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第242話 ~“龍の巣”~




『我が願いを叶えよ。異世界の人の子たちよ』



 綺麗な音から紡ぎ出された言葉は全身に染み渡るように流れ込んでくる。

 お願いというよりはほぼ命令のようなニュアンスだが、本来ならば巣の近くに踏み入った時点で戦闘が開始されるはずだったというのに対話を申し込んできたのだから用件は聞かなければならないだろう。どういう絡繰りかは分からないが、気が付かないままあそこまで綺麗に囲まれていた時点で俺たちの負けだ。不意打ちで戦闘になっていれば勝ち負けはともかくこちらの損害の方が大きかっただろうし。むしろ対話を有利に運ぶためにあそこまで過激に囲ったのかもしれないとも思う。



「……あー、対話の前に、申し訳ないが俺たちは竜種や魔物の礼儀には疎いというか何も知らない。何か非礼があっても見逃してほしい。それはいいか?」



 人間相手ならまだしも、そもそもの種族が違う相手のどこに逆鱗があるのか分からない。わけわからないまま踏みつぶされるなんてごめんだ。

 口調が気に入らなかったのか武装したままであることが嫌なのか、先導した竜がグルグルと威嚇の音を鳴らしたが、龍――ヒラエスが尻尾を一振りしてそれを止めた。



『許そう。名をなんという、異世界の暗殺者よ』


「俺はアキラ・オダ。こっちは俺の従魔の夜とエルフ族王女のアメリア・ローズクォーツ。あとは同じ世界から来た勇者のツカサ・サトウ、侍のキョウスケ・アサヒナ、風魔法師のリンタロウ・ナナセだ」



 手早く全員を紹介してヒラエスを見上げる。

 特に夜は囲まれた際に“魔王の右腕”と呼ばれていたので俺の従魔だと強調しておいた。



『そうか“魔王の右腕”ブラックキャットは夜という名を得たか』



 ゆったりとした口調だが、どこか歓迎しているようにも聞こえた。魔族たちとは明らかに対応が違う。



「それで、用件はなんだ?」



 巣に踏み入れた者を問答無用で排除するのではなく対話を選択した理由はなんだろうか。



『……主殿、ここにいる竜種は迷宮にいるものや先日のワイバーンのように魔王に造られたもの以外の長の子孫だ。言うなれば竜種は魔族領に一族で魔王すらも手出しできない王国を築いているのだ。つまり主殿がこれまで倒してきた魔物とは全く違う生物として考えていい。魔王も侵略ではなく対話を選んだ場所だ。用心してくれ』



 俺の耳元で夜がボソボソと言ってきた。

 通常の俺たちがこれまで倒してきた竜種の魔物は全て今の魔王や歴代の魔王が造ってきた、いわば原初の魔物と呼ばれるヒラエスたちの劣化種だそうだ。だがここにいる竜種はヒラエスの子孫で他の魔物とは格が違う。

 視界にちらつくステータスも俺以上の数値がウジャウジャといる上に真正面で一番よく見えていいはずのヒラエスの数値はほぼ全てがアメリアの魔力と同じく“測定不能”だった。

 同じくそれを見たアメリアはただ絶句している。



「ああ。分かってる」



 俺たちが今自分よりも遥かに上位種の慈悲によって息ができているということはわかっている。返答次第では俺たち全員の命が簡単に散ることも。



『そう怖がるな。我も人間と話すのは初代勇者と呼ばれる者以来でな。……実に懐かしい気配だ。我は其方たちを歓迎する』



 ヒラエスの言葉に俺たちではなく周囲を囲んでいるであろう竜たちがざわめいた。

 大陸を治めていると言える歴代魔王にも謁見を許さなかったそうだが、俺たちと話しているヒラエスは終始穏やかだ。

 おそらく同じ日本から来たと思われる初代勇者と外見が似ているのだろうか。海外から見ると俺たちは全員同じ顔に見えるそうだし。俺も集団で固まっている外国人観光客を修学旅行で見たことがあるが、顔を見分けるのが難しかったから同じようなものだろう。



『さて、其方たちに一つ依頼がある。人間である其方たちにしか頼めぬことだ』



 ゆっくりとした口調でヒラエスが口を開く。



『人族にある水晶を破壊してほしい。跡形もなく、綺麗さっぱりと』



 元々そんなものはそこになかったように。

 そうヒラエスは続けた。

 ふと浮かんだのは王女がクラスメイトたちを呪うために使用していた水晶だ。人族領で見かけた水晶といえばそれしか俺は知らない。



「それの特徴は?」


『そうとわかるように其方たちの目に魔法を仕込んでおく。問題の水晶を見ればすぐにわかるだろう。元は一つの大きな水晶だったがいくつかに分かれているかもしれん』



 魔法をかけられるという言葉に少し動揺する。流石に拒否できないだろうか。

 術者が人間ならまだしも、種族が違う龍に魔法をかけられて本当に言われた効果のみで済むかどうか正直怪しい。



「魔法以外の方法はないのか?」


『というと?』


「その水晶の特徴を話すとか?」



 言ってはみたが俺に水晶の判別はできない。それにどんな形状かは知らないが特徴を教わっても削り出されていれば見分けるのは難しいだろう。



『我の魔法をかけられるのが不安であれば約束をしよう。“我が其方たちに害をなすことはない”と』


「……それが嘘だった場合は?」



 自分でも踏み込みすぎたとは思った。

 俺の背後で殺気が膨れ上がるのを感じ、夜が俺の肩に爪を立てる。夜とアメリアは俺たちの会話を理解できていないから状況が変わるのが怖いのだろう。

 だがその殺気もヒラエスが手を挙げたことで萎む。



『嘘をつくのは人間だけだ。我ら魔物と呼ばれるものは原初の魔物から当代の魔王に造られたものまで全て嘘をつくことはない。異世界の暗殺者よ。其方も従魔がいるのなら覚えがあるはずだが?』



 ヒラエスは肩の上に乗っている夜に視線をやった。そういえば夜もいつも正直すぎるくらいだなと思い出す。



「……勇者はどう思う」



 俺は京介と七瀬を代表して勇者に声をかける。

 俺とヒラエスの問答を静かに聞いていた勇者は顎に手を添えて頷いた。



「俺は特に問題ないかな。でも一つ質問してもよろしいでしょうか」


『許そう。今代の勇者よ』


「どうしてその水晶の破壊を俺たちに願うのですか? 言ってはなんですが、あなた方ほどの数と力があればどうとでもできたでしょうに」



 ヒラエスは尾をくねらせるようにして少しの間考え込み、そして頷く。



『良いだろう。少しばかり長い話になる。あれはどれほど前のことだろうか……』



 心地の良い音が言葉を紡ぐ。



『すでに気づいているだろうが、ここにあるのは我が生まれる前から存在する大量の魔力を含んだ鉱石だ。ただの綺麗な石ではない。迷宮などで魔物たちから採れる魔石とは天と地ほどの差がある。……もしもこの先人族と魔族で戦争が起きてこの鉱石を人族が魔石として使用した場合、魔法の撃ち合いだったとしても魔族は人族に敗北する。それほどの力を秘めたものなのだ』



 言っていることが分かるだろうかとヒラエスは首を傾げる。

 顔を青ざめさせた勇者はコクコクと頷いた。


 つまり、リアの杖のように魔法石として使用すれば魔法においては四種族最弱の人族でも最強の魔族に勝利することができるということだろう。効果は魔法の増強か?

 もしも人族がこの存在に気づけばいらぬ争いが起こるかもしれない。ヒラエスたちはその為にこの地を守護することを神アイテルに命じられたそうだ。そして時が経つごとにヒラエスの魔力を浴びた洞窟は徐々に成長していき、ヒラエスだけでは管理ができなくなった。だからヒラエスは子供や子孫を作ったのだと。



『ことが起きたのはつい千年ほど前のことだ。我らは数百年か数千年に一度だけこの地を離れることができるのだが、それをどこからか知った今代の魔王の手のものが侵入し、我らが留守にしている隙にここから水晶を強奪していった。もちろん留守中は我らの魔法で警戒していたのだが、どういうわけか痕跡もなく消失していた』



 ヒラエスは自身が体を置いている鉱石の一角を指した。確かにそこだけ爆発系の魔法でも使われたのか大きく抉れている。大きさとしてはかなりのものだが人間でも運ぶことができるサイズだろう。

 というか“つい千年ほど前”って、俺たちとの時間感覚の違いが言葉の節々に現れているな。



『すぐに気づいた我らは魔王に返還するように要請したが魔王は聞く耳を持たず、挙げ句の果てには人族に水晶を流した』



 このままでは大きな戦が起きかねないとヒラエスは締め括った。



『我らは神アイテルとの魔法誓約によりこの地を離れることができん。加えて人間たちの世界に入って水晶を探すのもこの体では不可能。だからこそ其方らに依頼したい』


「人族に流されたと言ったな。それがどこの国か分かっているか?」



 ただでさえ人族領は四大陸で一番の面積を誇るのだ。探す場所はできれば少なくしておきたい。



『人族は寿命が短い分コロコロと国が興っては滅ぶからな……。確か今は“レイティス国”といったか? 今代の魔王はその王と同盟を結んでいる。まあ十中八九魔族にしか利のない同盟だろうが』



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