第243話 〜カラクリ〜
レイティスと魔族が同盟を結んでいると言ったヒラエスの言葉に俺は少し固まってしまった。
まさか俺たちが召喚されたのも魔族の差し金か? だとすると俺たちの存在がこの世界と俺たちの世界を繋ぐかもしれないという推測もあながち間違ってはいないのではないだろうか。
魔王は、レイティス王は一体何を考えている?
「事情はわかりました。俺たちもここで帰る手段が見つかったとしても、帰る前にレイティス国に残してきた仲間と合流しなければならない。その時にその水晶を見つけ出して破壊します」
俺の混乱をよそに勇者は少し考えて頷いた。
ヒラエスはそれを聞いて満足そうに尾を揺らす。
「……俺からも良いだろうか?」
会話が落ち着いたところを見逃さず小さく手を挙げたのは意外なことに京介だった。
七瀬や勇者も目を見開いて京介を見やる。
京介はなんというか、自己主張することがあまりない。自分の考えを持っていないわけではなく、自分の考えの優先順位が恐ろしく低いのだ。許容範囲も広いので大抵は言われたことに同意するし滅多なことでは発言したりしない。
『良いだろう。水晶を破壊してくれるのなら我はなんでも答える』
「では、貴方の子たちに囲まれた時、晶の『気配察知』や『危機察知』だけでなく俺の『勘』も働かなかった。何かカラクリがあるのなら教えて欲しい。他の場所、それこそ魔王城で同じことが起こってしまうと困る」
京介の言葉に俺も同意して頷く。
確かにそれは聞かなければならない事だ。色々と衝撃的なことが多くてすっかり忘れていた。
『世界眼』で見る限り俺たちを囲んだ竜たちは隠蔽系のスキルを所持していた。だから俺のスキルが効かなかったのはカンティネン迷宮でも経験していたので不思議ではない。だが京介の『勘』は俺の『気配察知』とはわけが違う。
『スキル『勘』は第六感がスキルとして現れたものだったか。この洞窟はありとあらゆる方法で隠されておる。それこそもう滅びてしまった魔法もあり、その中に確か探知・感知系の魔法を妨害する魔法が組み込まれていたはずだ』
『勘』も目に見えないものを感じるという点では探知・感知系と言える。だから引っかかったのだろうとヒラエスは言った。一応俺たちを誘い込む為に緩められるところは少し緩めていたそうだが、古代魔法はヒラエスも忘れてしまった部分があるのであまり弄らないようにしているのだそうだ。
古代魔法はいまだに解明されていない部分も多く、現代の魔法よりも古代魔法の方が隠蔽範囲や対象が広いらしい。強力で消費魔力も多い上にアメリアがクロウから習っていた、常人では気がくるってしまうという文字を使用しているため現在では使用者が存在しない、ロストテクノロジー、ロストマジックだ。クロウの『反転』やマヒロの魔法陣もこれに分類される。
しかし、そこまでしてこの洞窟を守る理由が他にもある気がしてならない。見る限りこの鉱石を竜たちが必要としているわけでもなさそうだし、戦いの火種にしかならないというのならここにあるものも全て破壊してしまえばいいのに。
「なるほど、納得した。もしも俺の鍛錬不足だった場合は晶と共に行けないところだった」
最後の一言は音のような言葉ではなく俺たちの言葉で呟かれた。
京介らしい真面目な言葉だ。
「あ、じゃあせっかくなので俺からも!」
言葉が通じていない夜やアメリアはまだしも自分が何も話していないことが嫌だったのか、七瀬も声を上げた。
「俺いつか竜の背に乗ってみたいです! ずっと憧れてたんで!!」
無邪気に手を挙げる七瀬にヒラエスはそっと目を細めて頷く。かなり失礼なことなのではと思ったのだが、いいのか……。なんだかおじいちゃんが孫を見る目に見えてきたな。
『今はこの地を離れられんが、もう少しで機会は訪れるだろう。その時のためにこれを持っていくといい』
七瀬が差し出した手に乗せられたのは少しの魔力が込められた、石を削り出して作られた笛だった。笛というよりはホイッスルの方が近いだろうか。
それを七瀬はそっと受け取る。
『もしもこの先、必要だと思う時がきたら吹くといいだろう。さ、もう用件は済んだ。お前たち、洞窟の外まで案内しなさい』
ヒラエスはそう言って水晶の上に身体を寝かせた。
唯一神アイテルによって造られた原初の魔物ということはすでに誕生から数千、数万年が経っているのだろうか。原初の魔物に寿命があるのかは知らないが随分と老け込んでいるように見える。
俺はその様子を目に焼き付けて、竜たちに促されるまま背を向けた。
おそらく水晶を見分けるための魔法はすでに仕込まれたのだろう。一切予兆がなかった。改めて敵対していないことを幸運に思う。初代勇者のおかげだな。
『ああ、アキラよ。もしも魔王に会うのなら我からの伝言も頼む。“魂が無い者は生き返らんぞ”と』
「ああ。言っておく」
去り際に言われた言葉を反芻して頷く。
俺が用のあるのは二番手のマヒロの方だが、おそらく魔王にも会うことになるだろう。
「魂……ね。この世界でも魂の概念はあるのか」
ヒラエスに言われた言葉を考えていたため、俺は肩の上の夜がどんな顔をしているのか気が付かなかった。




