第285話 ~共有~
クロウが亡くなり、火葬した次の日、俺たちはノアの呼びかけで会議室に集められた。
リアはまだショックが抜けていないようだが、クロウの遺言に従って前を向く決意はしたようだ。ノアの隣に座って話を聞いていた。今まではクロウがいたその反対隣は寒々しくあいている。
「皆、昨日は我が息子の死を悼んでくれてありがとう。だが状況は待ってくれん。船の進路のためにも早急に次どこへ向かうのかを決めたい。まずはアキラ、魔王城で何があったのか簡単でいいので話してくれ」
俺は頷いて、謁見の間で話したこと聞いたことを全員に共有する。
魔王本人の口からこの世界と俺たちの世界の人間を生贄に妻であるミスティ・エルメスを蘇らせる計画が出たこと、その計画を娘であるラティスネイルが止めたところでやめることはないということ。そしてそもそもの発端がかつて魔王が人族との同盟を望み、城に招いた勇者願望のある使者によって妻を殺された件であること、その使者の血筋が今もレイティス国に続いていること。
そこでノアはレイティス国の前身の国の歴史を思い出したのかひゅっと息を呑んだ。
「まさか、人族の歴史にある魔王が罠にかけて人族の使者を殺したというのは……」
「ああ、人族側が捻じ曲げた歴史だろうな。魔王は一人も生きて帰さなかったそうだから。ああ、でもそれなら人族が誤解している可能性もあるのか」
「なんということだ……」
ノアは愕然とした表情で頭を抱えてしまった。
俺は話を続ける。こんなところで躓いていたら話し終わるまでに日が暮れてしまう。
「話を聞いていた俺の印象だが、魔王はサラン団長とはまた違ったカリスマ性があるのだと思う。演技か天性のものかはわからないが、人を惹きつける話し方に実行能力。十魔会議全員が魔王の計画に賛同していると聞いたときにはそんなバカなと思ったが、この分では十分あり得るだろう。魔王は暴走しているわけでもなく、正気だ。正気でこの世界の人間を鏖殺する気でいる」
人間が行動するには理由が必要だ。魔王はその理由を見つけ出し、与えるのが上手い。ヴォルケーノ大陸に追いやられ、他種族との貿易や交流もないまま身に覚えのない理由で長年冷遇されてきて、もはや他種族との関係改善を諦めていた魔族たちの鬱憤を呼び起こした。
おまけに周囲をイエスマンで固めておきながら魔族領の運営は比較的上手くいっているように見える。人を使うのも上手いのだろう。少なくとも最下層と呼ばれるモルテでも飢えて地面に倒れた魔族はいなかった。そして他種族の賊が入り込む余地がないため、ともすれば治安はエルフ族を超えて四種族一かもしれない。モルテに迷い込んだ他種族の扱いを除けば、理想的な領地と言えるだろう。
「止めなければ俺たちだけじゃなく元の世界にいる家族や友人たちも犠牲になる」
京介の言葉に頷く。
「でもこの世界の禁忌はどうなんだ? 死んだ人を生き返らせちゃいけないんだろう?」
七瀬が首を傾げる。
俺はそれなんだよなと顔を顰めた。
「俺にスキル『勘』はないが、何か嫌な予感がしている。もしかすると魔王は禁忌をどうにかする術を知っているのかもしれない。確証はないが」
「なら、その方法を俺たちが元の世界に戻るときに応用できれば、禁忌を気にすることなく世界を渡れるんじゃないか?」
「……」
「アキラ?」
勇者の言いたいことはわかるのだが、そういう嫌な予感ではない気がするのだ。言語化が出来ないことがもどかしいが。もっと『危機察知』が反応するようなこと、例えば、禁忌を定めた神本人の意思が、この世界の人間の滅亡を望んでいるとか……。
アメリアが心配そうに俺の顔を覗き込んだ。俺は大丈夫だと首を振る。悪く考えすぎたかもしれない。ダリオンが飛行艇を襲撃した際に神アイテルとはアメリアを通して話したが、争いを嫌悪していても人間自体を嫌っているようには見えなかった。どちらかというと“愛し子”と呼ぶアメリア以外の人間には無関心か、研究対象という方が近い。
「いや、なんでもない。とにかく、魔王がこの世界の人間を滅ぼすのを止める、そして禁忌をどうするのかを聞き出す。俺たちがこれから優先すべきはこの二点だ。マヒロの魔法陣以外の元の世界に帰る方法も並行して調べれるといいんだが、難しいと思う。まずは一歩一歩進もう」
「ああ、俺も同じことを思っていた」
難しい顔で勇者が頷く。
「話を続けるぞ。その後夜が敵対してでも魔王を止めると宣言し、魔王がそれを聞き入れて夜との接続を切った。俺も従魔契約を介しての間接的だがその感覚を感じたので確かだ。もう夜と魔王と繋ぐものはなく、夜の目を介して魔王がこちらを覗き見ることはない。まあ、夜の目を使えたにしてはこちらの状況をあまり理解していなかったようだが」
『種族を統べる王という立場は日々忙しいからな。俺も魔王に目を使われたと感じたのはカンティネン迷宮最下層に配備されたときと、獣人族領でアメリア嬢が攫われる前くらいだ』
それまではともかく、飛行艇でラティスネイルから魔王の計画について知らされたとき以降は夜自身もあまり俺たちの重要な会議などには参加せず、見張り台当番を率先して変わったりと対策をとっていたようだが、これからはそんな心配もない。
俺はそっと肩に乗っている背を撫でた。
「そして、……」
そこで俺は思わず口を噤む。
どう言葉にすべきか迷っているうちに、俺の隣にラティスネイルが立って報告を引き継いでくれた。
「ここからは僕が話そうか。その後、魔王はアキラくんに“君は初代勇者なのか”って聞いたんだよ」
「は?」
あのときいなかった全員の口から同じ音が出た。そうだよな、そういう反応になるよな。
「僕も晴天の霹靂だったんだけどね、どうやら魔王を継いだ者だけに教えられるものとして初代勇者・オダアキラの名があるそうだ。だから魔王はアキラくんがこの世界に来る前からその名を知っていた。どうして初代勇者とここにいるアキラくんが同一人物なのかってことなんだけど……」
ラティスネイルが続きを言ってもいいのかとこちらをチラリと見たので頷いておいた。
「どうやら初代勇者の父君がアキラくんの父君と同じ、オダ・ツカサというそうだよ。魔王が持っていた手帳の内容や文字もアキラくんは覚えがあるそうだ。つまり、ここにいるアキラくんと初代勇者オダ・アキラは同一人物の可能性が高い」
目線が俺に集まっているのを感じながら、あの手帳が入った懐をそっと撫でる。俺の父親のことは俺自身もまだ消化しきれていないのだが、特に秘めておく情報でもない。それに、俺には魔王がぞんざいに投げてきたこの手帳がある。
ラティスネイルは続いて異世界の人間をこの世界に召喚するロストテクノロジーのこと、魔王が語った初代勇者が魔族領北部を消し飛ばした経緯を説明した。
「そして、初代勇者はこの世界の人間の祖先が自分の父親を含めた君たちの世界の人間、異世界人だということを知り、力が暴走した結果魔族領北部はそこにいた人間諸共消滅し、海に沈んだ。魔王はそう話していた」
「言っておくが、初代勇者と同一人物だって件に関しては俺自身に自覚はないからな。魔王も平行世界の俺じゃないかとか言っていたし、話を聞いた今でもよくわからん」
誰かに聞かれたわけではないが、向けられる視線に一応宣言しておく。
「同一人物……? 初代勇者と? 平行世界?」
ノアはもたらされる情報に目を回していた。まあこうも自分の常識外の話が続くと混乱するよな。特にノアは300年以上この世界で生きてきたのだから、今更自分の常識がひっくり返されることが苦手なのだろう。元の世界にいた頭の固い年寄りのことを思えばまだ柔軟な方だ。
「思ったんだが、魔王はそれをどうやって知ったんだろう。魔法があるとはいえ何千年前のことを知るのは難しいし、文献や資料が残っているわけでもなく、あったのは初代勇者がその時持っていたとされる刀が二振りと晶の父親の手帳だけだろう?」
「それはカロン・クロネル、No.7のマスターのスキルだそうだ」
勇者の言葉に京介が答えた。
そういえばその後の乱戦の際に京介はNo.7のマスターや他の兵と共に、謁見の間に乱入してきたノレンという魔族と戦っていたはずだ。その時に聞いたのだろうか。同じ謁見の間内だったとはいえ、さすがにマヒロとの戦闘中に他の会話は聞き取れなかった。
「物の記憶を読み取ることができるらしい。それに、魔王が自分の研究結果のように言っていた初代勇者の研究も、カロン・クロネルによると元々はサラン団長がしていた研究の成果だったそうだ」
なるほど。サラン団長の部下だったはずのマスターが、元とはいえ現魔王の部下であるはずの十魔会議の第七席にいたのはそのスキルの有用性からか。
「そういえば伯父さんに仕えてるとき、一時期カロンの様子がおかしかった気がする。たぶん手帳や刀の記憶を読んだときに初代勇者が感じた憎しみや悲しみを自分のもののように受け取ってしまったから、なんだろうね。記憶を読み取るスキルを所持している者はみな自分のものじゃない記憶に影響されやすいから。……そんなスキルを持っていたなんて知らなかったな」
ラティスネイルがマスターの最期を思い出したのか、少しぼんやりとした目で遠くを見つめながら言った。今度は俺が話を引き継ぐ。
「ってことで、魔王との交渉が決裂したあと、ノレンという魔族が謁見の間に入ってきて魔王に準備がつつがなく完了したと報告をした。今俺たちに確認する術はないが、どうやらその時レイティス国が“大和の国”に宣戦布告をしたそうだ」
どこからかひゅっと息を呑む音が聞こえる。
ジールさんが顔を顰めて唇を噛むのが視界の隅に見えた。
「宣戦布告? したらどうなるんだ?」
「……戦争が始まるってことだよ」
「せ、戦争って、あの戦争……?」
異様な雰囲気を感じ取ったのか小声で呟く和木に、隣の津田が同じく小声で教えてやっているが、静まり返った部屋では普通に丸聞こえだった。
「いやいやいや、レイティス国と“大和の国”は同盟関係だったはずだろう? それも同盟を結んだのは最近だったはずだ。なぜそう簡単に戦争になる」
「ノアさん、情報が十年程遅いですね。なんでも、レイティス国の王妃が亡くなった国境付近の事故の間接的な原因は“大和の国”側が逃がしてしまった魔物だそうで、それ以来二国は酷くギスギスしていますよ。同盟もほぼ白紙状態で戦争になるのも時間の問題だろうと獣人族領では噂になっていました」
首を傾げるノアの言葉にリンガが首を振る。
おそらくその情報を得ていない期間にノアはクロウたちのあのセーフハウスに住み着いていたのだろう。十年も住処にしていたのなら、あの我が物顔も頷ける。
そういえばサラン団長が起こそうとしていたクーデターも、当時護衛を担当していたのにもかかわらず王妃の事故を防げなかった負い目のある騎士団が、王家を傷つけることがないように穏便に済ませるよう計画されていた。おそらくサラン団長が死ぬことなくクーデターが成功していれば“大和の国”との戦争もなかったのだろう。加えて、間接的とはいえ原因が魔物ということは、王妃の事故に魔族が関わっている可能性が高い。一体どこからどこまで仕組まれたことなのやら。
「じゃあ続けるぞ……」
その後、クロウが俺たちの危機を救ったこと、No.7のマスターが数人の兵を率いて駆け付けてくれたこと、マヒロと俺とクロウの戦闘のこと、そして最後に上野と和木が乗る翼竜が謁見の間に突っ込んできたこと、翼竜と夜の二手に分かれて逃げ、No.7のマスターとその兵たちが騎竜兵を相手取って時間を稼いでくれたことを話してようやく一息ついた。
「そうか、あの人は死んだのか……」
「……」
「そんなっ!」
おそらくマスターもあの竜の背にいた兵も全員亡くなっただろうという俺の言葉にリンガとセナが俯き、ソノラが目に涙を浮かべた。
俺も少し目を閉じる。マスターと一緒にいた時間は短いが、世話になったことには変わりない。どうか、ラティスネイルとこの三人の行く末を見守っていてほしい。
「……俺たちの方はこんなもんだ。お前らは? というかあの翼竜はどうした?」
三人には悪いが話を進ませてもらった。
サッと視線が今度は和木に集まる。
「あ~。実は俺、クロウさんから先代勇者の手記の音読を頼まれててさ……」
急に注目された和木は照れたように頭を掻きながら話した。
創作文字で書かれた手記の翻訳を誰に頼んだのかと思ったが和木だったらしい。あの手記を見張り当番の時にクロウに音読していたそうだ。知らなかったな。
特に飛行艇に乗船してからのクロウは老化が急激に進んでさらに近寄りがたくなっていたから、魔族領近くまで来たときには自分から誰かに話しかけている姿を見た記憶がない。まあクロウも和木も隠していたわけじゃなく単純に見張り当番のときに誰かが訪ねてくることがなかったのだろう。
「それから上野と一緒に、佐藤たちが船を降りてからクルールの竜舎へ行って、そこであの翼竜をスキルを使って勧誘してきた。あいつとの一時的な従魔契約を結んだときの約束で、この船に着いたときに解約しているけどな~。一緒に来て戦力になってくれたらよかったんだけど、あいつも故郷に家族がいるらしいからさ」
『世界眼』で和木のスキルを視ると、新しく『魔性の声』というスキルを習得している。効果はざっと要約すると、和木の言葉に従いやすくすることだそうだ。いつの間にか習得していた『万能翻訳』という魔物や動物の言葉を理解するスキルと合わせると、おそらくその効果は魔物や動物相手にも通用するだろう。『洗脳』のように相手を思うがままにできるわけではないが、魔王のカリスマ性と似てなかなかに有用なスキルだ。
「……そうか。だがおかげで助かった。あのままお前たちが来なければクロウは間に合わなかっただろう。礼を言う」
「お、おぉ……」
和木と上野に頭を下げると、和木は戸惑ったように目をうろうろと動かし、上野はポカンと口を開けて固まった。そんなに驚くことだろうか。というか何に驚いているんだ?
「晶はお前らが思うような人間じゃないとこれで分かっただろう……。俺からも補足がある。どうやら魔族側は一枚岩ではないようだ。これもカロン・クロネルの功績だが……」
京介は呆れたように和木と上野を見やったあと、そう言ってノレンといった魔族とマスターの会話を共有した。
どうやら和木のようにスキルを使っているわけでもないマスターの言葉にノレンは動揺したそうだ。先代魔王の遺志というところでセナが苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「だとしたらそこから崩せるかもしれないね! 流石はカロンだ!」
無理矢理テンションを上げたような声音でラティスネイルが言った。
確かに先代魔王に純粋に仕えていて、先代の遺志を尊重して今の魔王に仕えている者たちは崩すことができるだろう。マスターと仲が良かったラティスネイルの言葉を聞く者もいるかもしれない。
「こっちはこんなもんだな。そっちはどうだったんだ?」
窓の外にある土の壁に視線を投げながら問いかける。
船に残っていた面々が顔を見合わせ、アメリアがおずおずと話し始めた。
「アキラたちが出てから、たぶんワキたちも出た後だと思うの。ブルート迷宮で私を攫ったアウルム・トレースがその妹のリューネと飛行艇を襲撃してきた」
「は!?」