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第249話 〜頼み〜




「で、話ってなんだ?」



 ランプに照らされているというのに光が当たっている夜の顔はどこか暗く見える。



『あー、その……』



 言い出しにくいのか、夜は視線を逸らして口籠る。

 俺は言葉が出てくるまで待った。何を言いたいのかは知らないが、おそらくここまで来て言いにくいことを誤魔化したりはしないだろう。

 頭の中を整理したいと部屋を出たが、半分は本音だ。夜の話の内容が軽いものであることを祈る。



『その、だな。ラティスネイル様の話を聞いて主殿はどう思った?』



 俺は少し考えて口を開く。



「悪いが、俺は魔王の気持ちがわからない。家族が死んだことはないし、好きな人もあっちではいなかったしな。こっちに来てサラン団長が死んだときも、その命を取り戻したいと感じる前に二度と会えなくなった悲しみと殺した人間への殺意の方が強かった。だから、他人の命を秤にかけてその罪を背負ってでも生き返らせたい人がいるというのはよく分からない。その計画に俺の家族を巻き込む可能性さえなければ俺も他人事でいられたんだがな」



 母と妹が犠牲になるかもしれないと聞けば俺は魔王を止めるために動くしかなくなる。おそらく勇者たちもそうだろう。ラティスネイルの話を聞いて、元の世界に帰るだけじゃいけなくなった。魔王を殺せば止まるか? それとも『引き換え』スキルを所持している人間を全て消せば俺の家族はもう危険に晒されないだろうか。



『……主殿。魔王は、魔王様は俺にとって生みの親と言える。だがそれ以上に、愛おしい存在なのだ。俺自身の感情かはもう分からないのだが』



 そう前置いて、夜は自分が生まれた時のことを話し始めた。

 魔族領が見えてきた時の見張り台でも思ったが、魔王の右腕であることと“アドレアの悪夢”のことくらいしか夜自身の話は知らない。初めて会ったカンティネン迷宮八十階層ボス部屋で従魔契約を交わした後、俺たちは迷宮を出る前にそれぞれについて簡単に話していたが、その時も夜はあまり自分のことを話さなかった気がする。



『どれほど前かは分からない。少なくとも、俺は魔王様の奥様が亡くなられた後に自我が芽生えた。その前に俺自身が在ったのかは分からないが、俺が生まれたと認識したのはその時だ。本来、魔物というものは自我が存在しない。だが俺にはどうしてか自我が芽生え、人間の言語を話すことができる。俺はつい最近までそれを“魔王様にそう造られたから”だと思っていた』



 だがおそらく違うのだと夜は俯く。



『迷宮のボス部屋に主殿への伝言を携えて配属された時、俺は初めて外の世界を知った。それまではずっと魔王城に勤めていたし、“アドレアの悪夢”の時は任務が終わった後正気に戻ってすぐに帰ったからな。……主殿とアメリア嬢と見たこの世界は、本当に美しかった。魔王様は他種族を毛嫌いしておられたから負の面しか知識を与えられなかったが、今を生きる者たちは魔王様の言われるように愚かで救いようがない生物であるようにはどうしても思えなかった』



 おそらく魔王から離れたことで、俺たちとこの世界を見たことで、夜の中に魔王に対する疑心が蓄積されていったのだろう。そして夜自身もそれに気づいていなかった違いない。少なくとも俺から見る限り、ラティスネイルから魔王が本当に禁忌を犯そうとしていると聞くまでは夜が魔王に抱いていた敬愛の感情は本物だったから。



『初めて自分の中の異物をはっきりと感じたのはアメリア嬢に憑依したアイテルに俺は他の紛い物とは違い、入れ物なのだと言われた時だ。自我が芽生えたのは魔王様も想定していなかった奇跡だったのだと、俺には役割があるのだと神は言っていた。それは許されることではないと。俺は魔王様が何か神に関係するとんでもないことをしようとしていることは知っていたが、まさか禁忌を犯すなどとは思いもしていなかった』



 慎重に言葉を選んで話す夜を急かすことも続きを促すこともなくただ聞く。

 きっと夜自身もまだ混乱していて、消化しきれていないのだろう。自覚したのがダリオンが船を襲撃した時だというのなら、長寿あるあるの時間経過の認識の差ではなく本当につい先日なのだ。



『俺は“入れ物”なのだそうだ。“器”ではない。つまりこの身はすでに何かが入っている。……俺はそれが魔王様の奥様の魂なのだと思う。その証拠に、俺はサラン・ミスレイの姿に変身できるが俺自身がサラン・ミスレイと出会ったことはない。俺が生まれた時にはすでにサラン・ミスレイは魔族領から追放されていたからな。当然戦ったこともない』



 夜が『変身』し、その変身した対象の魔法が使えるのは実際に対峙しその攻撃を受けたものに限ると聞いたことがある。

 夜の考えでは、ブルート迷宮でマヒロと戦った時に会ったこともないサラン・ミスレイの姿に変身し、あまつさえ魔物には致命的な光魔法を放てたのは、夜の中にある魔王の妻の記憶からだと考えるのが自然なんだそうだ。

 噂によればかつての魔王の妻とサラン団長はかなり仲が悪かったのだとか。弟の奥さんと本気で殺し合うサラン団長、全然想像できないな。



『ずっと思っていた。人間と同じ言葉を話し、感情を持つ。それはもはや姿が異なるだけで人間と言えるのではないかと』



 この世界でも人の言葉を操り、感情の芽生えた魔物は夜だけらしい。人間の魂を内蔵した魔物なんて夜以外にいないだろうから当たり前かもしれない。同じ条件下でも夜のように自我を獲得するかどうかさえ怪しい。



『その上で頼む。魔王城へ向かってはくれんか』



 先ほど会議室で俺が魔王城へは向かわない方がいいかもしれないなと呟いた言葉が聞こえていたらしい。だから俺と二人で話がしたかったのか。



「行ってどうする」


『魔王を止める。この魂にかけても、あのお優しい方に殺戮者の汚名を着せるわけにはいかん。俺はもうどこからどこまでが俺自身の感情か分からなくなってしまった。だが、この感情は俺も俺の中の魂も同じだ』



 魔王が優しいかどうかは会ったことのない俺には分からないが、本当に優しい人は他種族とはいえ大量の他人の命を犠牲に妻を生き返らせるなんてことを考えないと思う。

 せっかく元の調子に戻った夜の手前口には出さないまま、俺はそうかと頷いた。



『もしも魔物としての本能を魔王に操られるなんてことになった時は必ず俺の方から従魔契約を破棄すると誓う。だから、この通りだ!』



 夜が深々と頭を下げた。

 夜がこうして何かを望んで俺に頭を下げる姿を見るのは初めてだ。



「……妬けるな」


『は?』


「いや、こっちの話だ。前に言ったかは忘れたが、俺はお前を信じてるよ。夜、俺の従魔。俺の半身。俺は魔王を止めたい。お前も魔王を止めたい。なら俺たち一緒の方向を向いてるだろ?」



 少なくとも俺は魔王の生死などどうだっていいのだが、夜がそれを望まないのならひとまずはやめておこう。

 魔王城に行かなくてもいいかとは確かに思ったが、ラティスネイルの話が本当なのか答え合わせもしたいし、俺と勇者、京介だけの少数精鋭なら何があっても逃げ切れるだろう。



『主殿……』


「言っただろ? 俺は猫が好きなんだ」



 柔らかいその毛をそっと撫でて呟く。

 猫の前には人間はみんな奴隷となるのだから。






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