第217話 〜夜班〜 夜目線
半日が経ち、俺の班と主殿の班が警備を交代した。
すれ違いざまに軽く敵襲があったかなどの情報交換をしたのだが、どうやら主殿がいた前方、アメリア嬢がいた後方ともに敵は来なかったらしい。
「ワイバーンとか魔物の敵襲を覚悟していただけに肩透かしをくらった気分だが、嵐の前の静けさのような気もする。何かあったら遠慮なく呼んでくれよ」
主殿達の班は睡眠休憩に入るが、2人は不完全燃焼だったらしくしっかりと体を休めるように言わないとそのまま俺たちの班に加わるような勢いだった。流石にそれはやめてほしい。
『承知した。だから、主殿とアメリア嬢はしっかりと休んでいてくれ』
「そうですよ。この中で一番強い君たちが疲労で戦えなくなったら困りますから」
ジールと一緒に念を押すと、2人は渋々船内に入っていった。
これまでずっと戦闘続き警戒続きだったためか、あの2人は体を休めるという行為を苦手としているような気さえする。休める時に休んでおくことも学んでもらわなければ。
「さて、私たちも決めていたとおり分かれましょうか」
ジールの言葉に俺たちは頷いた。
前方に俺と勇者、後方に調教師のワキと解呪師のウエノ、騎士のジールに分かれると主殿たちが警戒を担当していた時間で決めておいた。
前方に戦力が固まりすぎているように見えるが、話し合いの結果これが一番合理的だと勇者が主張したのだ。確かに、もし前方に敵襲があっても必ず倒すことができ、後方に敵襲があれば俺が空を飛ぶ魔物に『変身』して援護に向かう手筈だ。俺が向かう間くらいの時間ならばジール1人で抑えられる。
「……」
『……』
問題は、俺と勇者の相性が良くないことくらいだろうか。主殿も勇者との相性が良くないそうだし、主従は似るものだとクロウが言っていた。
無言の時間が続く。
「……そういえば、魔族領ってどんな場所なんだ?」
沈黙が続くのが嫌なのか、痺れを切らした勇者の方から話をしてきた。
主殿と違ってレイティス城で情報を制限されてきた勇者たちは人族領と少しだけ滞在していた獣人族領のことしか知らないらしい。その上、この世界の子供が知っているような話も知らないときた。非戦闘員もいる中、生活をするのに精一杯だとしても、教えられないと何もできないのかこいつらは。
だがまあ、ぼーっと敵を待っているだけというのも時間がもったいない。雑談をしている方が情報を整理することができて良いかもしれない。
『どこからどこまで知っているか分からんからまずは基本的なことからだな。魔族領、ヴォルケーノは人間が住むのに向いてない場所だ。それはもちろん魔族も含む。火山が多いためそもそもの気温が高く、作物もあまり育たない。今でこそ魔法具や便利な魔法が多く普及したから魔族もそれなりに暮らしているが、昔は魔族ですら飢えて死んでいたほどだ。魔力が少ない人族や獣人族は今でもあっという間に死んでしまうだろうな』
懐かしの魔族領を思い浮かべながら語る。
『現在は地形が半分以下になってしまったが、かつては北の比較的火山が休眠している場所に大きな城と城下町があったそうだ』
現在の魔王城に飾ってある大きな絵画。上空から魔族領を見てそのまま切り取ってきたかのような精巧な絵はかつての魔族領の繁栄を表していた。
初代勇者が吹き飛ばさなければ今も発展し続け、四種族四大陸の中で最も栄えた都市になっていたことだろう。初代勇者、いや勇者さえいなければ魔王様が悲しまれることはなかっただろうに。
俺も今や主殿の従魔。魔王様の敵になるかもしれない身。魔王様を敬愛する心は失っていないとはいえそろそろ身の振りを考えなけらばならないだろう。
「どうして今は半分以下になったんだ?」
『……貴様、それを俺以外の魔族や魔王様に言ってくれるなよ』
本当に何も知らないらしい。これに関してはどの大陸にも勇者の伝説として伝わっているから少し話を聞けば教えてくれるだろうに。自分の職業に関わることくらいは調べておくべきでは無いのか?
ギロリと睨むと、勇者は少しばかり怯んだのか、半歩後ろに下がった。その反応を鼻で笑い、少しばかり気が済んだ俺は続きを話してやる。
『今でも詳しいことはわかっていないが、初代勇者の『限界突破』及び何らかの魔法で魔族領の北側半分が消滅したのだ。そこにいた魔族も物も何もかもが一瞬にして無くなった。だから、魔族にとって勇者とは災害の名だ。急にやってきては平穏だった我が領土を蹂躙し、我らが王を、魔王を殺そうとする。ちょうど獣人族領で俺が“アドレアの悪夢”という名の災害だったように。まあ俺と獣人族、お前と魔族では決定的な違いがあるがな』
俺が言っている内容を正しく理解した勇者はサッと顔を青ざめさせた。理解力はあるらしい。
獣人族は俺に敵わないことを本能的に悟っているからか、俺や主殿たちに手を出してくることはなかったし、俺の恐ろしさを言い伝えた。だが魔族とこの勇者は違う。現在の実力では勇者が魔族に勝つことはなく、魔族もそれがわかっているから勇者が力をつける前に殺しにくるだろう。それこそ非戦闘員を人質にとってでも。そして勇者側には何の言い伝えもなく、魔王や魔族のことは何も知らない。
他種族の人間たちは魔族を血も通っていない悪鬼か何かだと勘違いしているようだが、魔族にも家族はいるし同族に対する情もある。生きたいと思う気持ちだってある。ただの人間だ。
『職業は自分で選べないため仕方のない事だが、せいぜい簡単に殺されないように力をつけておくんだな』
俺は、ブラックキャットは、夜は正直勇者のことなどどうでも良いのだ。
ただ今の主とかつての主が出来れば敵対することなく各々の望みを叶えて欲しいだけ。そこには勇者のことなど入っていない。だから、勇者のことなどどうでも良いのだけれど、今の主が気にするかもしれないから、今の主が心を悩ますことがあってはならない、だから一つだけ忠告をする。
『特に、今代の魔王様は歴代魔王の中でも特に勇者のことを嫌っておられる。それに釣られて他の魔族達も殺意を募らせておる。聖剣も持っておらん、『限界突破』も自由に使えん勇者を殺すことなど赤子の手を捻るよりも容易い』
努努、気を抜くなよと歯を剥き出して脅した。
勇者が真剣な表情で頷くのと、船の上に影がさしたのはほとんど同時だった。
「敵襲!!!!!!!」
最初に襲ってきたワイバーンと同じ群れであろうワイバーンの群れが食料を求めて襲いかかってきた。もはやその瞳に理性はなく、あるのは目の前で動くもの全てを食べようとする欲だけ。
瞬きのうちに『変身』し、ドラゴンの姿をとる。
『ワイバーン! 魔王様によって造られた誇り高き翼龍でありながら欲に負けた愚か者が! この俺が喰らい尽くしてやるわ!!』
響き渡った空の王者の咆哮に一瞬だけ怯んだ姿を見せたものの、それでもワイバーン達は攻撃体制に入った。