第200話 ~オーガンの内臓1~
200話まで続いて私が一番驚いている自信があります。
「さて、次の材料はなんだ?」
流石に両手で抱える程大きな角を数本持ちながらでは戦えないため、一旦拠点に帰って立て直すことになった。
道中魔物に出会うアクシデントがあったが、この森の中では仕方のないことだろう。
むしろ、俺たちの存在が森の生態系を崩していてもなんら不思議ではない。
夕食を全員そろって食べるための広めのテーブルにはいつぞや見たジールさん特製の森の周辺地図が広げられていた。
京介がノアから渡された、必要な材料リストを読み上げる。
「次はオーガンの内臓と書いてあるな。内臓ってことはどの臓器でもいいのか?」
俺は顔を出入口付近に向けた。
そこには気配をわざと断ったノアが壁にもたれかかって腕を組んでいる。
拠点に常駐しているノアは首を振った。
「いや、お前らの世界での内臓がどれのことを言うのかは知らんが、ここでいう内臓とは魔石のことだ」
多くの魔物は魔石がないと存在すらできんからなと、ノアはくつくつと嗤った。
確かに、迷宮でも完全に倒していないのに魔石を抜くと死んだ魔物がいた気がする。
そのときはたまたま魔石を抜いたタイミングと死んだタイミングが合っただけかと思っていたが、どうやら違っていたらしい。
「つまりはこのオーガンっていう魔物は大陸を渡る主力たり得るということか?」
京介が顔をしかめながら聞く。
確かに、紙には『オーガンの内臓一つ』としか書かれていない。
一つで足りるのだろうか。
別の扉からアマリリスとアメリアが入ってきた。
二人は穏やかに会話をしている。
どうやらお互いに気が合ったらしい。
アマリリスがエルフ族の攫われていた人たちと一緒にいたこと、わずかながらに与えられる薬草などを駆使して怪我や病気を治していたことを聞くとアメリアは感激し、とても感謝していたことから相性が悪いとは思わなかったが、仲が良いに越したことはないだろう。
「オーガンの内臓、つまり魔石はこの世界で一番大きな魔石だといわれている。ただ一つだけ欠点があってな」
ノアはそこで言葉を切った。
「オーガンはこの森の中を絶えず移動している。その動きをとらえるのは至難の業だろうな。私でさえまだ一度しか出会ったことがない」
そう言ってノアは隣の部屋に行き、大きな何かを抱えて戻ってきた。
確かあの部屋はノアが物置にしているのではなかっただろうか。
「それは……魔石、なのか?」
信じられないといった顔で勇者が呟く。
俺も目を見開いてそれを見上げた。
俺の身長を超える大きさの魔石をノアは地面にそっと置く。
「これが私が唯一所有しているオーガンの内臓だ。ただし手に入れたのはかなり前なので、この魔石では大陸を渡ることはできん」
これでも小さ目だというノアに、俺はなるほどなと納得した。
この大きさの魔石であれば大陸を渡ることができるかもしれない。
「問題は常に移動しているというとこだな」
一つのところにとどまっていないというのは、見つけるのに骨が折れそうだ。
だが、このメンバーで手分けして探すというのはこの森の中に住んでいる魔物を考えると厳しいだろう。
かといって闇雲に探しても見つからないというのは分かる。
どうしたものかと頭を悩ませているとき、すすっと誰かが寄ってくる気配がした。
顔を上げると、アマリリスが俺の手を凝視している。
「ど、どうかしたか?」
そういえばリアやアメリアと話している姿をよく見るが、俺自身がアマリリスとあまり話していなかったことに今気付く。
これは一体何がしたいのだろうか。
あの寒い場所からアマリリスを連れ出した後、アメリアたちと合流する前に俺はアマリリスに、俺たちについてくるかどうかを聞いた。
あの場所に残ると言ったのはアマリリスの意志だったが、それを俺のエゴで連れ去ったのだ。
俺はアマリリスを含む全員を助けたかった。
アマリリスは“強化薬”を作ってしまった償いをしなければならないと言う。
ならばと俺は選択肢を増やした。
生き恥を晒すか、死ぬか、そして俺たちについてきて、“強化薬”の解毒薬を開発するか。
それを聞いたアマリリスは、少し悩んだあと、あの牢屋の中で死ぬと決心したときと同じ強い光を浮かべた瞳で必ず解毒薬を作ると言った。
幸運にも、材料で必要な薬草が獣人族領の中でも魔族領に近いこの森の中のある場所に生えているらしく、夜がそれを採りに行ったのだ。
そのやり取り以来、日常的な事務会話しか話していないし、それ以上にクロウの様子などで注視している暇がなかった。
「あ、すいません。この指輪はどこで手に入れられたのですか?」
顔を上げたアマリリスが俺のつけていた指輪を指す。
アメリアがつけた指の輪ではなく、右手の人差し指にあるクロウがアメリア奪還のときに渡してきた指輪の方だ。
いつもはつけている手袋と手甲は室内では外すようにしているため、両方の指輪と手の甲にある夜との契約紋は晒されている。
アメリアと夜の印はともかく、クロウがくれた指輪もあれからずっとつけっぱなしにしているのでつけているという実感がなかった。
「これはクロウがくれたやつだな」
これがどうかしたのかと聞くと、アマリリスは瞳に少しばかり魔力を集めてまた指輪を凝視する。
「これは素晴らしい魔法具ですね。これならば先ほどのお話は全て解決してしまうのでは?」
そういわれて、俺もその指輪を見た。
これをくれた時、クロウは何を言っていただろうか。
「おお!それは確か“失せものの指輪”か」
アマリリスと同じ距離に来て指輪を観察したノアが声を上げる。
というか、二人とも近い。
「近い」
アメリアが俺の心の声を代弁してくれたように、間に入って二人を離してくれた。
二人は離れてくれたが、その目は俺の指輪に固定されている。
こわいこわい。
「確か、装着者が望んだものの在り処を示すんだったか」
俺は目を閉じ、ノアが持ってきたような大きな魔石が必要だと願った。
強く、願う。
「おお!どうやら正常に作動しているようだな!」
ノアのわくわくしたような声に目を開けると、あの時のように赤い光が指輪から壁に向かって出ていた。
どうやらオーガンに向かって続いているらしい。
ノアが言っていたように常に移動しているのか、光が少しずつ動いている。
図らずもクロウのおかげで問題が解決したらしい。