第261話 ~これから~
「初めまして、ようこそ飛行艇へ。リンガは久しぶりね」
出発前に決めていた合流地へと到着すれば、ノアの魔法で透明化している飛行艇がすでに着いていた。
この数日間で俺たちは慣れたが、初めてのリンガたちは見えない船に恐る恐る乗り込んでいく。俺が単独でものを決めないように取引についてきてもらっていた勇者と京介がそれぞれリンガとセナを補助していたが、ソノラは魔族であるためかなんとなく船の輪郭が分かるらしく、ラティスネイルに続いて危なげなく乗り込んでいた。
船の甲板に足を下ろすと、留守番をしていたアメリアが微笑みながら出迎えてくれた。その圧倒的な美貌に初めてアメリアを見たセナとソノラはピタリと動きを止めてしまう。
久しぶりに見たなこの現象。獣人族領で街中を歩いているときは度々アメリアの顔で人身事故(人同士がぶつかる程度)が起きていたが。
「お久しぶりです、アメリア姫。こちらは弟のセナと妹のソノラ。これからしばらくお世話になります」
ポカンと口を開けて固まってしまった弟たちの背中を叩きつつ、リンガが二人を紹介する。さすがはギルドマスターを務めているだけあって言動にそつがない。
ソノラの魔力量を見て少し目を見開いたアメリアだったが、こちらも王女だけあって動揺や表情を隠すのはお手の物だった。
「ええ、よろしくね。セナとソノラも」
「「よ、よろしくお願いします!」」
リンガたち三人を全員が集まる昼食の席で紹介したあと、昼食後にこれからどう動くのかという話になる。
「少なくとも非戦闘職業は船に残り、緊急で出発するときのために準備をしているべきだな」
ノアの呟きに全員が頷く。
昨日俺たちが助けたモルテにいた人たちはさすがに昨日の今日で回復するわけもなく、アマリリスの調合した精神安定薬とアメリアの『強制睡眠』で眠り続けていた。前に俺がかけられたときは不調の原因が寝不足だったため半日ほどで目覚めたが、精神的な回復になるとアメリアでもどれくらいかかるのか分からないそうだ。
「なあ、分かってると思うけどソノラはもちろん留守番の方だからな?」
「えっ! どうしてですかセナ兄様!」
「当たり前だろ! なあリンガからもこのおバカに何か言ってくれよ」
戦う気満々のソノラに苦笑しながらセナが言うと、ソノラはぽかんと口を開いて絶句し、慌ててセナに駆け寄った。
ソノラは初対面のときこそ堅苦しい口調だったがリンガやセナと会話しているときはいい感じにリラックスしているようだ。地下で話をしたときはそうではなかったが、兄たちと話すソノラは俺たちと同じかさらに下の少女のように見えてくるのだから不思議だ。食事の支度を全員でしているときはアメリアや細山たちとは女性同士で楽しそうに話しているのを見かけたので心配はないだろう。
長兄のリンガは下二人がわちゃわちゃと戯れているのを保護者のような目線で見ていた。いや、正しくリンガは二人の保護者なのだろう。どれだけ年齢が離れているのかは分からないが二人を育てたのは長男のリンガだろうから。
「他はともかく、俺と夜は明日魔王城へ向かう」
ぼんやりと考え事をしながら呟くと、やいやい話し合っていた声がピタリと止まった。自分に集まる視線で俺は口から頭で考えていた言葉が零れ落ちてしまったのを察する。カンティネン迷宮で一人だったときに独り言が癖になっていたが、たまにこうして零れ落ちてしまうのはどうにかしたいな。
俺の言葉を聞いたアメリアがそばに来ようとしたのを首を振って止める。
「アキラ、私も……」
「いや、アメリアはモルテで助けた人たちを見ていてほしい。魔王城へは俺たちだけで行く」
「……そう。分かった」
本当はノアにだけこっそりと言って黙って出るつもりだったんだが、ぼんやりしていたせいで計画が狂ってしまった。そう色々と考えていた俺は俺の返答にアメリアが少し顔を顰めて部屋を出て行ったことに気づかなかった。
『だが主殿、万が一のために他にも何人かと一緒に行った方が良いのではないか?』
「俺は晶と行くぞ。お前が反対してもだ」
夜の言葉に京介が即座に反応する。
それを聞いた夜はしまったと呟いて苦虫を嚙み潰したような顔をした。どうしてかは分からないが夜と京介は相性が悪いというかお互いにライバル視している気がする。京介の直球の言葉を苦手と思う人は顔こそ覚えていないが何人か居た。だが視線を合わせれば火花が飛ぶような相手は初めてだな。
「も、もちろん俺も行く! 勇者として魔王には一度会っておきたいしな!」
ありありと顔に“怖いです”と書いてあるへっぽこ勇者にも一応頷いておいた。
こっそり行ってそっと帰ってくるつもりだったが思いの外大所帯になりそうだ。まあマヒロに会えば迷宮の続きとばかりに問答無用で戦闘になりそうだから仲間がいるのはいいかもしれない。
「もちろん僕も同行するよ。お父様とは一度話しておかなきゃと思っていたからね」
次に声を上げたラティスネイルにも頷く。
「では私とナナセ君、ツダ君は船側に残って警戒にあたりましょう」
「は、はい!」
「え、俺も!?」
ジールさんはラティスネイルに続いて立候補しようとした七瀬の肩をがしりと掴んでほほ笑んだ。
「アメリア王女やノアさんがいらっしゃるとはいえ船に戦闘職が何人か残っていた方がアキラ君たちも安心でしょう。それに同じ風魔法を使う者として我々は城の中よりも屋外の方が都合がいい」
「ん~まあそれもそっか。晶、魔王がどんな人だったか帰ったら教えてくれよな」
「ああ。覚えてたらな」
人の顔と名前をろくに覚えられない俺よりも京介か勇者に頼むべきでは?
「まてまて、魔王城へ行くにしても明日? なぜそんなに急ぐんだ!例の情報屋と取引した魔王城へのルートの安全を確認してからでもいいだろう? 私は早くて三日後だと思っていたぞ」
まとまりそうだった話に待ったをかけたのはノアだった。
ノアの言葉に俺は首を傾げた。
「ルートの確認は今日の夜のうちに俺が済ませておく。なぜそんなに急ぐのかと言われても、むしろここまで急いでなかったわけじゃないが……」
この世界に来てからずっと駆け足のつもりだったんだが、ノアからはそう見えなかったという事だろうか。まあ捉え方は人それぞれだなと納得して、なぜ明日に行くのかという質問に答えようと口を開いた。
「夜と初めてカンティネン迷宮で会ったとき、魔王は夜に俺へ“魔王城で待つ”と伝言を託した。だがその後に会った魔族のアウルムは俺を殺そうとした。何か行き違いがあったのか、それとも心変わりしたのか、そもそも俺に何の用があったのか気になる。あとはマヒロに異世界へとつなぐ魔法陣が作れるのかどうか聞き出して、もし不可能なら別の手段を考えなければならないから早めに行動したい。理由としてはそんなところだ」
ブルート迷宮でのマヒロとの最後の会話からして戦闘は避けられないだろう。アウルムにも見つかれば確実に殺しに来るだろうし。魔王の計画を進めさせないためにも魔王城へは近づかないのが一番なのだが、もう夜と約束してしまったから。
「だから明日俺は魔王城へ向かう。ノアにはすぐにこの大陸から出られるように準備しておいてほしいんだが、いいか?」
俺の言い分を聞いてノアは額に手を当てて大きくため息を吐いた。
「私が何を言ってもお前は聞かんだろうに……。我が愚息よりも頑固だなお前は。……了解した。ちゃんと生きて帰ってくるんだぞ」
「もちろん、死ぬつもりはない」
俺は死ぬつもりはない、が。
ちらりと視線をそいつへ向けると、既に心を決めたような目をしていた。