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第245話 ~悔恨②~ クロウ目線




「ラグーン家は王家の血を引くクロウ様を亡き者にするために魔王討伐を命じたのですね。当時仲の良かった冒険者ギルド金ランクの友人たちと共に」


「……ああ。その通りだ」



 ノアの夫、俺とアリアの父親はラグーン王家よりもアドレア国初代王家の源流に近い王家の血を引いていた。もしもラグーン王家にとって代わろうとすれば血筋にこだわる頭の固い貴族たちが味方になり、ラグーン家をも傾けることができる程度には確かな血筋だった。ラグーン家がアドレア国の王家となり実権を握ったのも、昔父の家が王家候補から退き次候補のラグーン家を後押ししたためらしい。

 父親や父方の家の人には温厚な人が多く、王家となる気は全くないため直系の一人息子である父が人族であるノアと結婚するのも反対せずにむしろ大歓迎だったそうだから、血筋やら王位やらそういったことにうんざりしていたのかもしれない。もしも母親が人族でなければラグーン家と敵対している家に俺が担ぎ上げられていた可能性があったとも父方の祖父から聞いたことがある。



「当時の俺は若かった。父も母と結婚するために家を出たことになっているから、もし父の実家が王家に代わっても私たちには王位継承権やそれに準ずる権限は一切ない。それに安心していたんだ。まさかラグーン家が、父方の家が国権を握ろうと動くことを恐れて血筋を根絶やしにした上にもう本家とは関係のない私やアリアの命まで奪おうとするとは思わなかった。アリアが生まれた頃に死んだ父もただの流行病による病死だったしな」



 古代語をマスターし、スキル『反転』をものにした俺はノアとアリアを家に残して幼馴染のリッターと共に魔族領以外のこの世界を旅した。エルフ族領は特に入ることが難しかったが人族領で助けたエルフが王家の従者筋の家系だったため、その恩返しとしてエルフ族領にも入ることができた。ちなみにそのエルフがルークだ。そして“大和の国”で出会ったアオイを加えて俺たちはパーティを結成し、冒険者ギルドで金ランクになるまで夢中で駆け抜けてきた。

 その頃には俺が王家の血を引いていることなんてすっかり忘れていたし、もっと言うのならこのまま家には帰りたくないとも思っていた。妹や母親はもちろん大切だが、その時は友人たちと自由気ままに生きるのが本当に楽しかった。思えばあの頃が人生で一番幸せな時間だったな。



「状況が変わったのはアドレア国から私とリッターに招集命令が、アオイとルークに招集願いが届いてからだ。内容は魔王討伐」



 アドレア国出身の俺とリッターは王家の命令に背くことはできず、一方招集願いが届いた他種族のアオイとルークはそれを無視することは可能だが俺たちが行くのならと共にアドレアの王城へ帰還した。

 そこで下された魔王討伐というアドレア国王、今のウルク国王イグサム・ラグーンの父からの命令、勅令に疑問がなかったわけではない。各大陸を旅したが、その当時は魔族による被害なんて一度も聞いたことがなかったのだから。



「だが最終的に私たちはその命令を受けた。当時すでに全員が金ランク冒険者、この世界のほぼ頂点まで上り詰めていた私たちにとって次の挑戦があることは喜ばしいことだったし、魔族領を旅してみたかったからな」



 もしかしたらこれまで国が秘密裏に対処していただけで魔族による被害はあったのかもなんてことも考えた。

 だが、すべてが罠だった。



「仲間を捨て駒にしても魔王を倒すことができず逃げ帰ってきた私たちを待っていたのは、隠していたはずのリッターの職業が勇者だと知った国民たちと、国王の名を勝手に使って勇者を死地へ送り込んだとしてなぜか処刑された父方の親戚たちの晒し首だった」



 俺の言葉にリアはひゅっと息を呑んだ。


 リッター・ガナドールは確かに職業“勇者”だったが、趣味で様々な魔法具を作成していたから“魔法具師”と同じパーティのメンバー以外には偽っていた。勇者と知られると魔王を倒せと言われて面倒だったのと、魔族側を油断させるために。鑑定系の魔法が効かないように自分で作ったステータス隠蔽の魔法具を身に着けていたから誰かが漏らさない限りはバレることはないはずだったのだ。

 それに、アドレアへの帰還も魔王討伐も確かにアドレア王家からの命令だった。そもそも魔王討伐は王直々の命令だったのだ。だが記録された文書ではそれらがすべて父の本家の名にすり替わっており、本家はまだ実力の不十分な勇者に王命と偽って無理やり魔族領へ向かわせた国賊として女も子どもも一人残らず処刑されていた。

 おそらくは俺たちが五体満足で帰ってきたことだけが奴らの想定外だったのだろう。王の口から魔王討伐の言葉が出たと主張できるのは俺たちだけだから。だがそれも俺はできなかった。本家が根絶やしにされたことで、狙いが俺を含めた父方の血筋だったのだと、そしてアリアも危険であることが分かったから。



「その時になってようやくおかしいと感じた私は家に帰ってすぐにノアとアリアを連れて国外へ引っ越そうとした。だがノアは人族の自分にも優しくしてくれた夫の本家の惨状に復讐を考えたのか知らないが私の提案を断り、ノアとこれまでで一番の大喧嘩をした私はアリアだけを連れてアドレアを出てウルに家を建てた」



 それが俺が先日まで暮らしていたウルの家だ。

 目を細めて水平線を眺める。太陽に反射してキラキラと輝く海。当時は港としては栄えていなかったウルの何もない砂浜を散歩するのがアリアは好きだと言っていた。意見も聞かずに勝手に引っ越しを決め母とも離されたというのに文句一つ言わずについてきてくれたアリアと、もっと話をすればよかった。



「ではアリア様は“アドレアの悪夢”の時点ではアドレアにはいなかったはずなのでは?」



 リアが首を傾げる。

 俺はそれにゆっくりと首を振った。



「あの頃私は軌道に乗ってきた仕事で数か月間カンティネンへ行く予定があった。アリアを一人にはできないから、アリアだけをアドレアに居るノアの元に預けて、私はウルで旅支度をしていた」



 俺はノアとは喧嘩別れをしていたがアリアにとってはそうじゃない。数か月も人族領で俺の仕事についてくるよりもノアの元に居た方がいいと俺は判断した。アリアも久しぶりに母に会えると予定が決まってしばらくは嬉しそうにしていたから、これが最善なのだと疑わなかった。



「アドレアが、ラグーン王家が危険だと私はアリアに口酸っぱく言っていたし、ノアもそれに関しては同意見だったから王家には警戒していた。……まさか、そのタイミングで私たちが魔王討伐へ向かった報復にアドレア国が襲撃されるとは思いもしなかった」



 当時は今よりも情報の伝達が遅く、俺自身も千里眼系の魔法具を持っていなかったことが悔やまれる。もしも襲撃時直後に知らせを受け取ることができていたのなら、アドレアの危機には間に合わなくてもアリアの危機には間に合っていたかもしれないのに。



「私がアドレア国崩壊の知らせを受けたのはカンティネンに到着してからだった。まさか一匹の魔物によって国家が一夜にして滅ぶとは思いもしなかったし、ノアの元で安全だと思っていた妹が避難もできずに警戒していたはずの王族のせいで命を落としていたとは考えもしなかった」



 結局アリアは死に、俺はその時になってようやく数年前にリッターが寿命で死んでいたことを知った。リッターとは結局、魔族領から帰還して一度も話すことなくそのままだ。最後に何を話したのかさえ覚えていない。


 当時の獣人族最大国家にして他種族との交易や他国との政治的中心地がアドレア国に集中していたため“アドレアの悪夢”のせいで獣人族領の他国も大打撃を受け、外交をウルに移したり、ウルクを避難民の受け入れ都市として早急に発展させたりとブルート大陸が中が落ち着かない日々を過ごし、アドレアは復興されることなく忌み地として今も捨て置かれている。各地に慰霊碑が建てられたが、あれからどの国も魔族からの報復を恐れてアドレアに踏み入ることはなく、おそらくまだ瓦礫の下には迎えを待っているものがいるだろう。国を興す地としてはとても良い立地のため、あと数百年もして“アドレアの悪夢”の記憶が薄れた頃になってから復興されるのではないだろうか。



「どうだ、ラグーン家はこの情報を残していたか?」


「……いえ。私が見たのは、クロウ様たち先代勇者パーティが勇者を擁しながらも魔王に敗北したのはとある一族が王命を使い無理やり魔族領へ向かわせたため。その一族の処刑を執行したという文書です。ですがおかしなことにその一族はとても真面目な方が多く、他の貴族の家には多々あった統治地の経理書類の数字が合っていなかったり帳簿におかしな出費があったりといった不正が一切なかったため、気になって調べていくうちにクロウ様と血縁関係にあることやラグーン家よりもアドレア王家の直系に近いということが分かったので、当時のラグーン家がその一族とクロウ様を排除するために陥れたのだと推測しました。まさか本当だったなんて……。一時でもラグーンを名乗っていたことを今後悔しています」



 俺は鼻で笑った。

 王家に養子として入っただけの娘でさえ書類を確認して気づけたのだから、当時のアドレアに勤めていた真面目な者たちが気づけないわけがない。だが真面目故に“アドレアの悪夢”のとき、市民たちの避難誘導を最後までしていたために亡くなっている。あの時を生き延びて今ウルクに寄生しているのは全てラグーン家の行いによって甘い蜜を啜り、民を捨てて我先にと逃げた者たちだろう。いつまでもウルク国が良くならないわけだ。

 “アドレアの悪夢”も、こう思えばラグーン家にとってはそれほど損害ではなかったのかもしれない。広大な地を手放すことにはなったがウルクを乗っ取り王家は王家として続いたまま、口うるさい家臣や王の地位を脅かす家はすでにいない。



「私もどこからどこまで仕組まれていたのかは分からない。アリアが本当にラグーン家に狙われていたのかどうかさえも。……ただ、私はあの時選択をいくつも間違えた。私が伸ばした手は一つも届かなかった」



 今も夢を見る。もしもあの時俺がアリアを連れてカンティネン大陸へ向かおうとしていたら、もしも俺が魔族領で死んでいたら、もしも俺が急な王命に疑問を持ってリッターたちを止めることができたなら、もしも俺がもっと父の家の事に興味をもっていたら。きっと今頃こんなことにはなっていなかっただろうと。



「だとしても、クロウ様に救われた者も大勢……!」


「だとしても、私にとっては救った大勢よりも失った少数の方が大切だった」



 被せるように言った言葉に、視界の隅でリアの傷ついた顔がやけに鮮明にうつった。





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