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第192話 ~聖剣~ 佐藤司目線

遅くなりまして申し訳ございません!



「一つ、話しておきたいことがある」



晶が到着してからというもの、ノアさんはそれまでの人間サンドバッグのような稽古をしなくなった。

晶が言った言葉が彼女の琴線に触れたのか、それとも初めから俺たちで遊んでいたのか。

なんにせよ、俺は人の心情を読み解くということが苦手だ。

世界中の人間が実直な思考回路をしていれば、もっとことは単純だろうに。


晶が到着した翌日、日がポカポカとあたって眠気を誘う窓の拭き掃除をしていた俺の前に、周りに人がいないのを見計らって現れたノアさんは、真剣な顔でそう言った。

昨日までのことを思い出して思わず身構えてしまったが、そういえば彼女は俺たちがしっかりと構えていないうちには攻撃をしてこなかったことを思い出した。

今思うと、彼女なりに俺たちを鍛えようとしてくれていたのかもしれない。

やり方は本当に無茶苦茶だったが。



「……話したいこととは何でしょうか」



窓を拭くために絞っていた雑巾をバケツに投げ入れ、立ち上がって自分よりもさらに低い身長の彼女を見下ろす。

彼女は俺の腰のあたりをぼんやりと見ながら、人気がない方へ俺を押しやった。

俺の腰のあたり、正確には俺が腰に下げている剣を見ている。



「この剣が何か?」



聖剣であると言って渡された、おそらく偽物のただ頑丈であるだけの剣。

これまでの旅路でこの剣に助けられたことは数知れず、もはや俺の一部であると言っても過言ではないほどの剣。

だからこそ、この剣が聖剣ではないことが口惜しい。

あれだけ練習しても習得できなかった『聖剣術』を、あの時だけ放つことができたあの技をこの剣でうつことができたらどれほど幸せだろうかと夢に見るまで悩んだ。



「その剣、まだ聖剣になっていないのか」



“まだ”と、彼女は言っただろうか。

俺は無意識のうちに柄に手を添えた。

今にも抜刀できる俺の状態にも動揺せず、口元を指でなぞりながら彼女は言う。



「勇者の剣は代々受け継がれるような容易な存在ではない。一部の人間には“聖剣”とは一つの剣を勇者の剣であると言い伝えられているが、それは誤りだ。勇者の剣は決して受け継がれるものではない。たった一人、“勇者”という職業の者が手にする武器が、武器自身が己を大切にしてくれる勇者にのみ力を与えてくれる。それが“聖剣”だ。まあ、剣の形をしていない物もあるが」



そうでないと、体格の大きい者と小柄な者の持つ武器が同じものになってしまうだろう?と、当たり前のようにそう言うノアさんに、俺はただ目を見開いた。

俺は無意識のうちに、“勇者の剣”というものはアーサー王伝説よろしく、たった一人の人間だけにしか抜けないようなそんな剣をイメージしてしまっていた。

そういえば迷宮で今まで使っていた剣が折れ、この剣を渡されたときにどこかしっくりくるような感覚を抱いていたような気がする。

それも、俺がこの剣を“聖剣ではない”と感じてしまってからは逆に違和感だけを覚えていた。

俺は剣の握り慣れた柄をなぞりながら目の前のノアさんを見た。



「……それは、確かですか?」



確かに本当のことだとしても、俺は疑わずにいられない。

この人が俺たちの中で一番の新参者であると同時に、晶たちと非戦闘員以外が遠慮なくフルボッコにされたからこそ信用ならないというのもある。

今でこそ何かを伝えるそぶりこそ見せるが、本心ではどう考えているかわからない。

俺はマリで、気弱そうな人が豹変した例を見ている。



「……そうだな。私を疑うのがお前たちの一番の道だろう。私もそれが本当であるかは分らない。何せ勇者というのは人生で一度見れれば幸運にあたる人間だ。私でさえ、長い間生きてきたがいまだ二人しかお目にかかっていない」



言外に疑われたにも関わらずノアさんは愉快そうに笑い、ゆっくりと建物の方へ足を向けた。



「だとしても、先人の知恵は伝えるべきだろう。“勇者の剣を目覚めさせるには、勇者自身の経験値と心”。この言葉は先代勇者の言葉だ。信じなくてもいいが、心の隅にはとどめておけ」



そう言ってノアさんの姿が建物の陰に隠れた。

もしかして、今のは助言だったのだろうか。

ノアさんと戦っている間も、俺はあの時一度だけ使うことができた『聖剣術』をどうやって使うか考えていた。

一度は剣の違いで諦めかけた『聖剣術』だったが、もしも剣が要因でなかったのなら、俺の心のせいだったのだろう。

ここまで過酷な旅路だったが、この相棒はどんなに無茶な攻撃をしても折れることはなかった。



「……もしかして、お前はもう俺を認めてくれていたのかもな」



鞘から剣を抜き、異世界であろうが平等に人間を照らす太陽に剣を当てる。


一瞬だけ、俺の言葉に応えるように剣が光ったような気がした。



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