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第187話 ~ノア~



「本当に、どうしてこうなった?」



目の前に迫る拳を回避しようと動きつつ、ぼそりと呟く。

本来なら今頃は、森の中を歩いてきた疲れを癒すために休息をとっているはずだった。

今頃布団のなかでぬくぬくと眠っているはずだった。

だというのに、今いる場所は目的地の建物の裏側。

しかも目の前には拳を振り上げてこちらに攻撃をしようとしている外見ロリ……。

思わず天を仰ぎ見たくなった。

誰か休みをくれ。

色々と急展開すぎてそろそろ限界なんだが。


俺たちが到着し、自己紹介を一方的にされた直後に降ってきたのは小さな拳だった。

一見、何の力も込められていないような華奢な拳だったが、先ほどそれが京介を殴り飛ばしたところを見ている。

咄嗟に避けることができたのはこれまでの経験の賜物だろう。

標的に当たることなく空振った拳はそのままの勢いで地面を抉った。

ひび割れ、穴が穿たれた地面を見て俺は顔を引きつらせる。

俺も人のことを言えないだろうが、人族とは信じ難い怪力だ。

軽く避けた俺の姿にノアは目を見開く。



「ほぉ……。どうやらそこの勇者よりもやるようだな。面白い」



好戦的に舌なめずりをするその姿を見て、背筋が凍った。

ノアが纏う空気が変わる。

俺はその瞬間から警報を鳴らす『危機察知』と勘に従って頭を伏せた。

一瞬にして背後にまわったノアの拳が頭上を過ぎる。

髪の先が切れて地面に落ちた。

風を裂くような音に俺は息を呑む。

本気で殺しに来ている気がするのは俺だけだろうか。

これを喰らうと色々と終わる気がする。



「おいクソババア!殺す気か!?」



流石のクロウも危険だと思ったのか、慌てて止めに入ろうとした。

その姿にノアは眉を上げる。



「殺す気かだと?我が愚息は変なことを言うなぁ。もちろん殺す気だとも」



その小さな体から濃密な殺気が漂い始める。

手足の末端から一気に体温が下がり、震えだす。

おそらくノアの実力はクロウや俺以上だろう。

ここにいる誰も、彼女に敵わない。

誰かの息を呑む音が聞こえた。



「でなければ、先代たちの二の舞だ。忘れたわけではあるまい?あれだけもてはやされていた者たちだったにもかかわらず、魔王の目前までたどり着いたのはお前と先代勇者のみ。それも魔王の副官ごときにやられる始末」



何のための勇者だ?何をしに魔族領に行った?と静かに問うノアはそのまま俺に向かって拳を振り抜く。

体をのけぞらせると、拳が鼻先を通り抜けていった。



「だから私はここにいる。ここまでご苦労だったな。が、ここから先に通すわけにはいかん」



決意の固いその瞳は流石親子だ。

俺にグラム殺しを依頼したときのクロウによく似ている。



「これ以上、魔族どものために若者を無駄死にさせるわけにはいかんのでな」



その言い草がどうしても気に入らなかった。

会話の中でも一撃必殺の攻撃を避け続けていた俺は初めてその拳を受け止めた。

ハッと肩を揺らし、クロウに向いていた意識がこちらに向けられる。



「クロウの母親だか何だか知らないが、こっちの事情を一切知らないままうだうだ言うのはやめてくれ」



俺たちにも事情がある。

そのためにここまで来たのだから。


この道が正しいのかは分からない。

レベルが可視化されてはいても、魔王とやらに敵うのかも分からない。

マヒロに会えたとして、マヒロが作る魔法陣で元の世界に帰れるかどうかも分からない。

無事に帰ることが出来たとして、こちらと同じ時間が流れているとは限らない。

サラン団長が言っていたスペシャルスキルがどういったものなのかも分からない。


こうして改めて考えると分からないことだらけだ。

手探りで道を探している今でさえ最短の道から外れているかもしれない。

だが、それでも進まなければならないのだ。



「あんたら前の世代が何を言ったって俺は、俺たちは先に進む。今の実力が足りないのなら今から成長していく。心配をどうも。だが俺たちには不要だ」



家族が知らないうちに死んでいたなんてことはごめんだね。

そう言って、俺は手のひらに収まる小さな拳を離した。



「みんなーー!ご飯できたよー!」



建物の中から細山の声がする。

京介と七瀬、勇者以外のメンバーの姿が見えないと思っていたが、建物の中で昼食の準備をしていたらしい。

気が付けば昼時だ。

そういえばお腹がすいた。



「勘違いしているようだから言っておくが、俺たちは元の世界に帰る方法を探しているだけだ。魔族領に行くのはその通過点でしかない。魔族たちと戦うかもしれないし、戦わずに済むかもしれない」



出来れば戦わずに済む方を選択したいが、そうもいかないだろうな。

魔王の右腕だという同郷を思い浮かべた。

できる限りのことはしたいと思っているが、素直に協力はしてくれないだろう。



「生意気を言ってすまない。だが時間がないんだ。俺にも、クロウにも」



その言葉の意味することを理解して、ノアは目を見開く。

ここに来るまでの戦闘を見て分かった。

クロウに残された時間は、少ない。



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