第296話 ~対面~
会談及び会食のその後数日をかけて行われた調整や確認の末、俺たちが助けた三人の人族が奇跡的にも全員“大和の国”の民だということが判明した。
佐藤は会談の場でああ言っていたが、レイティス国やもう一つの国に、怪しまれながらそれでも頭を下げて頼み込む、なんてことをもう一度する必要がないのは嬉しい誤算だ。特にあのレイティス王に頭を下げる必要がなくなって本当に良かった。まあ主に交渉するのは佐藤だったろうけれど。
眠ったままの三人は港の上空に停めてある飛行艇から、御三家に指定された港近くの長屋に運び込まれている。
運んでいるときの港近くには到着時とは違って兵以外に住民たちも集まっており、俺たちを見ていた。おそらく中にはカガミと同じ船に乗船していた人たちの遺族もいたのだろう。本当に三人だけなのかと、運ぶ俺たちの周囲の安全のために護衛してくれている兵へと聞く人が、俺が見たかぎりでも四人はいた。
そして今日、御三家が言うところの“眠り人”たちとその家族が対面する。
「あ、ああああああ!!! あんた、あんた!」
「ん~、かか? あ、とと? ととだ! えへへ、ととおかえりなさい! ぼく、練習したの、おかえりなさいって! 練習したの! ねえとと、とと聞いて!」
寝たきりでもわかるほどに、痩せ細り憔悴した状態で帰ってきた旦那を見て泣き崩れる女性に、母親に抱きかかえられながらも眠り続ける父親に向かって笑って無邪気に手を伸ばす子ども。
きっといい父親だったのだろう。
「この馬鹿息子が!! カガミ様もお守りできず、その上ご当主様方のお手を煩わせるとは何事か!!」
「ああ、ああ! ああああ!」
涙目で息子を怒鳴りつける父親とその隣で息子に縋りつく母親。
きっと厳しくも愛を以て育てた両親にとって自慢できる息子だったんだろう。
「…………ごめん、なさい、っごめんなさい! 私があんなこと言わなければ!!」
三人の中でも年若い男性の前で泣き崩れる女性の薬指には銀の輪が嵌まっていた。よく見ると男性の方にも同じく指輪が嵌まっており、女性の腹は少し膨らんでいる。
きっと夫が旅立つ際に喧嘩でもしたのだろう。
それぞれがそれぞれの物語を持っている。
ともすれば、その物語は途切れてしまうところだった。それでも彼らは今家族のもとに帰ってきた。
あのとき、目を逸らした俺と違って佐藤や京介たちが彼らを諦めなかったからだ。貴重な水分や魔石を惜しみなく与え、ここに至るまでの間献身的に看病してきたからだ。
もしも、俺がクロウたちと初めてモルテを訪れた段階で見ぬふりをしなければ、ここにいる人はもっと多かったのだろうか。もう終わったことで、今考えても仕方がない。分かってはいるが、それでも考えずにはいられなかった。
「みんな帰れて良かった」
「……ああ」
家族を迎えに来た彼らを、嬉しそうに目を細めながら眺めて言う佐藤に俺は頷く。
今はアメリアの『強制睡眠』で眠っている彼らを目覚めさせるかは、メリットもデメリットも説明した上でご家族に決定権が委ねられることになった。
なにせ、『強制睡眠』はアメリアが寝不足の俺を眠らせ、心身の疲労を回復させるために創った魔法だ。対象を眠らせるだけの魔法はあっても、その上目にも見えなければステータスとしても表示されない“心”さえも癒すスキルとなると前例がなく、彼らがいつ目覚めるのかもわからない。もし使用したのがアメリアでなければ速攻解かされていただろう。
だが彼らは全員、家族である“眠り人”の心が癒えるまで待つと言った。例え眠ったまま彼らの寿命が尽きる日が来ようとも、それでも待つと。
「さすがにこれが演技だとはお前も思わないだろう?」
「……まあな」
世にはこちらが想定していないことを大真面目で引き起こす人間が山ほどいる。本当に彼らの家族なのか、それを見極めるために、俺と佐藤は受け渡しという名目でここへ来た。京介のスキルがあればなおよかったのだろうが、残念ながら今日は細山の護衛として前線から撤退してきた負傷兵の救護に行っている。きっとあちらは地獄だろう。
だが、京介のスキルや月見ヤヨイの魔眼がなくても分かる。この人たちは本気で彼らが帰ってきたことに安堵し、涙しているのだと。彼らが向ける慈愛の目を見れば一目瞭然だろう。
「え~勇者っちたち、そんなこと考えてたんだ~? ショックだな~」
俺たちに同行していた月見ヤヨイの妹、月見ハヅキがにっと悪戯っぽく笑いながら言う。
思わず黙り込んだ俺たちに気にすることなく、月見ハヅキは目を弓なりに細めた。
「でもまあ、用心に越したことはないもんね~! 私たちは結局のところ、所属する組織も目指すところも違うわけだし! 平時ならともかく、今は昨日の味方が今日の敵になっててもおかしくはないもん」
軽薄そうな口調だが、その目は欠片も笑ってはいない。
俺たちは別組織。そして、同盟を結んだわけでもない。これはただ、俺たちの自己満足の結果だ。
「そうですね。……では、これにて彼らは我々の手から離れた、と考えてよろしいでしょうか」
頷いた佐藤が姿勢を正し、月見ハヅキに向き直ると、彼女はそれまで浮かべていた楽し気な笑みを消し去り、御三家当主代理としての顔になった。
「はい。彼らの身柄、御三家月見家が当主月見ヤヨイに代わり私月見ハヅキが預かります。彼らがこれから先目覚めることがなくても、月見家の名において彼ら及びそのご家族の身の安全及び生活を保護いたしますので、ご安心ください。彼らを助けていただき、誠にありがとうございました」
丁寧に頭を下げる月見ハヅキに続いて、“眠り人”たちの家族も俺たちに頭を下げた。
「息子を連れ帰って下さり、本当に、本当にありがとうございます!」
「彼を助けてくれてありがとうございました」
「旦那を帰してくれてありがとうございました」
「ありがとーございました!」
続けてお礼の言葉を俺たちに言ってくる“眠り人”の家族たちに佐藤が笑顔で応えるのをみて、俺は気配を消して外に出た。
少なくとも、俺に彼らの感謝の声を受け取る権利はないだろう。
長屋の目の前には海が広がっており、空中には飛行艇が浮いている。今もこの地のどこかで人間同士が争っているのだろうに、酷く晴れた空だ。
「……今頃何してるかな、アメリアは」
確か今日はエルフ族と同盟を結んでいる月見家を訪問すると、朝食のときに言っていたはずだ。こちらに住んでいる、人族とエルフ族の間に生まれた人族の子を訪ねるらしい。
大和の国とエルフ族は同盟を結んでいるので貿易などを含めた交流がある。頻繁に行き来しているわけでもないがその交流から繋がって結婚に至る男女も当然あり得るわけだ。だがエルフ族領では、二種族の間に生まれた子どもが人族であった場合、フォレスト大陸で育てることを禁じている。
これは昔、子が先に老い、先に亡くすことに耐えられなかった親や周辺の同胞さえも酷く衰弱してしまい、早死にすることが多発したための対策なんだそうだ。
耳を見れば生まれた子どもがどちらの種族か一目見ればわかる。最初から離れて暮らしていれば、失われたときの衝撃も小さくて済むと考えたのだろう。寿命が長いとはいえ、ただでさえ出生率が低く人口の少ないエルフ族の民を、これ以上失わせるわけにはいかない。当時のエルフ王も苦渋の決断だったそうだ。種族として愛が深すぎるというのも考えものだな。
万が一のためにアメリアには夜を付けているので、何かあれば念話で知らせてくれるはずだが、少し肩と隣が寂しい。
「あ、晶! ここにいたのか! 何も言わずに突然いなくなるな!」
「いや、マジでいついなくなったか分かんなかったんですけど~」
空を見上げてぼんやりと考えていれば、佐藤と月見ハヅキが長屋から出てきた。感謝の合唱は終わったらしい。
「悪い。ちょっと外の空気が吸いたくてな」
「今から君たちに譲る家まで馬車だけど大丈夫なの~?」
「ああ。もう大丈夫だ」
心配そうに気遣ってくる月見ハヅキに手を振って頷き、――そして、危機察知の警告に従って“夜刀神”を抜き、斜め上、長屋の上にいた何者かが振り下ろした刀をはじき返した。
ギインッと金属がぶつかり合う物騒な音が穏やかな港に響く。
「っ!」
「……えっ!?」
「ちょ、うわっ!?」
佐藤の戸惑ったような声と月見ハヅキの戸惑った声が重なった。
俺に刀を振り下ろした見覚えのない銀髪の男は、俺に弾かれた衝撃を利用して月見ハヅキを攫い、間合いの外に着地する。
そのまま月見ハヅキを守るように背に隠し、こちらに刀を向けた。俺も二振り目の“夜刀神”も抜いて相対する。
「……」
「……」
俺と男の殺気がぶつかり合い、死の匂いがあたりに漂い始めた。
長屋の上に知らない気配があるのは分かっていたが、中の様子を窺っているだけのようだったので放っていたのだが、まさか攻撃してくるとは思わなかった。
銀髪の男が何者かは分からないが、月見ハヅキを俺たちから守るような仕草をすることから月見家の関係者だろうか。なんにせよ、相当な手練れだ。殺気も申し分ない。
なるほど、木花サクヤの気持ちが分かった気がする。これは死合ってみたいものだ。
「ま、待ってください! 怪しい者じゃありません! 俺たちは月見家の客人です!」
「……なに?」
俺と男の間の緊張が膨れ上がり、今にも破裂するというとき、我に返った佐藤が声を張り上げた。男について俺と同じ結論に至ったのだろう。もう少し遅かったら何合かは斬り合えたんだがなと俺は少し残念に思った。
男はピクリと眉を上げ、背後の月見ハヅキに視線を向ける。
突然始まった殺し合いに呆然としていた月見ハヅキはコクコクと頷いた。それを確認した瞬間、男の殺気が霧散した。刀を納刀してこちらに頭を下げる。
俺も構えを崩して“夜刀神”を納めた。
「大変申し訳ない。貴殿らがハヅキ殿に危害を加えているように見えてしまい……」
「そ、そうだったんですか」
だからって問答無用で急に襲い掛かってくるな。引きつった顔で返事をする佐藤も同じ思いだろう。
すんっとした顔の男は続いて背後の月見ハヅキに怪我がないかを丁寧に確認し始める。なんというか、マイペースな人だな。
「む、ムツキっち?」
「? はい。月見ムツキ、ただいま前線より一時戻りました」
首を傾げて自分の前に跪く月見ムツキと名乗った男の頭を、ようやく正気に戻った月見ハヅキは力の限り叩いた。非戦闘員の女性が力の限り叩いた程度では瘤すらできないだろうが、さもありなん。
「な、何してんの!!!」
「申し訳ありません。どうやら戦場にいた感覚がまだ抜けていないようで」
「お姉ちゃんのというか、御三家のお客さんで国民の恩人だよ!?」
「そうだったのですか。まああの気配の持ち主ならあの程度では防がれると分かっていたので」
「分かっていたので、じゃなーい!!」
突然繰り広げられる漫才に、俺はようやく肩の力を抜いた。
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