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第246話 ~悔恨③~ クロウ目線




 はっきりと傷ついた顔をしたリアから視線を逸らして再び海を眺める。

 かつてを思い出してぐちゃぐちゃな俺の心とは似ても似つかないくらいに穏やかで見事な景色だ。



「……もう一つだけ、お聞きしたいことがあります。クロウ様がもしもやり直せたとして、その失ってしまった方が生きているとして、クロウ様はその方に何を望みますか?」



 リアに問われた言葉を咀嚼して、俺は考え込んだ。

 もしもリッターやアリア、アオイとルークが生きていたのなら。



「長生き、してほしい。美味い物を食べて、よく寝てよく笑って、日々に満足して生きていてほしい」


「……」



 “もしも”が現実になってあの日彼らが死ぬことがなかったのなら、きっと俺のこの言葉もリッターなんかは「らしくねえな」と腹を抱えて笑っていただろう。

 それだけありきたりで、普通の願い。もう二度と叶うことはないが。



「では、私がクロウ様に常日頃からそう思っているのだと言ったらどうしますか」


「……は?」



 思いもしなかったリアの言葉に口から音が漏れた。



「クロウ様には幸せになっていただきたい。美味しいものを食べて、好きなことをして、日々に満足して生きてほしい。たとえ寿命で残り少ない命だとしても。私はずっとそう願っています」



 意志の強い瞳が俺を射抜く。

 俺は思わずたじろいだ。



「どうしてそこまで……。私はお前の名付け親というだけだぞ」



 妹と幼馴染を亡くし、失意の中にあった俺はリッターとの旅をなぞるように獣人族領や人族領を辿った。今思うと死に場所を探していたのだろう。そして今から50年ほど前、獣人族領の山中にある村の近くでたまたま身重の女性を魔物から守り、その恩返しがしたいとせがまれて彼女が住んでいる村に数年間滞在したことがある。彼女、リリアは出会った数日後に小さな女の子を出産し、その子の名付けをどういうわけか俺に頼んできた。

 “名付け親”というのは他の種族で聞く言葉以上に獣人族にとって大切な意味を持つ。後見人、親代わり、見届け人とも言うそれは、文字通り名付け子が立派な人間になるように育て、そばで見届ける義務と責任がある。リリアはきっと、自ら死に向かいそうな俺をこの世に繋ぎとめるために頼んできたのだろう。だから、たまたま今は滞在しているだけで仕事も溜まっているから数年後にはいなくなるんだぞと、いくら言っても聞きやしない。数日間粘ったがリリアが折れることはなく、とうとう諦めた俺は産まれた女の子にリアと名付けた。それから10年程、俺はリアの名付け親で居続けた。リリアが魔物に襲われて死ぬまでは。

 リリアが命の危機にあったとき、俺はリアと森に薬草を採りに行っていた。リリアは隣の村に住む親戚の元へと一人で向かい、その帰りに魔物に襲われた。リリアが亡くなったと聞いて俺が思ったのは“リアから離れなければ”だった。俺の周りにいる大切な人は若くして死んでしまう。だから俺はその後すぐにリアの名付け親としての役目を放棄して村を出た。名付け子まで死なせるわけにはいかない。

 名付け親としての役目を放棄し、何も言わずに去った俺をリアはずっと恨んでいるのだと思っていた。今ここまで共にいるのもアキラやアメリアと迷宮に潜った流れでついてきたのだと。


 海のように鮮やかな瞳が一心に俺を見つめている。その頬は果実のように赤く染まっていた。

 ラグーン家に養子入りしたのは俺を知るためだと言っていたが、俺の何を知りたいのか、どうして知りたいのか一切理解できなかった。だがここにきてようやく俺もリアの本心を理解する。



「私はずっとクロウ様をお慕いしております。今この瞬間も、あなたを愛しているのです!」



 曖昧な言葉ではなく、リアらしい直球な言葉に俺は思わず息を呑んだ。



「お返事は必要ありません。クロウ様も私のような小娘に特別な感情はないでしょうし。……ただ、クロウ様の最期の時まで隣で過ごすことをどうか許していただけませんか? クロウ様が叶えられない願いを私に叶えさせてもらえませんか?」


「……好きにしろ」



 まっすぐな瞳に負けて、ひねり出すことができたのはその一言だけだった。


 ただ、少し救われた思いもあった。

 妹や友を看取ることができず一人で逝かせてしまったが、俺は一人では最期を迎えないらしい。




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