第214話 ~晶班2~ アメリア・ローズクォーツ目線
アキラたちと別れて、私はリアと共に後方の警戒へ向かった。クロウも途中までは一緒だったが、船の中間あたりでフラフラとどこかへ行ってしまった。
獣人族の老化は突然一気に進むと言っていた。本当に、彼はもう長くはないのだろう。
私の種族であるハイエルフは世界的に見てもかなりの長寿であり、私自身も他の種族と比べると長く生きている。外見でいえばアキラとそう変わらないように見えるだろうが、それも今だけだ。エルフ族以外の種族と関わってしまうと否応なしに自分たちとの差を感じてしまう。
エルフ族領でも珍しいことだが人族や獣人族を見かけることはある。それは貿易だったり売り込みだったり様々だが、ふと気が付くと別の人間に代わっている。知り合った人間の子供や孫も見送ったなんて話も聞く。私自身も少しばかりだが知り合った人間を亡くしたことがある。また見知った顔を見送ることになるのかと少し憂鬱な気分になってしまった。
少しばかり歩くと船の後方部分に到着した。前方よりは広く、戦うのに十分なスペースがあるとはいえ、私の『重力魔法』は対象を加重させる魔法だ。海に落とすなら良いが、誤って船の上に落としてしまえばこの船ごと落ちかねない。慎重に扱わなければならないだろう。
アキラの偵察系スキルはおよそ船を覆えるほどの範囲はある。とはいえ、もし前方に魔物が現れて次に後方も襲われた場合、戦闘しながら索敵はアキラであっても難しいだろうから一応こちらでも警戒しておかなければならないだろう。リアの結界で船の後方周辺を囲ってもらったら私も存分に『重力魔法』を使えるかも。
そうつらつらと考えていると、ぽつりとこぼされたリアの言葉が私たちだけの静かな空間にやけに大きく響いた。
「私おかしいですよね。クロウ様の寿命がわずかなのはずっとわかっていたのに……」
リアはぎゅうっと自身の杖を握りしめて悲痛な顔をして俯いている。ウルクにいた頃のリアの溌溂とした表情は“死の森”に入ったあたりから鳴りを潜めていた。ウルクでのリアの表情はくるくると良く変わって面白かったのに。
「そうね。それはずっと前からわかっていたこと。それこそ、あなたが生まれる前にクロウの命は終わっていてもおかしくなかった。今クロウと話せている事が奇跡」
同じ獣人族でも、リアとクロウの歳の差はおよそ100歳以上。獣人族の寿命が100歳ほどだと考えたなら、クロウが胎児だった際にノアが飲んだ不老不死の薬の影響とはいえ、エルフ族にも匹敵するほどクロウは長く生きてきた。
空の上ではどれくらいの速さで進んでいるのか分からないけれど、先ほど見送った獣人族領はもう見えない。ただ広大な青い空と、青い海が見えるだけ。ワイバーンも他の魔物も居ないから、世界で一人っきりになってしまったような不思議な感覚になる。
森と共に生活するエルフ族がこれほどの青に囲まれたのはきっと私が世界で初めてだろう。
「アメリア様は怖くないんですか? アキラ様は人族です。きっとアメリア様よりも先に寿命を迎えることに……」
リアが言い切る前に私は一瞥して黙らせる。
体を震わせて口を噤んだリアを見て、思わずため息をついた。
「あなたと私は違う。私は、アキラと離れたくない。離れない為なら何だってする。アキラが自分の死を認めるのなら、私も死ぬ」
アキラと共に居られるのであれば世界を越えたって構わない。死んだって構わない。
エルフ族の次期女王はキリカが居るから私が居なくなっても王族として問題はない。
まあ、『蘇生魔法』を使ってでも死なせるつもりはないし、今のところ死ぬつもりはないけれど。
リアを見据える自分の眼差しが冷たいものになったことを自覚した。
「私、ずっと勘違いしてたみたい。リアはクロウと最期まで一緒にいるために王女であることをやめたんだと思ってた」
あなたの覚悟はそんなものだったの?
好きな人、愛している人と一緒に死ぬ覚悟すらなしにここまでついてきたの?
いつまでそうやってウジウジしているつもり?
一息でそこまで言うと、リアはポロポロと涙を流した。
「私は、私はクロウ様が死ぬ事が耐えられません! クロウ様には幸せになっていただきたい! 美味しいものを食べて、好きなことをして、日々に満足して生きていてほしい!」
「でもそれはクロウ本人が望んでいない。それに寿命はクロウ本人にもどうしようもない」
クロウはアキラに交換条件を持ちかけてまでグラムを殺したがった。自分でできなくなったからアキラに依頼した。
でもグラムが死んだ後、クロウはアキラに人を殺させてしまったことを後悔した。
人を殺させた事をアキラはクロウに対して何も思っていないのに、心の中ではアキラに懺悔し続けている。自分は罰されるべきだと思い込んでいる。
本当に、この二人は面倒だ。クロウとリアの二人だけこの船から落としたいくらい。でもそれはできないし、このままだと確実にアキラの迷惑になる。
「あなた達に足りないのは会話だと思う。クロウに幸せに生きて欲しいことを言った? 自分の素直な気持ちをクロウにぶつけた事はある? クロウのことが好きって、愛していると伝えた?」
「い、いえ。伝えたことはありません。でも……」
クロウもリアも、本当に言葉が足りない。
かつての私とキリカ、お父様と同じような間違いを犯そうとしている。
「とにかく、クロウに何を言いたいのか今考えて。そして次の休憩時間にぶつけて来なさい。機会は作ってあげるから。じゃないと、絶対に後悔することになる。……覚えておきなさい。クロウは今生きていること自体奇跡なの。明日冷たくなっていてもおかしくはないから」
ショックを受けたように顔を青ざめさせるリアを見て、思わず口をつぐんだ。
言い過ぎたかもしれない。でもこんなお節介、リアにしかしない。私にとってリアはアキラや夜とは違う意味での特別だから。
昔から“友達”という関係に憧れを持っていた。エルフ族領の王の娘という地位の前には同じエルフ族だとしても“友達”なんてなれない。憧れてはいたけれど同時に諦めてもいた。だけど、アキラや夜と出会い、リアと出会い、ラティスネイルと出会い、アマリリスと出会い、ハッキリ口にしたことはないけど、きっと“友達”というのはこういう関係のことなのだろうと感じた。
アキラや夜も大事だけど、リアも大事。後悔してほしくない。
「ごめんなさい、言い過ぎた。でも、間違ったことは言っていないと思う。あなたたちは話し合うべき」
謝罪しつつ、リアの顔をうかがう。
リアは少し考えたあと、ぐしぐしと乱暴に顔を拭ってから、自分の頬を両手で叩いた。
「ありがとうございます、アメリア様。おかげで目が覚めました。……そうですよね。こうしてクロウ様がまだ生きていることが奇跡。だからこそ、この時間を大切にしていただきたい。いえ、大切にしていただきます。なんとしてでも!」
リアの表情が久しぶりに戻った。尻尾もパタパタと興奮したように振られている。
「さて、アメリア様も一緒に考えていただけるんですよね!? 参考にしたいのでアメリア様とアキラ様の馴れ初めや告白したシーンなどを教えていただけます?」
キラキラと目を輝かせて身を乗り出すリアを見て、初めて失敗したと思った。どうして女の子って恋とかそれに関する話が好きなのだろう。私も他人事なら同じ反応をしただろうに、自分の性別はさておき、そう思わずにはいられなかった。リアが元気になったのはうれしいけれど、これは予想外だ。
元気よく響くリアのおねだりに屈しないためにも、ワイバーンでも何でもいいから襲ってこないかななんて考えながら私は青い空を見上げた。
生まれて初めてぎっくり腰というものになりました。
一日目は痛すぎて立ち上がるどころか四つん這いになるのも無理でしたが、今はだいぶマシです。
腰って本当に大事なんだなとしみじみと実感しました。
皆さまも腰は大事にした方が良いですよ。本当に。
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更新報告も同じ頻度でできたらいいなと思っております。
頑張ります。