第221話 〜剣〜 佐藤目線
時はワイバーンが空挺船前方を襲撃したところまで遡る。
「みんな衝撃に備えろ!!!!!!!!」
自爆特攻のようにこちらへ突っ込んでくる一体のワイバーンを視認した後、自分と夜だけでは完全に防ぐことができない攻撃だと判断した俺は船内へ向かって大声を張り上げた。晶たちは自分が警告しなくても瞬時に判断して行動するとは思ったが、それ以外の非戦闘員には必要だろうから。
突っ込んできたワイバーンが船の底の方へぶつかった瞬間、俺の足が船から離れた。船を襲った衝撃で体が跳ね上げられたのだ。他の人に警告するばかりで自分の備えを疎かにしていたのが原因だった。
『おい!! そっちに行ったぞ!!』
いくら夜さんがドラゴンに変身しても、元々毛皮しかなかった魔物よりも生来の翼竜種であるワイバーンの方が空中戦は優れている。魔王の側近だった時の意地で今も多くのワイバーンを引き付けているがそれでも取り逃がしてしまうのは仕方がない。
空中で攻撃への備えもないまま俺の方へワイバーンが一体迫っていた。
「っ!!」
空中で体を捻って口を開けて突っ込んできたワイバーンを咄嗟に抜いた剣で受け流した。が、その衝撃で着地点がずれ、船から投げ出される。
「しまった!!」
真下が海とはいえ、この高さから落ちればほとんどコンクリートに叩きつけられるのと同じだ。魔物と対峙するのとは違った死の恐怖に俺はざっと顔を青ざめた。息が詰まり、体の動きが停止する。
『固まるな馬鹿者!! 俺に掴まれ!!!!!』
引き付けていたワイバーンを無視して引き返してきた夜さんが落下している俺を背中で受け止めてくれた。叱咤され、咄嗟に背にある棘に掴まる。鋭い鱗で手の平が切れるが、死ぬよりはマシだとそのまま力を込めた。
「助かった!」
『フン、主殿であればあの程度の攻撃完璧にいなして着地していた』
こんな時でも夜の晶自慢は止まらない。だが、今回ばかりは口を挟まずに肯定しておいた。俺は反省して次に活かせる人間なのでもう同じ間違いはしない。
「そんなことより、これからどうする? これ以上船を攻撃されると船が落ちてしまうかもしれない」
今のままでもノアさんに怒られることは確実だ。先代勇者たちのセーフハウスで見た般若を背負うノアの姿が脳裏をよぎって背筋に冷や汗が流れた。先ほど海に落ちかけた時と同じくらいの恐怖だっただろうか。
『そうだな……。よし、俺がワイバーンの上まで飛ぶからお前が飛び降りて首を落としてこい』
軽く言われた言葉の意味を理解するのを一瞬脳が拒否した。
「は!?」
『いくぞ勇者!! 男を見せろ!!!』
言葉こそ激励しているが、口調は完全に面白がっているのが短い付き合いながらも分かる。
反応できない俺をよそに夜さんは船を離れて急上昇した。当然その背に乗っている俺も襲われる風に耐えるために今まで以上に夜の背にしがみつく。
『よし、行け!!!!』
「待て待て待て!!!!」
ドラゴンの姿の夜さんが器用にもその爪で俺の胴を掴んだと思うと、静止も聞かずワイバーンの方へぶん投げた。
「っと、っっはあっ!!!!!」
佐藤は押しつぶされそうな空気圧に耐えながら速度そのままにワイバーンの背に着地する。どこへ向くかもわからないその首を駆け上がり、見事伸びる首を両断した。
まるで豆腐でも切るかのようなその切れ味に持ち主である俺も驚く。以前はこれほど良く斬れなかった。やはりあの時先代勇者のリッターさんから聞いた言葉のおかげだろうか。
『己の武器を信じろ! 勇者が使う武器は全て聖なる武器と言ってもいい! その剣が長い間お前の聖剣と成っていないのはお前が自分の力と武器を信じていないからだ!』
話題があっちこっちに飛ぶ上にどうも熱血というか、説明が下手なのでクロウさんの軌道修正と解説込みでだが、まとめるとそのようなことを伝えてくれた。自分は旧友のクロウさんと長く話したかっただろうに、それでも時間を使って教えてくれた情報を無駄にするわけにはいかない。
以前セーフハウスでノアさんも俺の剣がまだ聖剣になっていないと言っていたが、リッターさんの言葉を合わせると自ずと意味がわかってくる。
意欲的に情報収集をしているわけではない俺たちでも自分の職業については何度か話を小耳に挟んだりしていた。特に人々の憧れの職業である勇者については多くの伝承や言い伝え、文書が残っているらしい。これまで俺たちのように異世界から召喚された勇者が俺たちの前に四名。それ以外にもそれぞれの大陸から途切れなく勇者が生まれている。その全ての人間が同じ武器を使うかと言われれば違うだろう。現に俺が会ったリッターさんも俺より体格が大きく、剣を扱うと言っても俺とは違う大きな物になるだろうから。
つまり勇者が代々持つ聖剣が存在するのではなく、一定期間勇者が持つ武器が聖剣となるのだ。俺たちの世界にはアーサー王伝説のように元々聖剣と呼ばれる剣の概念があるために勘違いをしていた。
俺が使っている剣はカンティネン迷宮で折れた後再びレイティス王女様から渡された物だ。長い間使用して手に馴染んでいたとはいえ、俺たちを洗脳していた王女から貰った物を心の底から信頼することができなかったのだろう。
一番最初にワイバーンが襲ってきた時、津田くんの危機に一瞬使えるようになったような気もしたが、その後一人になったときに試して見ても成功しなかった『聖剣術』もきちんと自分の物にしたい。
「今は前と違う。俺と一緒に戦ってくれ」
その瞬間、俺の見間違いかもしれないが、あの“死の森”で出したような強烈な光に良く似た瞬きが剣から発されたような気がした。
『なに物に話しかけているんだ。気味が悪いな』
力を失って落下していくワイバーンから再び俺を掴んだ夜さんがぼやくが、今の俺は機嫌が良いので聞こえないことにする。
『……良くやった。さ、次の獲物に向かうぞ』
無視した俺が気に入らなかったのか、そう言って再び俺を投げようとする夜さんには全力で抗議した。
俺たちがワイバーンと対峙していた間に後方を担当していたジールさんと上野さんと和木くんや、船の中で休息をとっていたアメリアさんとノアさんの班員たちが援護に出てきてくれているからこれ以上俺が投げられる必要はないだろう。
そんなことを強風に負けないように叫んで会話をしていると、突然夜さんが動きを止めた。
『アメリア嬢?』
他のみんなはワイバーンの迎撃に集中していておそらく空から見ている俺たちしかその異変に気づいていないだろう。
俺の目から見ても、アメリア王女の様子がどこかおかしかった。
俺たちと警備を交代する時はどこか不完全燃焼でピリピリしていたが、いつものアメリアさんだったというのに。この短時間にどうしたのだろうか。
「夜さん! 俺のことは船に投げてくれていいからあんたはアメリアさんの方へ行ってくれ!」
晶の姿がまだ見えない以上、晶の次に付き合いが長い夜さんが行った方がいいだろう。
あいつは一体どこで何をしているんだ。まさかこの騒音と揺れの中で寝たままというのはありえないし、アメリアさんが出てきている以上晶もどこかにいるはずなのだが。
『っ! お前に言われんでもそうするつもりだ!!』
そう言って遠慮なく俺を船に投げる夜さんは俺が無事着地したかも確認せずにアメリアさんの元へ向かった。
適当に放られ、幸運にも船前方の仲間たちが集まっている場所に着地する。
「っと、津田くん、あの魔物を集める技って今できる?」
「あ、う、うん! できるよ!」
近くにいた津田くんに頼んだ後、俺は剣を撫でた。
「今なら誰にも負けない気がするんだ」
予約掲載というのをしてみたくてしてみました!
今数話ストックがあるので初心に戻って一日一話頑張ってみます。(いつやる気が尽きるかは分かりません)