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番外 獣人族領ウルク国在住のとある暗殺者




 俺は暗殺者だ。

 いや、正確には殺し屋というのが正しいのだろうか。あんまり違いが分からないが生まれ持った職業が暗殺者だから暗殺者と名乗っている。普段はウルクの花屋で腰を痛めたもうだいぶ年のバアさんに代わって店番をしているが、ひとたび依頼を受ければ俺は暗殺者になる。あれだ、裏稼業ってやつだ。


 殺す方法は毒殺か刺殺が多い。俺が依頼されて殺す人間は大抵の場合周囲に恨まれている人間であり、よっぽど猟奇的に殺さなければ大抵の場合は事故や病気で処理される。というかむしろそういう相手を選んでいる。とは言っても人を殺すことは禁忌にこそなっていないが許されることでは無いし、俺が暗殺業をしていると表の人間にバレれば店番を任せてくれてるバアさんにも迷惑がかかるだろう。殺しに使う毒を枯れて処分する花から採ることもあるし。だから俺が殺すのはバレずに確実に殺せるやつだけだ。勝ち戦しかしない俺のことを腰抜けという同業者も居るが、放っておいてほしい。俺だって好きで暗殺の才能に恵まれたわけじゃない。普通の生活で生きていけるのなら俺もその方がいい。


 殺しの依頼には最低限支払わなければならない金額というものが暗黙の了解で決められている。依頼人がそれを知らなければ依頼を受けた時に教えるし、そうじゃなくてもどうしても人を殺したいってやつは必ず殺せるように他にも同じ依頼をするとか、何重にも保険を掛けておくことが多いから、いつの間にか殺しの相場なんてものができていた。だいたいのやつはそれに従って金額をつける。

 殺しの方法に注文を付けられたり面倒なターゲットの時は金額が上がるから、そう依頼された時はもっと腕の良い奴を紹介してる。俺は紹介することで独自の情報網を得られるし、腕の良い奴は仕事が入るし、依頼人は確実に殺しを達成できて全員に得がある仕様だ。

 仲介しても金は入ってこないが俺は殺しよりもこうした仲介業の方が好きだったりする。暗殺で得た金はバアさんの日々の薬代に消えるから仲介ばかりもしていられないけど。


 そうやって細々と暮らしていたある日、俺の元に1件の知らせが舞い込んできた。



「おい、グラム・クラスターが暗殺されたってよ! しかも首を短刀か何かで一撃! 天井まで血が飛んでて酷い有り様だったって!」


「おい、表の仕事をしてるときはあんま物騒な話持って来んなって言って……今なんて??????」



 その日店番をしている花屋に駆け込んできたのはよく情報を回してくれる情報屋。表ではこの街で顔役のような立場にいるためか知り合ってからはバアさん共々気にかけてくれるいい人だ。この人の情報で命を救われた回数は両手では足りない。

 ただ今は暗殺者であることを隠している時間に物騒な話題を持って来るものだから追い返そうとしたたが、耳に入ってきた言葉に思わず大声で聞き返してしまった。



「だぁから! あのグラムが殺されたんだって!」


「はぁ!?!?」



 今まで数多の暗殺者を送り込んでも一度も成功しなかった、たぶんこの世界で一番人間に恨まれてる奴こと、現ウルク王の甥でウルクのギルドマスターのグラム・クラスターが殺されたらしい。

 やつは自分が相当恨まれているのを知っているからか、いつもガッチガチに警備を固めているためどれほどの腕利きでも暗殺を断念せざるを得ず、いつしか裏世界で賞金までかけられるようになった。統治者やその周辺の権力者は大なり小なり恨まれ命を狙われやすいが、多額の懸賞金がかかっている王族なんぞこいつくらいだろう。先代勇者パーティで俺たち獣人族の誇りであるあのクロウの妹を殺したなんて噂もあるくらいだ。もしもグラムを殺すとしたらクロウだろうと言われていた。王家も追放されたから今なら王族殺しの咎で処刑されることもないし。


 そんな多方向から命を狙われているグラムが一番堅牢にしていたはずの自室で殺された。死因は首の大きな血管を搔き切られたことによる失血死だと言われている。

 凶器は片刃の短刀らしいからクロウではないだろう。あの人はかつての仲間の武器は作ることはあっても使うことはないと聞いたことがあるから。

 グラムご自慢の護衛もあっさりと無力化されていたようで、今裏社会に激震が走っているらしい。グラムの護衛が使っている身体を強化する薬は高値で取引されているから購入者も薬の効果に疑心暗鬼になっているのだろう。


 もし信頼している情報屋のおっさんから聞いた話でなければ俺も信じなかった。だって俺もかけられた懸賞金に目がくらんで一度グラムの暗殺を企てたことがあるので、護衛の強さは身に染みて分かっている。暗殺のために周囲を探っただけだったのにあと一歩間違えれば世話になっているバアさん共々殺されるところだった。



 グラムが暗殺されて数日間、裏では一体だれに懸賞金が支払われるのかほとんどの人が耳をそばだてていたがどれだけ経っても懸賞金が支払われた形跡がなく、グラムを殺したやつが名乗り出ることは無かった。懸賞金狙いの偽物はかなりでてきたが、自白強制系のスキルでそいつらが全員偽物と分かって処刑されてからはむしろ触れるべからずといった空気だ。ちなみに懸賞金はウルク王家から支払われるらしい。身内からも狙われてたとは、こう思うと私生活にまで浸食したグラムの厳重な警戒態勢はむしろ身内を警戒していた結果なのかもしれない。



 これまでの付き合いで俺の元にも噂が多く流れて来るが、どれもピンと来ない。

 候補としては、グラムとなにか取引をしていたと噂の魔族も挙がっている。ただし、魔族なら特有の魔力量のせいで必ず分かるが現場にそのような痕跡はなかったからその噂を信じている人は少ない。


 あとは“闇の暗殺者”に殺されたって説。

 むしろこっちの方が本命だ。何しろその日グラムを暗殺しようとしていた裏でも有名な同業の暗殺者の証言なのだから。どうやら彼は幸運にも“闇の暗殺者”がそう呼ばれるに至ったブルート迷宮氾濫事件の現場に居たらしく、一目で誰なのか分かったらしい。結果的にその暗殺者と対峙した際の傷で暗殺業を畳むことにはなったのだがそれでもかの御業を目の前で見ることができたのは豪運だったと笑っていた。まさに一瞬の出来事、神業だったとは彼の感想だ。ただ夜間の暗闇でのことだったことと、同業者の問いかけに一切答えなかったらしいということから本当は“闇の暗殺者”ではないのではないかと言う声もある。

 本来知らない同業者と依頼が被った場合、その時点で殺し合いになる。まあ互いに生活がかかっている仕事なのだから恨みっこなしだし、そのために依頼が被っていないか色々とアンテナを伸ばしているのだが、かの暗殺者はあえて彼を見逃したらしかった。よほどグラム本人に恨みがあったのだろうか?

 にしても“闇の暗殺者”って二つ名、誰がつけたんだよ。正直ダサすぎないか? 俺なら絶対いやだけどな。



 グラムが死んで少しして、ラグーン王家が揺らぎだした。

 守り手というレア職業をもつために王家の養女になったリア様がなぜか急に王家から出られ、それと時を置かずに王家の醜聞があちこちから流れ出したのだ。

 グラムの企みだと噂が流れていたものの半分ほどは王家が裏で糸を引いていた悪事であり、王家はグラムというスケープゴートをうまく使って甘い蜜を啜っていたという話だ。それが真実ならば本当に腐りきっていたのだなと思う。王家がグラム暗殺の懸賞金支払うことでグラムとの協力関係を否定したかったようだが本当にグラムを暗殺した人間が現れていても懸賞金がきちんと支払われたかどうか、今になっては分からないな。

 醜聞が流れ始めたのは養女様が逃げてからなので彼女やその周りが調べて噂を流したのではないかというのが最近の話のタネだった。本当にそうだとしたらかなり強かな養女様だ。


 そもそも今の王位にあるラグーン家は元々アドレア国の王家で、ウルク国の王家ではない。あの“アドレアの悪夢”から逃れたラグーン王家が本来のウルク王家を追い出してウルクを乗っ取ったらしい。いや、実際のところはどうなのか分からない。ただの一市井から見ると当時小国のウルクが乗っ取られたように見えた。確か当時もブルート大陸の安寧のためにウルク王家が王位を譲ってくれただの発表がされたが少なくとも俺の周りは誰も信じなかったのだ。

 案の定、その本来のウルク王家がラグーン王家が揺らいでいる隙を逃さず王位を奪還しようと動いているらしい。貴族たちもラグーン家を見限って本来のウルク王家につく家が日に日に増えているそうだし、きっと王位奪還も近いうちに成されるだろう。ウルク国内で戦になればバアさんを抱えてマリかウルあたりに逃げたところだが、戦をするための兵力ももうラグーン家には残っていないから無血開城かな。平和でなにより。



「ま、一国民の俺には関係ないことだけどな……」



 この美しい国が、そして俺と俺の周りの人間が今日も明日も生きることができるのなら俺はそれでいい。



「さて、今日も元気に花売るぞ~」








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