第297話 ~新たな拠点~
本編の話数としては297話ですが、全体の話数がなんと300話を超えました!
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「本当に! たいっへん! 申し訳ありませんでしたー!!」
月見家の家紋が描かれた馬車の中で、月見ハヅキが隣に座る月見ムツキの後頭部を掴んで一緒に頭を下げさせた。
広いとは言えない四人席の目の前が後頭部二つで埋まった俺と佐藤は、思わず顔を見合わせて苦笑する。
全力で月見ムツキの頭を叩いたあと、周囲をサッと見回した月見ハヅキは近くに待たせていた馬車に月見ムツキを押し込み、笑顔で俺たちも乗るように促してからの第一声がこれだ。
月見家という御三家の一角を担う大家が往来で、それも民の恩人とはいえどこの馬の骨とも知れない俺たちに頭を下げるわけにはいかないのだろうと察して余りある行動だった。当主の月見ヤヨイならば、もっと言葉を尽くして、俺たちに違和感を抱かせない程度にしたのだろうが、俺たちと同じ年齢くらいの妹の月見ハヅキに、当主代理として行動している間気を張り続けている彼女に、姉と同じことを求めるのは酷というものだろう。
「この人が言ったように俺は気配には気づいていたし、実際怪我もなく問題なかったのだからそれでいいんじゃないか?」
「と、実質被害者のこいつが言っているので、もうこれでいいのでは? 私たちとしても、大和の国とは対等にありたいと思っていますし。ね?」
「うう、ごめんね~。うちの義兄が……」
笑って小首を傾げた佐藤に月見ハヅキは涙目を浮かべて頭を上げた。
まあ、衰弱した国民をわざわざ連れ帰ってきてくれた国の恩人に、知らなかったとはいえ刃を向けたなんて醜聞もいいとこだからな。なんとかの会とかいう反戦組織がそれを知れば、きっとそこを突かれるだろう。
もちろんこんな些細なことを明るみにするつもりはないが、こちらが困窮すれば手札の一枚にはなるかもしれないと、月見ハヅキも分かっているのだろう。手札にならなくても、わずかでも月見家に恩を売れれば俺たちはそれでいい。
早いとこ同盟でも結べば、こんなこと考えなくてもいいんだろうけどな。
「申し遅れたが、私の名は月見ムツキ。月見家当主月見ヤヨイの夫で、月見ハヅキの義理の兄になる」
「……木花サクヤが会食のときに、俺を見た瞬間に月見ムツキなら斬りかかっていたかもしれないと言っていたが、状況はともかくそれは当たっていたようだな」
「弁解の余地もない」
揶揄うように俺が言うと、月見ムツキがそう言ってすんなり頷いた。
自身の罪を認めているというのに悪びれる様子はなく、その後頭部を再び月見ハヅキがスパンと叩く。なぜ叩かれたのか分からないのか、月見ムツキはハヅキを見て目をぱちくりと瞬かせた。
俺と佐藤も名乗り、ついでに尋ねる。
「俺が魔族に見えたか?」
「いや、魔族には見えなかった。実際に本物の魔族を見たことはないが、私が聞いた魔族とは、血も涙もない悪鬼羅刹のような者だ。だが貴殿は空を見上げ、それが美しいと感じていた。ならば貴殿は鬼ではないと思う。私が貴殿を襲ったのは先ほど言った通り、ハヅキ殿に危害を加えているように見えたからだ」
「……あんた、変わってるな」
「そうか?」
月見ムツキは、今まで出会ったことのないほどのマイペースさという意味でも、本当に変わっていた。それに、正直者だ。たぶん嘘をつけない人なのだろう。その点で言えば真偽の魔眼を持つ月見ヤヨイの配偶者としてこれ以上なく相応しい人だ。
「だがそうだな。もし罪悪感があるのなら、可能ならでいいんだが、どこかのタイミングで一度手合わせを願いたい。もちろん、前線で負った傷を癒してから」
俺は一度しか斬り合えなかった先ほどの襲撃を思いだして提案する。死合いならどちらかが死ぬまでだが、手合わせなら死ぬことはない。
だが月見ハヅキがなんの反応も示さなくても、月見ムツキは首を横に振った。月光のような銀の髪がしゃらしゃらとわずかに音を立てる。サラン団長が太陽のようなイケメンだとするならこの人は月のようなイケメンだな。サラン団長のようにムカつかないのはこの人が妻帯者だと分かっているからだろうか。そうでなくてもその性格で毒気が抜かれるが。
「……大変心躍る提案ではあるが、申し訳ない。我が刀は月見家の為にのみ振るわれるもの。であるからして、手合わせであってもおそらく貴殿の望む試し合いはできぬだろう」
「そういうものか?」
「ああ。親の顔も知らずどこの馬の骨とも知れぬ私を拾い、月見家という帰る場所と婿という立場をくれた妻のヤヨイや、“ムツキ”という名をくれた義妹ハヅキ殿のためにのみ、私は迷わず刀を振るえる」
「へえ、なるほどな」
つまりは戦場や月見家限定の護衛ならば活躍するというわけか。先ほど本気で斬りかかってきたのも俺が手を振っている様子が月見ハヅキに害をなす存在だと思ったから。……そう思うとあのとき佐藤に止められたのが惜しい気もするが、過ぎてしまったことは仕方がないか。
「あ、屋敷が見えてきたよ~!」
「え、もしかしてあれですか!?」
港の長屋を出て一時間ほど経った頃、月見ハヅキが窓の外を見て声を上げた。その視線を辿った佐藤が目を剥く。
左右と後ろに森を従えた、大きな屋敷がそこにあった。こちらの方が低いので奥行きがどれほどかは分からないが、今入ろうとしている門からその規模が分かるというものだ。というかそもそも、馬二頭が引いている四人乗り馬車がすんなり通れる門がある屋敷って、絶対に普通じゃないだろう。
「門でかくないですか!? 普通の屋敷どころではないのでは!?」
「あれ、お姉ちゃんに聞かなかった? あの屋敷は元は木花家の分家が住んでいた場所なの。その分家も最後のお姫様がレイティス国にお嫁に行っちゃったからあそこは無人になってちゃってね。木花本家は二の丸に入ってて使わないし」
「……それってもしかしてアマリリスの母親のことか?」
「そうそう! ウツギ様ね! ウツギ様がお嫁に行かれて屋敷内に残ってた使用人たちは本家に引き取られたから定期的な手入れ以外で人が入らなくてさ~。避暑地としてたまーに使ってたくらいじゃないかな?」
馬車は屋敷の門を抜け、入ってすぐの石畳の上で止まる。
「誰かが住んでないと屋敷って劣化しちゃうから、遠慮なくもらってくれていいよ。むしろ渡りに船ってわけ! 全方向にメリットしかない! これぞ商家の手腕ってもんよ、さっすがお姉ちゃん~」
俺たちも月見ハヅキに続いて馬車から降りる。
馬車内での会話で、少なくとも俺たちが月見ハヅキを害することはないと分かったのだろう。馬車に残った月見ムツキはこのまま馬車で月見家に戻り、城で月見ムツキとかわってアメリアと夜を乗せて戻ってくるらしい。
左右に木々が立ち並ぶ小径の先には、おそらく数十人規模で暮らすことのできるほど大きな屋敷が建っていた。
「でもこんな大きな屋敷、俺たちだけでは管理しきれないんじゃ……」
「もちろん、望むなら管理する人を寄こすよ? サクヤっちはきっと、勇者召喚者たちの拠点として使えって考えだろうし~。他の子を連れてきたら木花家が保護するって約束したんでしょ~? どっかに散らばってるより、ここに集まった方がいいんじゃない? ここは北東の方にあるからレイティス国ともヴェンデス国とも遠いし、国が侵略されるとしてもここは後の方になるだろうからね。二つとない物件だよ~」
「ああ、なるほど。そういうことなら納得です」
思っていたよりも大きな屋敷を前に慄いていた佐藤は頷き、月見ハヅキに続いて玄関をくぐった。俺もその後ろに続く。
「ひっろ……」
玄関土間からして規模が違う。雰囲気は校外学習で行った武家屋敷に似ているだろうか。というか木花家はこの国の治安維持を務めているので、まさしく武家屋敷だ。
俺には名前も用途も分からない、博物館にあるような調度品が実際に使用されているように自然に置かれていた。玄関の色合いと調和しているということは十中八九特注品だろう。どう使うのかは知らないが、分かったとしても普段使いしにくいにもほどがある。
ここに至るまで、クロウの伝手で高級ホテルと呼ばれるような部屋に宿泊したことはあるが、あれは洋室だったからあまりその価値が実感できなかったのだ。だからこの屋敷のように気おくれすることはなかった。
俺は思わず玄関で立ち尽くしたまま遠い目を浮かべた。
本当にここで体を休めることができるだろうか。住めば都とも言うが。
「ここいいですね。全員個室でも問題なく生活できるでしょう」
「でしょでしょ~! 木花家の侍女は住み込みだったからね~。あ、そうだ! 貸し出しじゃなくて譲渡ってことだけど、丁寧に使ってよね!」
「それはもちろん。元々使っていた木花家の方も雑に使っていれば不快に思うでしょうし。大切に使わせていただきます」
「よろしい~!」
俺が玄関で固まっている間に、佐藤と月見ハヅキは靴を脱いで屋敷に上がっており、粗方見て回ってきたらしい。元気だな。
俺とは対照的に佐藤はこの拠点候補に満足したようだ。おそらく、今の佐藤の思考は城に残してきた友人たちとまた生活ができることで占められているのだろう。
「んじゃ、そういうことで! 今日からお引越しで忙しいだろうし、三日後にまた来るね~」
「はい。案内ありがとうございました!」
「どういたしまして~」
しばらく二人で屋敷の感想を言い合っていたが、外からアメリアを乗せた馬車の音が聞こえると、そう言って月見ハヅキは屋敷から出て行った。
「どうした晶、あがらないのか? すごいぞここ! 忍者屋敷魔法活用バージョンだ!」
「……いや、今行く」
いまだに土間で立ち尽くす俺を見てニコニコと笑っている佐藤。こんなにはしゃいでいる佐藤は久しぶりに見たな。いや、元の世界でもあまり見なかったのではないだろうか。
御三家の会談や会食で矢面に立たせた自覚はあるので、大人しく着いて行く。
ところで“忍者屋敷魔法活用バージョン”ってどういう意味だ?
本日深夜1時30分よりアニメ第11話も放送です!
もう11話……!時間の流れが早いですね!
よろしくお願いします!




