第190話 ~家族の在り方~ マリア・ローズ・レイティス目線
いつからこの城はこんな空気になったのだろうか。
「マリア様、お食事の用意が出来ました」
侍女の言葉に頷き、その後ろについて食事をする部屋に向かう。
その道すがら、城で働いている者たちに混ざって、勇者召喚で呼び出した私と同じ年頃の少年少女が私に頭を下げていた。
それを一瞥し、その前を通り過ぎる。
王は――父は、邪魔な勇者と暗殺者を城から追い出すように画策し、それ以外の勇者召喚者たちには興味を向けていなかった。
父にとって、脅威であったのはサラン・ミスレイと勇者、そして私たちの目をかいくぐって生活していた暗殺者だけだったのだろう。
はじめは洗脳の呪いを使って操り人形に仕立て上げようとしていた勇者を、サラン・ミスレイの暗殺の目途が立ち、迷宮で一度呪いを解かれてからは追い出すことにしたのだ。
暗殺者にサラン・ミスレイの殺害の濡れ衣を着せるようにしたのも、ここへ戻って来れないようにするため。
勇者以外の六人が洗脳の呪いを解いて逃げ出してしまったのは誤算だったが、その中に解呪師がいたのは幸いだった。
彼女の職業が分かってから、彼女だけには専属の教師をつけることすらせず、何も学べないようにしていたにも関わらず、迷宮では勇者の呪いを一時的に解いてしまった。
やはり種族が"人間"と"人族"では同じ姿をしていても根本は違っているのだろう。
時々洗脳の呪いが解かれていたがまあ、彼女ももう用済みだ。
サラン・ミスレイが気にかけるような仕草をしているから警戒していたが、彼女はサラン・ミスレイと話したことがあることを覚えていないだろう。
自分の罪さえも。
その他の勇者召喚者は私の魔法によって洗脳され、生まれた時からここで働いていたように記憶を改竄されている。
それ以外の侍女たちはもちろんすべてを知っているが、私が口止めをしているため何も言わない。
だけど、誰もがこう思っているはずだ。
"こんなこと、ずっと続くわけがない"と。
誰もが王と私の所業に納得しているわけではない。
実際、騎士団を解散させたあと、副団長だったジール・アスティを筆頭に実力者たちは城を出て行った。
最近は貴族の一部が不穏な動きをしているという情報も入ってきている。
ああ、私はいつまでこんなことを続ければいいのだろう。
「どうしたソフィア、食事が口に合わないか?」
「……いえ。いつも通り、おいしいですわ。あなた」
味のしない食べ物を無理やり嚥下し、口角を上げる。
父は私には向けたことのない愛情のこもった瞳で私に笑いかけた。
私の中に存在するお母様の面影を見る姿は、とても痛々しい。
可哀想なお父様。
お母様が亡くなり、現実を見ることが出来なくなったお父様は、日に日にお母様に似てきた私をお母様だと認識するようになった。
王としての雑務は堂々としており、私のことも駒ではあるが娘として認識しているものの、食事などの日常生活では壊れてしまっている。
はじめはいちいち訂正をしていたが、私をお母様だと思うことでお父様の精神が安定することが分かってからは諦めてしまった。
結局、お父様が愛していたのはお母様だけであり、私のことなど見てはいない。
私を近くに置いているのもお母様に似た顔を所有したいがためなのだろう。
お父様は、お母様が亡くなられる前から壊れていた。
流行り病で、父親や王位継承者と目されていた兄たちが亡くなり、なりたかった画家という夢を放棄させられてこの国に縛り付けられたお父様を支え、救ったのがお母様だ。
お母様がいないこの国をお父様が大切にする理由はなく、結果的に禁忌に手を出すこととなった。
「さあ、今日も頑張らないとね。大丈夫、ちゃんと君を生き返らせるよ。ソフィア。また幸せになろう」
歪な、執着や愛情などの感情がドロドロと煮詰まったような目から逃れるように私は目を伏せる。
「ええ、頼んだわね、私の王様」
可哀想なお父様。
可哀想な私。
お母様を生き返らせることは、創造神アイテルが定めた人間の禁忌を犯す。
この世界に存在する人間ならば厳守しなければならない理を犯すのだ。
本当ならば、本当に父を想っているのならば私は、魔族の口車に乗ってしまった父を、殺してでも止めなければならないのだろう。
だけど、こんなに壊れていても私の父親であることに間違いはなかった。
全ては王の心の安寧の為に。
「地獄までお供します。お父様」
これが、私が見つけた家族の在り方だった。