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第264話 〜座して待つ〜 ノレン・ティオ目線




 僕の名前はノレン・ティオ。魔族の王、ナルサ・エルメス様から10を意味する“ティオ”の名を授けられた十魔会議の末席に名を連ねる者だ。

 正直最下位であれど僕ごとき若輩者がヴォルケーノ大陸の行く末を決定する十魔会議の一員というのはかなり荷が重いが、魔王様直々に選ばれたとあれば身を粉にして働く所存である。

 その十魔会議だが、先日ダリオン様の処罰決定のために魔王様を除く十名全員が集まったのが奇跡に近く、普段は魔族領に10ある街にそれぞれ散り、円滑な統治のための魔王様の耳や口として働いている。たぶん地位としては領主にあたるのだろう。え、僕ごときが領主? 身に余りすぎている身分だ。ああ胃が痛い……。


 今日は僕が担当するモルテの住民からの声を魔王様へ届け、指示を仰ぐために登城していた。

 四種族で一番人口が少ない魔族領の最過疎地と言えるモルテとはいえ一つの街だ。僕も住民全員の顔を覚えているわけではないし、近くに冒険者ギルドがあるため遠い地から来た人がモルテで問題を起こすことも少なくなく、10ある街で一番治安が悪い。だが目に見える問題があり見るべき場所を見ていれば統治しやすい街ともいえるので代々一番低い地位の10番手が担当しているのだ。その治安の悪さ故に3番手のアウルム様が度々交換を魔王様に願い出ているが、アウルム様が統治していた地なんて絶対に怖いから魔王様は一生頷かないでほしい。

 とにかく、普段なら魔王様の意見を仰ぐまでもなく力でねじ伏せればいいのだが、今回ばかりはイレギュラーだった。すでに胃が痛い。


 限られた人しか入ることを許されない魔王様の執務室に入室すると、太陽を背負ってキラキラと輝く我ら魔族の王がおられた。

 この世界で唯一の僕たちの王様。その存在は神よりもこの世界よりも尊い。

 自然と頭が下がる空気に抗うことなくその場で膝をついた。



「失礼いたします。ナルサ様、モルテの住民から沿岸部に見えない巨大飛行物があるとの通報が相次いでおります。念の為手の空いているアウルム様、リューネ様のお二人へ招集をかけていますがいかがされますか?」


「ああ、ラティスネイル関係かな。……本当に困った子だ」



 ええ本当に。

 という言葉は上司兼実の父親の手前咄嗟に飲み込んだ。おそらく周囲にいる城勤めの者たちも同じことをしただろう。

 この魔王城で働いたことのある者であれば誰もが魔王様のご息女、ラティスネイル様のいたずらの餌食になっているので。かくいう僕も低い地位と初めての時に良い反応をしてしまったがために何度もいたずらを仕掛けられてきた側だ。さらに相手を選んで、長々と説教してくるマヒロ様や4番手のサイラス様は避け、反応がいい僕やむしろ一緒になって楽しむアウルム様を狙ってくるのが本当に厄介だった。ラティスネイル様が魔王様と親子喧嘩をして城を出て行ってからようやく城内での僕の平穏が守られている。



「ああ本当にそうだな。そろそろあのじゃじゃ馬娘をここから出さないように専用の魔法陣を構築すべきか?」



 誰もが飲み込んだ言葉をはっきりと口に出したのは魔王様に次ぐ力を持つ2番手のマヒロ様。魔王様とも旧知の仲らしく一番重宝されており、誰に対しても、それこそ魔王様に対しても口調を変えることなく自分を貫く方。その上今はロストテクノロジーとされている魔法陣の世界唯一の使い手だ。マジかっけー! 僕もああなりたい。

 ところでマヒロ様の言う“ここ”は魔族領のことだろうか。それとも魔王城のことだろうか。正直あのラティスネイル様がこの城内にいつまでもとどまっていることが想像できない。



「うーん、一人娘だからいささか甘やかしすぎたかもしれない。だけど、あの子は彼女に似て自由が似合うから。できれば好きにさせておいてほしいかな」


「いささかぁ?」



 怪訝そうに声をあげるマヒロ様に激しく頷きそうになったが僕はぐっと耐えた。ただ部屋の隅にいた給仕の子はめちゃくちゃ頷いていた。魔王様とマヒロ様から死角になる場所ズルい!



「……まあお前の教育方針には口を出さねぇよ。だが今回あのじゃじゃ馬は勇者と一緒だぞ。何も知らない民に息女一派の謀反だと誤解されかねない」



 先代魔王が次代の指名をすることなく突然崩御し、魔王様と兄君が後継者争いをしていた時期も大陸中がかなり荒れたそうだ。ついには兄君と魔王様をそれぞれ担ぎ上げる派閥が誕生して城どころか魔族領が二分される事態にまで発展したのだとか。その時はまだ僕は生まれていなかったけれど父と母からあの頃は日々暮らすことが難しくなるほど酷かったと聞かされていた。内乱一歩手前までいったこの大陸を一つにまとめ上げたのがこの魔王様だ。

 マヒロ様はそれが再び起こることを懸念しているのだろう。あの時は魔王様の兄君がそもそも王位に興味を持っていなかったそうだが、今回ラティスネイル様が勇者を連れて王位を簒奪しに来るなら周囲の混乱はかつてのものよりも大きくなることだろう。



「つか、そもそも勇者をこのヴォルケーノ大陸に入れたくなかったんだがな。ったく、ダリオンの野郎失敗しやがって……。あのじゃじゃ馬も、いったい何を考えてやがる」


「それはダリオンのせいじゃないって結論になっただろう? ラティスネイルについては良く分からないけれど」


「おい父親」


「あの子も母親が戻ってくれば成長に足りない愛情が手に入って落ち着くと思うんだけどね」



 魔王様はそう言って手にしていた書類を机の上に落とし、手を組んだ上に顎を乗せた。

 逆光で顔や表情は見えないがどこか楽しんでいるような雰囲気なのが分かった。



「君はどう思う? ノレン」


「あ、えっと、その……」



 突然話を振られて僕は思わずわたわたと視線を動かした。

 と、廊下から慌ただしい足音が聞こえて思わず立ち上がる。位置を移動した瞬間、それまで僕が居た位置に開いた扉が通った。あっぶな。

 慌てた様子の兵がそれまで僕が膝をついていた場所で膝をつく。

 僕は兵の鎧を見て首を傾げた。この兵はこの部屋に入ることができるほどの地位に居ただろうか。



「ご職務中失礼いたします! 至急お耳にお入れしたいことが!」


「うん。何かな」


「それが……ラティスネイル様よりご連絡がありまして、ナルサ様への正式な謁見の申し込みです」



 室内の空気が少し冷えた。というか、マヒロ様が怖くて顔見れない。



「ふぅん。そう来たか」


「まあいいよ。マヒロ、その時間の謁見の間の用意とスケジュールの調整はよろしく」


「よ、よろしいのですか魔王様! ご息女様は勇者一派と行動を共にしております! そのままナルサ様を弑し、王位を簒奪するおつもりなのでは……!」



 つい先ほどそれについて話していたのだが、まさか自分が考えつくことを魔王様が考えていないとでも思っているのか。

 王に対して出過ぎた物言いをする兵に顔を顰めて何かを言おうとしたマヒロ様を手を挙げて止めたのは魔王様だった。



「兵の用意も過度な警備も必要ない。娘が父親と話すために来てるんだ。座って待っているのが父親というものだろう?」


「はっ」



 続いて魔王様の瞳がこちらに向く。

 父親と口で言いながらもその瞳に親としての温かみは欠片もなかった。



「ノレン、王命としてアウルムとリューネに巨大飛行物の調査をお願いしてくれるかな。あの子がこっちに来てるならあのアキラくんも一緒だろうから。アウルムがこっちにいると問答無用で戦闘になっちゃって会話にならない」


「仰せのままに」



 いや、この方はそれでいい。


 この方は、魔王ナルサ・エルメスは父親になどならない。






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