第20話 〜罠〜
後半、少しグロテスクなシーンが入ります。
一応表現を和らげてはいますが、苦手な方はご遠慮ください。
王女の部屋で勇者の呪いを解いたあと、俺はそのまま水晶を抱えてサラン団長の自室に忍び込んだ。
「おやアキラ君、早かったですね」
完全に気配を消して死角をとったはずなのに察知され、暗殺者としてのプライドが傷付く。憮然とした表情で机の前に回り込んで、水晶を机にゴトリと置くと、サラン団長はやっと顔を上げて俺を見た。
「そんな顔をしないでくださいよ。今日はジール君にはお休みを言ってますし、来るのは君くらいなものですから」
「そうじゃない。気配察知された事に釈然としないんだよ」
「それはそれは、君と私の仲ではないですか」
「キモイ」
一刀両断すると、サラン団長は机に突っ伏した。だが立ち直りも早く、すぐに目の前の水晶を手に取る。そして、目を険しくさせた。
「これは……」
「ん? まだ呪いは消えてないか?」
「呪いは消滅しています。ただ、この水晶に見覚えがありまして……」
ぐっと眉間にシワを寄せて水晶を睨みつけるサラン団長の瞳は、激しい怒りと憎しみが宿っているように見えた。いつも笑みを浮かべているサラン団長には珍しい、初めて見る、サラン団長の表情だ。
「……どこで見たのか聞いていいか?」
俺が言うと、サラン団長はスッと険しい顔を消して、いつもの微笑み顔に戻った。でも、その表情は少し歪んでいる。無理矢理笑っているようだった。
「いえ、少し時間をください。明日には話せると思います」
「……分かった」
「ではいつも通り、君の質問に答えるとしましょう」
いつも通りと言いながら、いつもは冷静沈着のサラン団長の瞳がずっと揺れていた。
「いや、いい。今日のところは疲れたから早く休むよ」
「そうですか。……では、おやすみなさい。」
「お休み」
俺はわけもなく、窓から外に出た。もはや癖なのかもしれない。
「……ジール副団長に聞いたら……いや、詮索しない方がいいのか?」
団長のあの顔、詮索されて欲しくないようだった。人間関係であまり悩んだことのない俺はどうするのが最善なのか、分からなかった。
「……寝よう」
明日になれば全てわかるはずだと、そう思って現実から逃げた俺は、翌日地獄を見ることになった。
あの時、やはり王様と王女は殺すべきだったのだ。
「晶! 晶起きろ!!」
激しく揺さぶられて目を覚ますと、久しぶりに正気な勇者がいた。
「なんだよ。……ってか、なんでこの部屋が分かった?」
「ジールさんに聞いた。それより、サランさんが大変なんだ!早く準備しろ!」
焦った表情の中にただならない色を見た俺は、渋々言う通りに支度をした。黒装束に着替え、首に黒布を巻付けて、〝夜刀神〟を腰のあたりに装備する。廊下に出ると、着替える時に部屋を出ていた勇者が、早く早くと急かした。昨日まで寝込んでたやつが、こんなに動いていいのか。
勇者に急かされるまま中庭に向かうと、クラスメイト達は全員集まっていた。
王様と王女もいる。サラン団長だけ、いなかった。
「ジール副団長、サラン団長は?」
ジール副団長に聞くと、ジール副団長は悲しそうに目を伏せた。サラン団長に何かあったのか。
「白々しい嘘をつくなよ」
後ろから、突然そう声をかけられる。振り返ると、元の世界にいた頃から俺に突っかかって来ていたクラスメイトが悪意のこもった目で俺を睨みつけていた。
「は?」
「サランさんは、そこにいる。」
思わず雑魚のつけてきた、くだらない因縁に引っかかりそうになったが、勇者の視線を辿って絶句する。
サラン団長が、そこに居た。王様の足元に横たわっている。胸元はどす黒い色に染まっていて、その中心から銀色の短剣が生えていた。
明らかに、死んでいる。
「あれは、お前が使っていた短剣だろ? お前が殺したんだ。人殺し」
クラスメイト達が、俺を睨みつけている。勇者だけが、俺に縋るような視線を向けていた。
「……なるほど、罠にかけられたってわけか。」
そう呟いて王様と王女を見る。二人は表面上、悲しそうな表情をしてはいたが、その瞳は爛々と喜びに輝いていた。
「なあ晶、もし違うのなら違うと言ってくれ。」
勇者がそう言って俺を見るが、俺はサラン団長を見つめたまま、勇者を見ることはなかった。
正直、勇者を含めて、クラスメイト達にどう思われていようが、どう見られていようが気にもならない。ただ、日本で勉学に励んでいた学生なのに、記憶力がとても残念だとは思う。こいつらは俺がミノタウロスを斬りつけたときに短剣が粉々に砕けたのを見ていなかったのか?
「なんとか言えよ!」
正義面したクラスメイトが俺を怒鳴りつける。俺はただため息をついた。
「迷宮で助けてやったのにこれか。ほとほと、お前らには愛想が尽きるよ」
「うるせえ! この世界に来る前から、お前のことは気に食わなかったんだ。それに、どうせ迷宮の時もズルしたに決まってる」
はなから決めつけるクラスメイトに、俺は話す時間が勿体ないと、サラン団長の遺体に近づいた。
王様と王女は止めることなく、俺の言動をただ見守る。
サラン団長の顔は、苦悶に歪んでいた。胸の奥がザワつく。この感情は怒りだろうか。
俺は少しの間黙祷を捧げて、その遺体からナイフを抜きとった。赤い液体が体から溢れる。その体は既に冷たくなっていた。
その様子にクラスメイトは悲鳴をあげる。俺は立ち上がって王様を睨みつけた。
「俺が邪魔なんだろ? すぐに出ていくから安心しろよ」
「何を言っている? 君を逃がすつもりはない」
「逃がしませんよ。我が国の最後の砦を殺した大罪、いくら勇者様一行の方でも償っていただきます」
その言葉が合図だった。騎士団ではない、城の衛兵が俺を囲んだ。クラスメイトもその輪に加わる。ジール副団長だけ、遠く離れたところから俺に何かを訴えかけていた。
「捕らえよ」
王様の号令に従って輪がどんどん小さくなってきた。
「……雑魚がどれだけ集まっても雑魚なことをいい加減気づけよ」
俺はそう呟いて気配隠蔽を発動した。一瞬のうちに視界から俺の姿が消えて、人間輪っかは戸惑った声を上げる。そういや、人前で堂々と気配を消すのは初めてだったかもしれない。
彼らの頭上を飛び越えてジール副団長に近づく。ジール副団長は俺がこちらに来ることが分かっていたのか、視線をさ迷わせながら、言いたかったことを小声で言った。
「サラン団長を殺したのは王様の暗殺部隊、〝夜鴉〟です。君も狙われています。気をつけて。それと、サラン団長の部屋に君あての手紙がありました。城の宝庫からサラン団長が盗んできた、旅に必要な物も一緒です。……早く、城から脱出してください」
「……分かった。ジール副団長も、お元気で」
ジール副団長が薄く微笑むのを見て、俺は気配を消したまま城の屋根に飛び乗った。中庭では、俺を探して衛兵が走り回っている。
クラスメイトは俺を逃がしたことに悔しげな顔をし、勇者は皆にバレないようにほっと息をついている。
俺はサラン団長の部屋に忍び込み、必要なものを片っ端から引っ掴んで、城から出た。
サラン団長が死んだことは計算外だったが、ここまでは計算のうちだ。サラン団長に俺が城から出る手引きをしてくれるように頼んでいた。
俺はサラン団長を殺していない。クラスメイトに何を言われようが、その事実は変わらないのだ。仇は必ず討つ。
だが、その前にしなければならない事がある。
サラン団長の優しい笑顔を思い出して歪んだ視界を乱暴に拭い、俺は迷宮遠征で通った道を全力で疾走した。
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