第231話 ~予言~ アメリア・ローズクォーツ目線
あけましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
アキラたち召喚者組が衝撃の事実のせいで沈痛な面持ちで解散後に部屋に篭ったり甲板に出たりと動いている間、私は空挺船の魔石へ魔力補充に来ていた。
おそらくまだ魔力は尽きてはいないだろうが、じっとしていたくない気分だったのだ。何か目的を持って動いていなければ自分自身が破裂しそうな、そんな感覚だった。もしかするとショックを受けていたアキラたちよりも落ち着きがなかったかもしれない。
アキラがどれだけ家に帰りたがっているのか私が一番よく知っていると自負している。ヨルよりも、それこそ同じ世界からきた勇者たちよりも。
アキラは家族のことをずっと心配していた。体の弱い母親と妹の二人を残して来たのだから仲が良い家族ならそれは当たり前のことなのだろうけれど。だからこそ、その望みに真っ向から反する禁忌について、いつアキラに言えばいいだろうかとヨルとこっそり話し合っていた。他の召喚者たちと同時に知らせるのが手間的にも動揺を抑えるのにも良いだろうと意見は合致したが、これまでちょうど良いタイミングがなく、ずるずるとここまできてしまった。だがラティスネイルの存在もあって思っていたような展開ではなかったが、考えていた通りに禁忌について勇者たちと同時に話すことができたし、結果的には上々だ。私とヨルが思ったように、無意識に勇者たちを庇護下に置いているアキラは『影魔法』こそ少し暴走したが、被害は椅子が少し動くだけだった。もし船内でアキラ一人に聞かせていたら最悪『影魔法』が船を丸ごと呑み込んでしまうかもしれないとヨルが言っていたし、正直私もその可能性は高いと思っていたのだ。
アキラの『影魔法』にはどうやら自我があるらしいとはアキラ本人から聞いていた。実際にアキラの命令に反して勝手に動いた『影魔法』をブルート迷宮で見たが、普通の魔法とはやはりどこか違う。エクストラスキルにあるためかと思ったが、そうではなく“魔法の中に人間がいる”ような人間くささをなぜか魔法から感じるのだ。そしてそばで見ている限りアキラの感情に『影魔法』が影響されているのは分かっている。実際、普通に魔物相手に『影魔法』を使用した場合とブルート迷宮で魔族相手に発動した『影魔法』は威力も効果範囲も大きく違っていた。技の練度が上がっているとこを含めても劇的な違いだ。
もしアキラが酷く心を乱して絶望した時、それを受けた『影魔法』がアキラの制御下から外れてしまった場合どうなるのか私にもヨルにもわからない。最悪、魔族領を北半分消し飛ばした初代勇者のようになってしまうのではないかと考えていた。もちろんアキラはそんなことを望んでいない。だからそれを避けるためにできる限りの行動するとヨルと決めていた。
そして今、最悪こそ避けることができたがアキラがショックを受けたこと、知っていてそれをどうすることもできなかったことがしこりのように私の心に残っている。
「アメリアー! あ、ここにいたんだ! 今いいー?」
ウジウジと考えながら魔石に魔力を限界まで貯め終えたあと、部屋を出ようとしたところにアマリリスを連れたラティスネイルが現れた。
私を探していたらしい。どうしたのか聞くと、せっかくまた会えたのだからどこかで女子会がしたいのだそうだ。一応ノアにも声をかけたけど損傷した船の修繕に忙しいと断られ、リアは見つけることができなかったそうだ。異世界召喚者の女子二人には流石に声をかけていなかった。
生憎とここは魔石が部屋の中央にあるだけの部屋なのでラティスネイルの要望でアメリアに与えられた部屋へ向かった。一応エルフ族の王女だからか、私は他のみんなが与えられた部屋よりも比較的大きい部屋を割り当てられている。とは言っても椅子は一つしかないので恐縮するアマリリスを宥めて全員でベッドに腰掛けた。
「そういえばラスティとアマリリスって見たことない組み合わせね」
見たことないというか、もしかしなくても初対面なのではないだろうか。人見知りなアマリリスがわずかな時間で一緒に行動するまでに懐くとはラティスネイルのコミュニケーション能力は凄まじい。是非とも見習いたいものだ。
「さっき初めましてしたんだけど、リリスたんって“大和の国”出身だからアメリアの神子について知ってることを教えてもらったらって思ってね! ノアに聞いたんだけどさっき神子に目覚めて職業についてもあんまり知らないんでしょ? あと単純に僕がアメリアやリリスたんとお話ししたかったってのもあるよ!」
「それは願ってもないことだし私も嬉しいけれど、リリスたんってもしかしてアマリリスのこと? いいの?」
最後の問いはもちろんアマリリスに向けてだ。
アマリリスはアキラの何も考えていない時と同じ顔をして頷いていた。これは特に問題ないしどうでもいいと思っている顔だ。
“大和の国”はアキラの世界で住んでいる国に似ているそうなので顔立ちもどこか同じように見える。これまでアキラのほとんど動かない表情を読んできたアメリアにとってアマリリスの心情を読むことなど容易い。
「む! 失礼な! ちゃんとリリスたんにはそう呼んでいいか初めましての後に聞いてるもんね〜! そうだ! アメリアもリリスたんのことそう呼んだら?」
相変わらずコロコロとよく変わる表情のラティスネイルは口を尖らせたかと思えば次の瞬間にはぱあっと顔を輝かせてそう言った。
確かに、“たん”はまだしも“リリス”と呼ぶのはいいかもしれない。
そっとアマリリスを窺った私の視線に気づいてか、アマリリスは先程と同じ表情で頷いた。
「私は呼び名に頓着しておりませんのでお好きにお呼びください。私が呼ばれたと分かっていればなんでも構いません」
その言葉にホッとして、遠慮なくリリスと呼ばせてもらうことにする。
親睦を深めた……ような気がする私たちにラティスネイルは満足げに頷いた。
「うんうん! じゃあ早速だけど、リリスたんって神アイテルと職業神子についてどこまで知ってるの?」
ざっくりとしたラティスネイルの質問にアマリリスは困った顔をしながら答えてくれる。
「ええと、どこまでが“大和の国”にしかないのかわかりませんので先程ノア様が仰っていた部分も踏まえて初期の初期から答えさせていただきますね」
そう前置きをして神アイテルについて神話を語っていく。
言い回しこそ違っているがつい先程までノアが語っていたものとそれほど変わらなかった。エルフ族領でも同じように教わるのでこれは全大陸共通とみていいだろう。
「と、ここまでは先程ノア様がおっしゃっていた神話と変わりありません。ですが、“大和の国”ではその続きのお話しがあるのです」
同じと思っていた神話に続きがあるとアマリリスは言った。
姿勢を正すアマリリスに私とラティスネイルも思わず背筋を伸ばす。
「その後初代神子よりとある予言が成されました。現代の神子とは違い、より神アイテルに近かった初代神子は“神降し”以外にも予言や星読みなどの様々なことができたそうで、それに従ってかつての人間は暦や時間などの概念を形成していったそうです。その時の予言の内容は、“五の真の勇者が二つの世界を救う。血で血を洗う戦のあと、災厄をもたらさんとする王は滅び世界は平和になるであろう”……です」
しんと静まり返った部屋にアマリリスの厳かな声が響いた。いつも陽気な笑顔を浮かべているラティスネイルも今回ばかりは険しい表情を浮かべている。
この世界ができてから数代に渡って勇者は居れど、異世界から召喚された真の勇者は片手で足りるほどしかいない。そしてついこの間人族領カンティネン大陸レイティス城で、この世界で五度目の異世界召喚が行われた。引きこもりのエルフ族領にも勇者についてだけは逐一情報が流れてきているため、自分の正確な年齢すら怪しいエルフ族もこればかりは数え間違いはしない。
“二つの世界”とは、おそらくこのモリガンとアキラたちの世界のことだろう。
そして、“災厄をもたらさんとする王”は禁忌を犯そうとしているらしいラティスネイルの父親、魔王である可能性が高い。
「この予言はおそらく魔王は知りません。だってこれを知っていればさきの戦いはより苛烈なものになっていたはずですから」
私とラティスネイルを見やった。彼女はそれどころじゃないのか、視線に気づいていてもこちらを見ることはない。
確かに、もし魔王がこの予言を知っていれば、五の勇者が乗っているこの船はたった一人の魔族ではなく魔族や魔物の軍に襲われたことだろう。
「どうしてそれをさっき言わなかったの? あ、いえ。言い難かったのはわかるけれど」
はじめこそ咎めるような口調になってしまったが、あまり前に出て発言するタイプではないアマリリスにとって口を挟むのは難しい空気だっただろうと思い直した。
「理由として、そもそも人族領では神話は実際にあったと信じられていない空想のお話です。平均寿命が百年もない“大和の国”ではどうしても神の存在よりも神を降ろすとされる神子の存在の方が大きく、知識として知っていても一部専門家以外でそれについて議論することはほとんどありませんから。最近は力が衰えた神子よりも発言力がある者も出てきていますし」
アマリリスの言葉に私は呆然としてしまった。
文化の違いというのだろうか。多分ジェネレーションギャップでもあるはずだ。エルフ族では神話の出来事は歴史として教えられるし、当時を生きていた人こそもういないがそれが記された書物はハイエルフが厳重に管理している。神話について議論もよくされていた。特に魔力が多く大きな魔法をバンバン撃てる魔族が神話の時代は一番弱かったという内容の議論ではよく盛り上がる。
神アイテルが眠っているとされる神聖樹があるか、神の声を届ける神子がいるかの違いだろう。そうなると、そのどちらもない獣人族領や“大和の国”と古くからギスギスしているレイティス国ではどのように言い伝えられているのだろうか。
「そう、か……そっか。なら仕方ないね」
考えを巡らせていると、ラティスネイルが不意にそう呟いた。
父親の破滅が予言されたとしては表情が明るい。
「そういえば聞きたかったのだけれど、ラスティはどうして父親を止めようと思ったの?」
ラティスネイルは伯父であるサランに育てられたと言っていた。父親だと知っていても父親への情はほとんどないに等しいのではないだろうか。
「僕はね、伯父さんがいた時もよくお父様にお母様のお話を聞いてたんだ。お父様がお母様について話すその顔が大好きでね。普段は王として厳格な顔をしていたのにお母様について話す時だけは本当に幸せそうな、大切な宝物を思い出すような顔をしていた。僕自身が心から愛する人がいないからかもしれないけれど、それが本当に羨ましかったし、尊いものだと思った」
眩しいものを見るように、虚空を見ながらラティスネイルは目を細めた。
「僕だってお母様を殺されたことに怒りがないわけじゃないんだ。それでも、お父様が禁忌を犯すことをお母様は望んでいないように思うから。だから僕はお父様を止めたい」
囁くように言った後、パッといつもの明るい表情に戻る。
「家族であっても、言葉を尽くしても分かり合えない時はあります。私たちはそれぞれ違う人間なのですから。時には拳で語り合うしか手段が残っていないこともあるでしょう。だとしても家族に拳をふるうのはとても勇気がいることです。ですから、あなたが父親を止めるために立ち上がったのは大変素晴らしいことだと私は思います」
いつも伏し目がちなアマリリスには珍しく、真っ直ぐにラティスネイルをみて言った。
確かに、キリカが暴走していた時、どれだけ言葉を尽くしても聞き入れられることはなかった。そうしていつしか諦めて行ったのだが、あの時もっと力で抵抗していれば違った結果になったのかもしれない。……いえ、それだとアキラに出会えなかったのだから、私はあれでよかったのだろう。
「あ、ありがとう!……ってちがーう! 僕のことじゃなくて、アメリアの職業についてだよ! リリスたん、よろしくね〜」
照れたように頬を掻いたラティスネイルは手をパタパタと振ってアマリリスに話すように促した。
「とは言われても、私は別に神子に近い家系でもありませんし、“大和の国”での一般的な常識としての知識しかありませんがよろしいですか?」
前提として言われた言葉に頷く。
神子の職業についてほとんど伝わっていないエルフ族のものよりは確実に詳しいだろう。
「ではまず、先ほどお話した初代神子様についてです」
私の表情を確認したアマリリスは神話の時と同じように空中に視線をやりながら話し始めた。




