第213話 ~晶班1~
「じゃあ、俺たちの班が最初に警戒を担当する。いいか?」
「ああ、頼んだぞ」
『主殿、アメリア嬢、しっかりな』
俺たちの班が警戒をしている間にノアの班が睡眠をとり、夜の班がもしもの援護に備える。半日ごとに交代する手筈だから、何事もなければ一日半で一周するだろう。
ノアと夜の班が船の中に入っていくのを見守って、俺たちも作戦会議を始める。
「俺とアメリアを前方と後方で分けた方がいいだろう。リアと細山はどちらか好きな方にそれぞれ行ってくれ。クロウはどうする?」
俺の言葉に、リアは少し悩んでアメリアの方へ、それを見た細山は俺の方に移動した。おそらく同じ勇者召喚者同士で話が合うのではというリアの配慮だと思う。まあ、俺と細山はほとんど接点がないから一緒になっても話すことはないだろうが。
黙って聞いていたクロウは気怠げに首を横に振った。
「俺は中間にいる。交戦状態になったとき援護する班を呼びにいく役も必要だろう。……まあ、俺に戦闘能力は期待するな」
クロウ本人が一番自身の寿命の限界を感じている。おそらく、もうほとんど戦うことはできないだろう。リアもそれを感じたのか、悲痛な表情をしていた。俺はアメリアと目線を交わす。アメリアが少し顎を下げて頷いた。リアのことはひとまずアメリアに任せよう。
「わかった。とりあえずこれでやってみよう。何か改善すべきところがあればその都度意見を出してくれ」
全員が頷いたのを確認して、俺と細山は船の前方に向かった。
船首に立って意識的に『気配察知』や『危機察知』などの索敵スキルの範囲を広げる。今の俺の最大索敵範囲まで広げると、すっぽりと船が覆われる範囲まで拡大することができた。ただ、思いの外集中力を削られる。もし両横や前後からの挟み撃ちなんて意識を割くような攻撃をされれば俺自身の防御がおろそかになってしまう可能性がある。迷宮でも“死の森”でも前後上下左右数十メートルを警戒する必要なんてなかったから標準の性能よりも鈍ってしまったのかもしれない。
ため息をつきながら、アメリアたちがいる後方を警戒範囲から外すかわりに他の警戒を上げるか、それとも自分の警戒は二の次に全体を見るべきか考えながら周囲を見回していると、ふと細山の装備が目に入った。
改めて正面から細山の装備をざっと見て首を傾げる。魔法を補助、強化するための杖は持っているが、刃物系の武器は持っているように見えない。
「確認したいんだが、細山は何か戦う武器はあるのか? 京介から森の中での活躍は少しだけ聞いているが、短剣とかの直接的に身を守る武器の方だ」
森の中で勇者たちが傷一つつけることができなかった魔物に単身で向かって行ったと聞いた時は驚いたが、ただ守られるだけであればここまで辿り着けていないだろうと納得もした。まあ、味方にも言わずに盾の内側から飛び出して行動したことは褒められたことではないが。それについてはすでに勇者に怒られたと京介が言っていた。
細山のステータスボードを見れば、高くはないが短剣のスキルがある。セーフハウスで料理をしていた姿を見ていたが、津田ほどではないが細山も包丁の扱いが上手かったのを覚えている。食べる専門のどこかの王女様とは違うなと感心したのだ。まあ、作られたご飯の大半が激辛味だったのはどうかと思うが。
俺の言葉に細山はハッとして懐に手を当てた。
「うん。一応短剣を持ってるよ。ノアさんに少しだけ鍛えられただけで実戦で使ったことはないんだけど。あとは魔法がちょっとだけ」
メインで使う杖があるからか、短剣は懐に仕舞い込んであったらしい。
「そうか。一応すぐに抜けるところに持っていてくれ。俺は津田みたいに誰かを守るのは苦手なんだ」
細山は素直に頷いて、しまい込んでいた短剣をスカートのような装束の間にぐいっと差し込んだ。
細山の短剣はそれほど良い物に見えないため、あのワイバーンの外皮に傷をつけることができるか怪しいところではあるが、ないよりはましだろう。休息時間に勇者たちの武器についてクロウに相談してみようか。
「ふふ。織田くんとこうして一緒に話す機会があるなんて思いもしなかったなぁ」
今のところ敵影もない広大な空を眺めていると、細山がそう言って楽しそうに笑った。おそらく召喚される前の学校生活を思い出しての言葉だろう。
「……それもそうだな」
もしこうして召喚されていなければ、俺は細山の名前を呼ぶことも話しかけることもなかったのだろう。京介以外の他の連中にも同じことが言える。
「私、織田くんにずっと聞きたいことがあったんだ」
視線は空を向いたまま、不意に細山が言った。
「どうして司くんの名前を呼んであげないの? 元々私たちクラスメイトの名前すら覚えていなかったのは前から知ってたけど、こっちに来てからこうして私の名前も津田くんたちの名前も覚えて呼んでいるのに司くんだけは絶対に呼ばないよね。……あ、特に文句があるわけじゃないんだ。ただ単純に疑問で」
どうしてかな? と問いかけてくる細山に俺も首を傾げた。
今の今まで気にしたことがなかったが、そういえば勇者の名前を呼んだことがない気がする。どうしてなのだろうか。どうしてか、勇者の名前だけは呼ぼうと思えないのだ。佐藤司という名前自体を忘れたわけではないのに。
「……俺もわからない」
ざっと自分の中の心当たりを探してみたが、思い当たることは何もない。自分でも無意識に勇者の名前を呼んでいなかったらしい。
「そうなんだ。まあ、司くんも気にしてないとは思うけどね」
私が気になっちゃって、と細山は笑った。
「細山は人のことを良く見ているんだな」
今度は俺の方から話を広げてみた。魔物が来なければ退屈な半日を過ごすことになる。話し相手がいるのなら暇つぶしにもなるだろう。
俺が会話を続けたのが意外だったのか、細山は目を少し見張ったあと、照れたように頬をかいた。
「うーん。自慢できるものでもないよ。気味悪がられることもあるし、私が思っているのと全然違う事考えてる人もいるから」
俺はふうんと、クラスの中心にいる細山でも苦労したことがあるんだなと学校での細山のキャラクターを思い出しながら相槌を打った。
感想にあったので、近いうちに勇者メンバーやノアのステータスを小説内で書きますねー。
自分で思ってたよりも勇者メンバーのステータスを書いてなくて驚きました。