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第273話 ~謁見③~






 こちらに向く魔王の目に、おずおずと夜が俺の肩の上で伏せていた体を起こす。地面に降りたいようだったがそれは俺が止めた。この場で一番命を狙われているのは勇者だが、おそらくその次が夜だ。ラティスネイルが先ほど言っていたように、夜の中にある魔王の妻の魂を解放するためにも俺への伝言を携えて魔王により迷宮最下層に配置された夜は死んでいた方が良かったのだろうから。不意打ちでマヒロの魔法陣が展開される可能性もあるため俺の肩の上のままで我慢してほしい。

 それにしても、なぜ魔王は突然夜が不要になったのだろうか。少なくとも『魔王の右腕』と呼ばれるほどには側に置いていたはずだし、そもそも夜とラティスネイルの言葉が正しければ妻の魂が入っている入れ物だろうに、普通ならずっと手元に置いて壊れないように大切にするだろう。俺ならもしもアメリアの魂が入った物があるなら絶対に肌身離さず持っている。というか、なぜ生き物に入れた?



「それで、君は私に何を言いたいのかな。ブラックキャット」


『俺の名はブラックキャットではなく夜です。もう俺はあなたの魔物ではない。そして夜である俺はあなたの妻の魂の入れ物ではなく主、織田晶の従魔としてこれからあなたを止めるために戦います。もう、あなたの元には帰りません。本日はお別れのご挨拶をしたく、参りました』



 凛とした声で夜が魔王に宣言する。

 ブルート迷宮でマヒロやアウルムに明確な敵対行動はとっていたものの、夜がこうして魔王との決別を口に出すのは初めてだ。



「そう、ミスティの魂に気づいていたのか」



 魔王はすいっと目を細めて呟いた。



「……君は失敗作だった。やはり自我を得た時点で処分すべきだったな。まさかミスティの自身の自我ではなくミスティの魂を軸に魔物としての自我を持つとは私も想定していなかった。ミスティの魂にどう影響しているのかも取り出してみないことには分からないし、困ったものだよ。……ずっと、私にとって君自身は不要な存在だった」



 ひゅっと夜が息を詰まらせる。

 なるほど、魔王は生き物の中に妻の魂を入れることでミスティ・エルメスが姿は変えても自我を持ち、生き続けることを望んだのか。夜を他の魔物のように醜い姿で創らなかったのはそのためだろう。そして夜が持つエクストラスキル『変身』も、本来ならミスティ・エルメスが元の人間の姿になるためのスキルだったのかもしれない。

 唯一魔王でも想定外だったのは、ミスティ・エルメスではなくブラックキャットとして自我が誕生してしまったことだけなのだろう。もしも今の夜ではなくミスティ・エルメスの自我がブラックキャットとしていたのなら、魔王は妻を蘇らせようとしなかったのかもしれない。俺たちも、異世界から召喚されることはなかったかもしれない。



「君が私のものではなくなるのは構わないよ。ただ妻の魂を返してもらえればそれだけで」


「それも結局夜を殺すってことだろ。別の方法を考えて出直してこいよ」



 許容できない魔王の言葉に思わず声が出てしまった。

 ラティスネイルとの会話は彼ら親子のことだったから口を挟まなかったが、夜は俺の従魔だ。今度は存分に口を出させてもらおう。



「……う~ん。まあ今はそれでいいかな。然るべき時に然るべき場所にいてくれれば」



 意味深長な言葉を残して魔王は夜の独立と俺の従魔であることを許した。

 魔王が手を翻して手刀で何かを斬る動作をする。と、従魔として繋がっている夜の見えない糸のようなものが切れたような感覚がした。おそらく魔王と夜を繋ぐものが切られたのだろう。これで魔王は夜の目を通じてこちらを見ることはできないし、その繋がりを通じて夜を操ることはできなくなった。そして夜には俺との従魔契約のみが残る。



『お許しいただき、ありがとうございます……』



 グッと堪えるような顔をして夜が最後に頭を下げる。そのまま俺の肩の上で体を伏せた。夜の言いたかったことはそれだけなのだろう。

 それにしても、ここで夜が魔王に別れを告げるとは思わなかった。船内で話していたときは魔王を止めたいとだけ言っていたが、ラティスネイルと魔王の会話でそれだけでは魔王は止まらないと感じたのかもしれない。夜は魔王と敵対してでも止める覚悟を決めたようだ。


 魔王の視線が今度は俺に向けられる。真正面から見る魔王の瞳に、生まれて初めて万華鏡を覗いたときのような感覚がした。



「聞きたいことがある。ラティスネイルから聞いたが、レイティス国で俺たちを召喚するように計画し、命じたのはあんたか?」


「……そういえば先ほど、私がミスティの蘇生のため異世界への侵攻と生贄について言ったときにも動揺していなかったね」


「そっちもラティスネイルから聞いた。あんまり自分の子どもをなめない方がいい」


「ああ、少しだけ見直したところだよ。さて、レイティス国での勇者召喚を計画し命じたのは私だ。それで?」



 ラティスネイルや夜に向けられていたものとは違い、どこか楽しそうな目が俺に向けられている。いや楽しそうというよりは、理科の実験で液体の色が変化するときを待ちわびているような目だろうか。実の娘や自分で創った魔物よりも暗殺者である俺をなぜそんなに注視しているのか。この謁見が始まってから一度も口を開くことがなかったマヒロも俺ばかり見ている気がする。



「あんたらが俺たちをこの世界に呼んだのなら、元の世界に帰す方法を知っているか」


「そうだな……。その答えにはイエスと言っておこう。マヒロの魔法陣なら可能ではあるね」



 ブルート迷宮でマヒロの魔法陣を見たときに思った推測は合っていたわけだ。あとは禁忌をどうにかできるなら、俺たちは元の世界に、家に帰ることができる! 家族に会える!

 俺は高揚した感情のまま黒布の中に隠れている方の手をグッと握った。

 元の世界に帰る方法が全く思いつかなかった今までと比べるなら、この事実を確認できただけでも大きな進歩だ。

 隣の勇者や京介からも安堵したような、気が抜けるような気配がした。

 それを見たのか、魔王が少し意地悪く笑ってマヒロに指を振って何かを指示した。



「今からでも帰るかい? マヒロ」


「ええ。貴方のお望み通りに」



 パンッとマヒロが手を合わせる。ブルート迷宮で見ていたときのように、その両手から夥しい量の文字が現れ、魔法陣を形成した。

 突然のことに一瞬体勢を低くした勇者たちもその青白い魔法陣を見て呆然と動きを止める。

 ああ確かに、これは俺たちがこの世界に召喚されたときに教室に展開された魔法陣そのものだ。息を呑んで、あの日俺たちの人生を変えてしまった魔法陣を見つめた。



「いいよ、私は止めない。君たち三人だけでも今元の世界に帰してあげよう。我が娘に言われてこんな所まで来てくれたお礼だ。我ら親子の茶番につきあわせて悪かったね」


「俺は魔族だからな。何十人の移動は無理だが三人分くらいなら一人で魔力をまかなえる。通るんならさっさとしな」



 魔王とマヒロの悪魔の囁きが耳に届くが魔法陣から目が離せない。

 今、俺がこの魔法陣を通ったらどうなる? ラティスネイルとの約束を裏切ることになる。そして夜はおそらくこのまま殺される。アメリアは俺の帰りを待ったままだろう。この世界は戦火に包まれ、魔族以外の種族は滅亡する。チカリと目の前が瞬いて、一瞬カンティネン迷宮で初めて『世界眼』を発動したときに見た未来予知のようなあの光景を思い出した。――俺は、この世界でまだやるべきことがある。

 そう思考した瞬間、血が出るほどに唇を噛んで動こうとする足を必死に抑えた。

 家に帰りたい。帰りたいのに、まだ帰れない。



「……時間切れだな」



 青白い魔法陣がチカチカと瞬き、次の瞬間には空気に溶け消えるように消滅した。

 俺は、自分自身の選択で元の世界に帰る千載一遇のチャンスを無駄にした。一瞬でも気を抜くわけにはいかないというのに、手から力が抜ける。

 と、勇者が一歩踏み出した。



「……もし俺たちが今元の世界に帰ればあなた方は俺たちの世界に侵攻する。帰ったとしても魔法やスキルが使えるか分からない以上、不用意に帰ることはできない。そもそもその魔法陣が本当に元の世界に繋がっている保証もない。悪ふざけはやめてください」



 絶望し言葉を失う俺とは違い、勇者は毅然とした態度で魔王とマヒロに言った。

 


「ふふ。今代の勇者はどうやら馬鹿ではなかったらしいね。悪ふざけではなかったのだけれども」


「馬鹿じゃないが頭が回りすぎるってのも馬鹿の一種でしょうよ」



 好き勝手言う魔王たちを後目に俺は大きく息を吸った。

 あれだけで動揺してしまったのは俺が未熟だったからだ。今のが千載一遇のチャンスだったとしても、最後のチャンスだったわけではない。



『主殿……』


「悪い、夜。大丈夫だ」



 俺は足を踏み出して勇者の隣に並んだ。



「俺が聞きたいことはまだある。なぜ夜に俺への伝言を与えたのかだ。しかも魔王城で待つなんて伝言を。その後会ったアウルムもマヒロもそれを知らされていないようだった。あれはあんたの独断だな?」


「……ああ、それね。でもそれに答えるのに先に君に聞かなきゃならないことがある。一つ君の質問に答えたのだから私の質問にも答えてくれるだろう? アキラくん」



 魔王はそう言って俺と目を合わせた。美しい目がじっと俺を見つめる。



「君は、初代勇者かい?」


「は?」



 思わず漏れ出た声は俺ではなく勇者のものだった。だがきっと俺からも同じ音が漏れていたはずだ。

 俺が初代勇者? そんなわけがない。そもそも初代勇者は何百年何千年も前の人間だろう。



「なぜそうなる」


「なんだ、その目と刀を持っておいてまだたどり着いていなかったのか。世界のこの状況は全て君のせいだというのに」





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