第193話 ~方法~
ここにたどり着いて、これまでの傷を癒し、体力が完全に回復するのに三日を要した。
こう言っては癪だが、この森の中はカンティネン迷宮の下層ほどの警戒が必要だったのだ。
魔物が魔族領に近づくほど強くなるというのは本当のことなのだろうな。
六人掛けの席に、クロウ邸の時とそっくりそのままの席で俺たちは座った。
この家の主であるはずのノアはクロウの後ろに立ち、初めて勇者たちに会ったアマリリスとリアは自己紹介をした後俺たちの後ろに立っている。
もっとも、アマリリスは体半分ほどリアの後ろに隠れているが。
ノアは、クロウを“愚息”と呼んでいるくせにちょくちょくクロウを大切にしているような動作が見える。
なんだかよくわからない人だな。
「で、魔族領への経路は今あるのか?」
俺は片肘を机について、クロウとその後ろに立つノアに問う。
先代勇者が使っていたという魔族領へ通じるルートが、何十年も経った今も使えるとは思っていない。
昨日と今日の二日を使って経路の確認に向かったクロウとノアの顔色は案の定、よろしくなかった。
「昨日と今日確認してきたところ、私が把握していた魔族領への抜け道の悉くが、落盤や浸水などによる要因で潰されていた」
クロウの言葉に勇者たちも顔を曇らせる。
さらにクロウの悪い知らせは続いた。
「海はもちろん海中に生息する魔物によって船さえ使えない。さらに、抜け道を塞いだのはただの天災ではないことが分かっている」
「……つまりはどういう事なんだよ」
答えを知りたがる和田が自身の頭にじゃれついている猫と猿に一切反応を見せずに顔をしかめる。
「つまり魔族、それも一見天災と見間違えるほどの激しいものを人為的に起こすことができるほどの実力をもつ、魔族の中でもかなり強い人間がわざとやったということだ」
魔族領のやつらにこちらの動きを読まれているわけだ。
律儀に地図に示された道を一本一本指さしながらクロウが言う。
ご丁寧に一つずつ潰されたらしい。
その様子をぼんやりと眺めながら、ブルート迷宮で出会ったマヒロとアウルムの顔が浮かんでは消えた。
「ここからエルフ族領、人族領へ通じる道は塞がず、きれいに魔族領に通じる道だけを塞いだ、か」
そう、先代勇者は驚くことに、この拠点から獣人族、魔族以外の領土への地下路を作り上げていた。
一番近い魔族領だけならともかく、その他までの道を用意していたとは。
先代勇者、かなり用心深すぎる。
別にその当時はまだ人族やエルフ族との仲は険悪ではなかったにも関わらずだ。
先代勇者の行動をその目で見ていたクロウは、先代勇者に一目置いていたようだったけど、本当はどうなんだろうか。
「塞がれた道を再び通れるようにするのは?」
勇者が手を上げて発言をする。
その言葉にクロウ達親子は首を横に振った。
「だめだ。どれか一つでも瓦礫を動かせば完全に崩落するようにどれも危険な状態を保っている」
正直、いつ崩れるかわからないと、ノアは話をくくった。
十人以上の人数がいるにもかかわらず、部屋は沈黙に包まれた。
「地下も海もだめ、か」
勇者が落胆したように呟く。
その気持ちもわからんでもないが、俺はただじっとノアを見つめた。
視界の端でアメリアが俺と同じ動作をしている。
「……何か意見があるのなら口で話せ」
二対の瞳で見つめられたノアが根負けし、ため息をつきながらそう言った。
俺とアメリアは顔を見合わせ、俺が口を開く。
「……空ならどうだ?」
俺の一言に、勇者が瞳を輝かせ、手を叩く。
「なるほどな!地がだめなら空か!」
飛行機などになじみがある召喚者たちは途端に顔を輝かせるが、生粋のこの世界の住民は違う。
首を傾げる彼らに勇者が人を乗せて空を飛ぶ原理を説明し始めた。
生憎だが、俺には勇者の言っていることすら何を言っているのかわからない。
飛行機で飛ぶということに慣れきっている現代人の弊害かな。
空気抵抗やら、助走の距離や離陸の速度なんかの話になれば本当に日本語かと疑う程度にはわからない。
現代人の弊害というよりも俺が根っからの文系なだけかもしれないが。
とはいえ、クロウは俺と同じように目を遠くにやり、逆にノアは嬉々として勇者に質問を投げかけていた。
親子でもここまで違うのか。
「なるほどな。理論上は確かに空の飛行は可能だ」
ついには勇者でさえ答えることができない問いを投げかけ、答えに詰まった勇者に満足そうに頷いたノアはそう言った。
勇者とノアの会話が分からない者たちはそろって視線をあらぬ方へ向けていた。
俺もだが、京介なんて目を閉じて完全に拒絶している。
「俺はあくまで知識を齧った程度で、専門的なことは何一つ分かりませんから!」
どこか責任を放棄するような声音で勇者がプイっと顔を逸らす。
「で、空ならいけると思った要因が私にある。そうだな、アメリア・ローズクォーツ、アキラ・オダ」
鞭で打たれたように、俺とアメリアの背筋が伸びた。
俺とアメリアはノアのステータスの同じ部分を見てゆっくりと頷いた。
これならば、どうにか空から向かえるかもしれない。