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第23話 〜影魔法〜



 キメラは本当に厄介だ。例え一対一でも、尻尾の蛇が読めない動きで毒をかけてくるので二対一と言ってもいい気がする。



「……ちっ」



 危機察知に従って後に跳ぶと、今まで俺がいた所が毒によって溶けた。バックステップで続いて繰り出された本体の方の爪も躱す。



「……ざっと二、三メートルかな」



 毒が飛ぶ距離を目測で測って、キメラから距離をとる。キメラを観察していると、休憩は終わりだとばかりに突っ込んでくる。

 俺は〝夜刀神〟を構えて、後ろではなく前に出た。



『グルァァァッ』


「……これもダメか」



 すれ違いざまに首を捉えた“夜刀神”はあっさりと弾かれる。その前は尻尾を切り落とそうとしたが、それも弾かれた。ミノタウロスの皮膚といい、見るからにモフモフした毛皮のくせに硬い。色々と自然界の法則を無視している。

 その勢いのまま五メートル程離れて向き合った。

 お互いに体を低く構えて、……激突する。敏捷力では他者の追随を許さない暗殺者と、脚力の優れたキメラにかかれば五メートルなど離れているうちにも入らない。



「ぐっっ」



 でも、腕力となると途端俺が劣勢となった。

 暗殺者は元々真っ向勝負はしない。後ろから卑劣に、対象の首を掻き切るのだ。掻き切るのに腕力はそんなに必要ない。

 弾き飛ばされたその着地地点にキメラが現れ、追撃してくる。それを体を捻ってかわし、そのまま地面に突っ込んだ。ゴロゴロと転がって距離をとろうとするが、立ち上がる前に腹部に衝撃を受ける。打ち上げられて壁に激突し、目の前が真っ白になった。


 力の差がありすぎる。一度捕まってしまえば、あとは赤子と遊ぶように弄ばれた。わざとか、幸運のおかげか、爪が出ていない状態だったらしく、切られてはいなかった。ただ、確実に肋骨は数本折れており、うち1本は内臓に突き刺さっていると思われる。口からは血が溢れていて、早く治療をしなければ危ないかもしれない。

 自分の怪我を客観的にみて、これは真っ向勝負に拘っている暇はないかもしれないと、今更ながらに気がついた。そもそも、魔法とスキルを封じて戦えるほどボスは弱くないのだ。



「……悪いな。こっからはちゃんと本気で戦うからよ」



 何かを待つように、離れたところで俺が立ち上がるのを見ているキメラにそう言い、手を差し出した。

キメラはぐっと構える。



「……『影魔法』起動」



 薄暗いボス部屋に影が吹き上がる。影は久しぶりに出てこられて嬉しそうだった。

 薄いが強靭な影がキメラの足に巻き付く。それは、俺が指示したことではなかった。



『やはり、君の魔法には自我があるようですね』



 サラン団長の声が頭の中で響く。あれは、森を消滅させそうになった日の夕方だっただろうか。




────




「自我? 魔法にか?」


「ええ。そもそも、影魔法なんて魔法、この世界にありませんから」



 サラン団長の執務室で、サラリと発された問題発言に俺はポカンと口を開けた。



「は? いや、実際俺のステータスにはちゃんと影魔法表示されてるけど」


「はい、存在自体は疑っていませんよ。今日その力をこの目で見ましたからね」



 机に肘をついてニヤリと笑っている団長さんはとても楽しそうだった。もちろん、俺にとっては面白くないことだが。



「この世界の魔法は色々と分かれているように見えて、本当はある一定の系統に分かれているんです」



 いらない書類の裏をだして、サラサラと図を書き込む。



「まず、主流の火・水・土・風ですね。これは普通のスキルとして、才能云々はありますが、比較的簡単に取得できるものです」



 丸を四つ書いてその中にいま言った四つの文字を書き入れる。そしてそれぞれの丸に線を伸ばしていくつかの丸を書いた。それを逆さに見て、なんか生態系の図みたいだなと、的はずれな感想を心の中で呟く。



「まず私の光魔法ですが、これはひとつ挟んで水から派生します。さて、水と光の間に入るものは何でしょうか」


「……治癒じゃねーの」


「はい、正解です。相変わらず物分りが良くて教えがいがありますね」



 サラン団長はニッコリと微笑んで水と光の間に治癒と書いた。



「治癒魔法からは他に解呪魔法などが派生しますが、元々は水魔法です。他にも闇魔法は土魔法から、雷魔法は光魔法からと、このようになります」



 サラン団長は俺でも知っている魔法をどんどん書き込んでいく。その中に影魔法はなかった。



「闇魔法からは派生しねーの?」


「いい質問ですね。ですが、使用者の君はよくわかっていると思いますが、影魔法は物理攻撃、闇魔法は精神攻撃です。それを言うなら土魔法から闇魔法が派生するのもおかしいですが、それはそれと言うことで」


「要はそこら辺は大雑把ってことだな? 分かった」


「長く生きているとはいえ、まだまだ知らないことは沢山ありますからね」



 サラン団長はそう言って、少し離れたところに影魔法と書き込む。



「君の影魔法がエクストラスキルに分類されているのもそこら辺に関係があると思いますよ。……それに、私は影魔法というものを今日初めて見ましたし」



 キラキラとした目が俺に向けられる。さながら、新しい発見をした科学者が実験用のモルモットに向ける視線だ。



「サラン団長の光魔法と合わせて森消滅させるようなスキル、物騒なんだけど」


「まあまあ、私としては使わないでほしいのが半面、どんどん使ってほしいのがもう半面ですかね」


「あっそ。それで、魔法に自我があるってどういう事だ?」



 その視線から逃れるように顔を背けて、本題を促した。

 サラン団長は手をポンッと打ち付けて、ペンを置く。



「今日、森を消滅させそうになった時、傍から見れば魔法が暴走しているようにしか見えなかったでしょう」


「実際暴走してたろ」


「まあそうなのですが、暴走する魔法と言うものは、すべからく発動した人に向かって暴走するものなのですよ」



 この世界の常識を出されると、俺は反論できなくなる。理由は簡単、知らないからだ。とても屈辱的だけどな。



「ところが、今日の君の魔法は君に危害を加えるどころか、自分の意思で森に向かったように見えた。これはジール君も同意見です」


「……ジール副団長が言ったならそうかもな」


「あ! 今私のガラスのハートに傷が入りましたよ!」


「ガラス?ああ、強化ガラスか」


「キョウカガラス? こ、今度聞かせてください!」



 知識欲に飢えた人ほど気持ち悪いものはない。

 俺は顔を近づけてくるサラン団長を押し戻した。



「で? もし俺の魔法に自我が宿ってたらどうなんだ?」


「そうですね、また暴走した時に周りに人がいた場合、巻き込まれるかもしれません。影魔法はそれ自体とても強力な魔法ですが、燃費とコントロールという点で致命的な問題点を抱えていますし」



 そして、おちゃらけた顔を引っ込めて真面目な顔を作り出した。この人の切り替えの速さは毎回敬服する。



「アキラ君、この魔法は私が許可を出した時か、周りに人がいないのを確認してから使用してください。完全にコントロール下に置いたとしても油断してはいけませんよ。……いいですね?」


「・・・分かった」




────




「右よーし、左よーし、上よーし、下よーし。……標的確認」



 影が早く早くとばかりに俺の命令を待っている。キメラが影から逃れようともがいているのが見えるが、自分の影から逃れることはできない。



「よし、いいぞ。“食い散らかせ”」



 影が、聞こえない歓喜の声を上げた。キメラの体を影が徐々に侵食していく。キメラが初めて恐怖の声を上げた。

 だが、影が止まることはない。あたかも血に飢えた悪魔のように、俺の指示通り、キメラを食い散らかしていく。あれだけ傷一つ付けられなかった皮膚に影がくい込み、キメラの体がバラバラに分解されていった。

 ボス部屋に血の匂いが充満する。吐き気のするような臭いなのだが、不思議と嫌ではなかった。

むしろ、小さい頃から常に嗅いでいたようにも感じる。痛みで遂に五感までおかしくなったのだろうか。

 元の形状が分からないほどバラバラにされたキメラの元から、満足した影が俺の足元まで戻ってくる。



「お疲れさん。ありがとうな」



 そう声をかけると、影は俺の足に猫のようにすり寄って、消えた。



「やっぱり影魔法とスキルなしは階層の間だけにしよう。……ボスは、きつい、かな」



 壁に背中を預けたまま、俺は意識を失った。流石に痛みが限界を越えていたようだ。




《マスターの損傷が許容値を越えました。『影魔法』を強制起動します。モード、“治癒”。マスターの魔力では不足することを確認。影魔法に保存された魔力から必要量を徴収します。……治癒完了。『影魔法』、起動停止》



 誰も聞く人のいない部屋で、機械的な音声が俺の口から出ていたのだが、それを知るものはいなかった。



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― 新着の感想 ―
影魔法ちゃん、サポートAIかな?従魔?(;^ω^)
[一言] 遅ればせながら読み始めました。 影魔法さんが可愛い…。(*ノωノ)
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