が整ったのは、一重にこれまでの旅のおかげだ。癖ってのはなかなか抜けないもんだな。
「よろしければ朝食のご用意もさせますが、いかがされますか?」
「お言葉に甘えようかしら。まあ今日は私の方がオマケなのだけど」
「ですがお越しになられるのでしょう? 神子様を再び城内へお迎えでき光栄の至りでございます。我が主ツツミや亡きスズお嬢様もさぞやお喜びになることでしょう」
「……そう」
セバスチャンのエスコートで小径を進みながら、アメリアとセバスチャンの会話をぼんやりと聞く。
そういや、会食の時にステータスを確認したが、今代当主の神成ミキは神子じゃなくて“巫女”って職業だったな。どう違うのか俺にはよくわからんが。ちなみに会談のときに見えた月見ヤヨイの職業は鑑定士、木花サクヤは剣豪だった。なんというか、意外性の欠片もない。
目の前のセバスチャンの職業は執事だった。名前といい、人に仕えるために生まれてきたようなもんだなこの人。
「おっと、気が利かず申し訳ございませんオダ様。オダ様の分のご用意はいかがされますか?」
「あー。せっかくだし、俺の分も頼む。ちなみにメニューは?」
「……本日の朝食のメインは鮭の西京焼きになります」
「うわ美味そ……」
先日の会食では今回は木花家の料理人が腕を振るったと木花サクヤが言っていた。つまり各家にお抱えの料理人がいて、会食時は持ち回りをしているのだろう。あのコース料理を作った人物と同等の人間が焼く西京焼きは絶対に美味しい。
まだ食べてもいないのに口の中に唾液が溢れた。そわそわする俺を見て、アメリアが微笑ましいというように口に手を当てたのを視界の隅でとらえる。和食断ち期間が長すぎたのだ。仕方がない。この国に来てから米ばかり食べているが、それでもまだ満足できないくらいなのだ。
日が昇り切っていない柔らかな日差しが葉に遮られ少し薄暗い小径を抜け、少し開けた場所に駐車してある馬車に乗り込む。
一応京介たちが来るかもと想定していたのか、馬車は広々四人乗りだった。だが生憎と体調が急激に悪化した兵が複数人いて細山が引っ張りだこらしく、そもそも京介たちはここ三日間ほど屋敷に帰ってきていない。疲れ切っているが京介も和木も細山も一応は無事だと夜が報告してくれた。京介たちについてはお願いしていなかったんだが、わざわざ寄り道して見に行ってくれたらしい。いまだに二人は犬猿の仲だが、和解の時は近いかもしれない。
「アメリア、手を」
「うん!」
馬車に乗り込むアメリアに手を差し出すと、アメリアは心底幸せそうに笑ってそっと俺の手をとった。
馬車に揺られること二時間と少し、御三家会食ぶりに城に入った。馬車は堀にかけられた橋を抜け、以前訪れた天守付近から少し離れた場所で停止する。
俺たちはそこから馬車を降り、セバスチャンの先導で本丸とは別棟の建物に入った。おそらくどこかの廊下で繋がっているのかもしれないが、そもそも俺は城の構造に詳しくないので分からない。戦時中のためか、どこかでバタバタと誰かが走っている音がしていた本丸御殿とは違い、こちらはしんと静まり返っていた。
「こちらは戦に出ている将たちの奥様やそのお子様方がお過ごしになられる場所、“祈り御殿”です。我が主である神成ツツミは御三家唯一の大奥様として彼女たちを統括する役についておられるのです」
歩きながらセバスチャンが説明してくれる。
祈りか。ならばこれほどまでに静寂なのも頷ける。戦場に出ている夫や兵たちの武運やその生存、そして戦の勝利を祈る場所なのだろう。別に祈りが無駄だとは思わないが。
「大奥様、アメリア王女殿下、そしてオダ様をお連れいたしました」
「……入りな」
祈り御殿の最奥にある部屋へセバスチャンが声をかけると、部屋の中から年を重ねた女性の重い声が応えた。
すっと戸が開かれた。セバスチャンに促されるまま、俺たちは入室する。
「ようこそ、織田晶。そしてアメリア王女。わざわざ来てもらってすまないね」
日当たりの良いその部屋の中で、その人は脇息にもたれかかりながら煙管を吹かせていた。おそらく神成ツツミだろうその女性は、見た感じ六十代くらいだろうか。色の薄くなった髪に皺の多い顔をしているが、その背筋はしっかりと伸び、孫にあたる神成ミキと同じ銀の瞳は研がれた刃のような光を帯びていた。
俺とアメリアは揃って息を呑む。その人の姿が意外だったのではない。癖のように確認したその人のステータスに、俺たちと同じものを認めたからである。呼び方についての違和感はそれで吹き飛んでしまった。
「セバスチャン、お前も含めて全員下がりな。それと一時間ほど人払いを」
煙管の灰をトントンと落としながら言った神成ツツミの言葉に、セバスチャンは眼を剥いた。
「は、し、しかし、アメリア様がいらっしゃるとはいえ危険では!?」
「黙って下がりな。私に二度も同じことを言わせる気かい?」
「……いえ、ただちに。出過ぎた真似をお許しください、我が主」
すっぱりと断ち切るかのような神成ツツミの言葉に、セバスチャンは憤懣やるかたなしといった表情を一瞬浮かべたものの、次の瞬間には切り替えて深々と頭を下げた。
パタンと戸が閉まり、セバスチャンの気配が遠のいたと同時に、屋根裏にあった複数の気配も消える。
「いいのか?」
「ハッ! 私のような棺桶に片足突っ込んでるようなババアに危害を加えて何になるってんだ。それに、今ここで私を害するような脳無しがその眼と神子の職業を得ていたら、この世界はすでに滅んでなくなってるよ。そんなことより、ボケっと突っ立ってないで、好きに座りな」
信頼ともとれるぶっきらぼうな神成ツツミの言葉に、俺とアメリアは顔を見合わせたあと、神成ツツミの前に並んで座った。
「知っての通り、俺は織田晶でこいつはアメリア。あんたが神成ツツミでいいか」
「見りゃあ分かるだろう。私と同じ眼を持つお前たちなら」
やはり、見間違いでも何でもない。
この人、神成ツツミは俺とアメリアと同じ、『世界眼』を持っている。
「悪いが、お前たちとは違って私に残された時間は短い。それに、これが神のご意思に沿うのかも、もう私には確かめるすべはないからね。手短にいかせてもらうよ」
それはきっとセバスチャンに命じた一時間という期限ではなく、命の方だろう。だがその後の言葉についてはよくわからなかった。
ピンと張りつめた空気に、俺はただ頷いた。
「私は先々代の神子だった。すべての神子がそうなのかは知らないが、神子の役目を娘のスズに移譲したあと、神によって新たな職業と共にこの眼を与えられたのさ。だからお前たちとは違って私の眼は後天的なものだ。ここまではいいね」
確かに、神成ツツミのステータスに表示された職業は神子ではなく“傍観者”だった。
ステータスで表示される職業とは本来、生まれつき与えられたもので死ぬまで変えることができないはずだ。でなければとっくにレイティス国は勇者だらけだし、そんな選択肢があるのなら俺だって召喚された時点で通行人Dくらいの職業に変えていただろう。
だがそんなイレギュラーも本題ではなく序章だそうだ。すでに色々と聞きたいことが多いが、堪えて神成ツツミの次の言葉を待った。
「で、単刀直入に問うが、お前たちはこの眼の真の力に気付いているか?」
トンっと魔力の込められた目の横を突いて問われた言葉に、俺とアメリアは顔を見合わせて首を傾げた。
「真の……」
「力?」
アメリアも良く分かっていないことを確認して、俺は頬を掻きながら神成ツツミに向き直る。
「あーいや、もちろん、他人のステータスを閲覧することができるだけじゃないってのは分かってる。……ただ俺は、」
「ああなんだ。怖いのか、この眼が」
視線を逸らした俺に神成ツツミはズバッと切り込んだ。
バッと顔を上げると、神成ツツミは俺を見ることなく、繊細な意匠が施された煙管をじっと見つめていた。
「いや、お前さんの気持ちも分かるよ。私がそうだったからな。……この眼はただ他人のステータス情報を引き出すだけじゃない。この世界の情報にアクセスできる眼だ。ただ、おそらくだがこの眼の真の力は持つ者によって変わる。同じ名前だというのに面倒なことだがね」
「世界の情報にアクセス……。持つ者によって変わる……」
突然与えられた情報で少々混乱しているが、それでもどこか納得した。他者のステータス以外で俺とアメリアの視ているものが違っているとは以前から感じていたことだ。今や初めて出会った時のアメリアの『世界眼』とスキルレベルが同等になったが、それでもあのときアメリアが言っていたように“俺の居場所がレイティス城にはない”と断言できるほどの情報は得られていない。セーブして使用しているからかとも思っていたのだが、そうでもないようだ。
そして、俺がこの眼を起動して最初に視た光景。神成ツツミの言葉通りなら、俺の『世界眼』の真の力はおそらく――。
「片鱗はあったんだろう? この力は、ただの人間の手には余るもんだ。何せ、“世界のすべてを視ることができる眼”なのだから」
「……あなたの言う通りだとするのなら、私には人の運命が視えるのだと思う。この国風に言うのなら、私には人の天命が視える。ただ、自分のは視えないみたい。視えていたら、あんなこと起こる前に止めてた」
今まで黙ったままだったアメリアが唐突にそう言った。
あんなこととは、つまりキリカの事件だろう。確かにアメリアの立場ならば、他の誰よりもキリカが記憶を封じられるきっかけになった迷宮氾濫を事前に食い止めることが可能だ。だが、そうはならなかった。できなかった。自分も関わっているために視えなかったからだ。もちろん、幼かったために力の真髄を理解できなかったというのもあるかもしれないが。
「ああ、妹御のことか。確かに、お前ならばあの過去は止めることができただろう。あの魔族なら一つ防いだところで次の手を使っただろうが」
さらりと告げられたすべてを知っていると言わんばかりの言葉に、アメリアは絶句する。
「ど、どうして? エルフ族の中でもあの件のすべてを知っているのは私とお父様とリアムくらいなのに」
「知っているとも。私の眼の力は“過去視”なのだから。この世界の未来と現在以外のすべては私の視野の範疇だ。もっとも、お前が言ったように私も私の過去を視ることはできないがね」
疲れ切ったというように神成ツツミは深くため息を吐いた。そして目を細めて俺を見やる。
「それで、お前は? 眼が恐ろしいと言っても、そう思う理由があるはずだろう」
「……過去視なら、視れば分かるだろ」
「私に視えるのは実際に起きたことだ。まだ起きてもいないことを視るお前の視界を知るわけないだろう?」
過去視と言いながら全て知っているかのような神成ツツミの言葉に俺はただ唇を噛む。
「俺は、たぶん未来を視ることができる」
「ほう?」
辛うじてそれだけを絞り出した俺に、アメリアはそっと背に手を当ててくれる。
その手が少しだけ俺に勇気をくれた。
「カンティネン迷宮で、黒いスライムに飲まれていたアメリアを救助したあと、目が覚めるまで暇だった俺は初めて『世界眼』を起動した。初めてだったから、加減もなにもなくて、眼から与えられた情報量に吐き気がしたくらい。……そのとき、少しだけだが視えた」
「なにが視えた?」
神成ツツミの問いに、口を開き、何も言わないまま閉じた。口に出してしまったら、俺が視たその光景が本当になってしまうような気がして。
あれを視た当初でも不快に思ったのだ。あいつらを仲間として見るようになった今はそれ以上に恐怖を感じるようになった。
「まあいい。詳しくは聞くまい。よほど口にしたくないものを視たのだろう。だが、それはまだ起きていない。そうだな?」
「ああ。直近の未来は視ていない」
「ふむ。そこは私の過去視と似通っているな。私も長らくこの眼を起動させ続けてきたが、波長の合ったときの波長の合った過去しか見ることができない。つい数時間前の光景が視えたと思えば、次に視えたのは百年前の光景なんてこともざらだった。同じ過去が繰り返し視えたこともある」
なるほど、テレビのチャンネルのようなものだろうか。その時間に放送している番組のみ見ることができる。収録された最新の放送もあれば、昔の再放送もあると。
「ここ最近繰り返し視ていたのは、薄暗い路地に横たわる夫の姿さ。最初は変わったところがなさすぎて同じ光景を繰り返し視ているのだとばかり思っていたがね」
俺は思わず目を見開いて神成ツツミを凝視した。
彼女の夫というと、魔族領モルテの貧民街で俺が手にかけた神成カガミだ。




