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第179話 ~『免疫』~ 上野悠希目線

今回は少し長めです!



大きな音をたてて鍋がひっくり返った。

その下にあった火が誰かに踏まれて消える。

あーあ、昼ご飯がなくなってしまった。

時間をかけて作ったものだったけど、それが無駄になるのは一瞬で、私はその様子を津田君の盾の後ろから見ていた。


魔物はこちらがご飯を食べていようが警戒をしてようが構わずに攻撃をしてくる。

それがこの森に入ってから何度もあった。

ご飯を食べ損ねるのは何回目だろう。

みんなのような魔物に通用するような攻撃手段を持っていない私が言うのもなんだけど、織田君くらい強い人が一人でもいれば昼を食べ損ねることも、逃げている間に日が暮れて晩御飯の時間になってしまうこともないのかもしれない。

そこまで考えて私はそっと自嘲した。

現在進行形で津田君の盾の中で守られている人間が考えていいことじゃないし、もし織田君がいたとしてもすべてを織田君に押し付けて助かろうとする自分の思考にほとほと嫌気がさす。

みんなが助かるために誰かを犠牲にするくらいなら、いっそ私が……。


と、不意に私の隣で震えている猿と猫を抱えながら和木君が叫んだ。



「なんだってこんな森の中にロボットがいるんだよ!?」



その声に現実に戻ってきたような感覚がする。

私は今何を考えていただろうか。


私たちの大切な昼食を邪魔してきたのはこの世界に不釣り合いな、男の子がいかにも好きそうな二足歩行のロボットだった。

ロボットとはいっても、動きはなめらかで多彩だ。

人間が中に入っていると言われた方が納得するかもしれない。

だが紛れもないロボットで、銀色の装甲が鈍い光を放っていて森の中ではさぞかし目立つだろう。

というか、見るからに人工だ。

大きさは普通の人間サイズだけど、硬すぎて攻撃が通らない上に、クジラの魔物の攻撃を避けきった運動神経がいい栞ちゃんでもかわすことができないくらいの密度の攻撃をしてくる上に、その攻撃の中には毒が入っていたりする。

ちなみに攻撃は近接もするし離れれば遠距離に移行する。

まさに悪夢。

このロボットを作った人は私たちになんの恨みがあったというのか。

さらに言えば栞ちゃん曰く、おそらく魔力で動いているから魔力が切れない限り動き続けるらしい。

逆に言えば魔力を枯渇させればいいのだろうが、その前にこちらが倒れてしまいそうな気がする。

ちなみに栞ちゃんの『悪食』はそもそも接近できないから使えない。



「上野さん!すまないが遠隔で毒を解毒できるか!」



司君の叫び声にハッとして顔を上げると、遠距離攻撃を食らってしまったらしい司君の左腕がだらんと下がっていた。

おそらく麻痺系の毒だ。

最悪のことに司君が今抜けてしまえば七瀬君とジールさんが倒れてしまう。


私は慌てて頷きつつ、先ほどまでの自分らしくない考えも何か原因があるのではと思い当る。

和木君の声で夢から覚めた感覚に若干心当たりがあった。

城でかけられていた呪いに似ている気がする。

精神干渉系のスキルはかけられると大体同じような感覚がするのだとどこかの冒険者ギルドで聞いたような……。

そこまで考えると答えが見えてきた。

だってここまで高性能なのだ。

スキルの一つや二つ持っていたとしても不思議ではない。



「このロボット、精神干渉もしてきてる!!気を付けて!!」



みんなが警戒レベルを上げたのを感じた中、自分に解呪をかけつつ手を伸ばしてできるだけ司君に近づける。

幸運なことに今の自分の限界範囲内に司君はいた。

ぎりぎりだけど届く。

他の二人は生憎と届かないだろう。

司君の左腕が淡い光に包まれる。

もっと近づければ速く解毒できるのに。



「津田君、もっと前にでられへん?司君はぎりぎり届くんやけど、他の二人に届かんくて……津田君?」



いつもしっかりと立って自分を守ってくれている盾が揺れている。

自分よりもよっぽど女の子っぽいクラスメイトの顔を見上げると、その瞳には虚ろな光が浮かんでいた。

しまったと、私は思わず唇を噛む。

私がかけられていたのだから私とロボットとの間に立っている津田君にも被害がいっていると、少し考えればわかることだろうに。

このままでは私が先ほどまで考えていたように津田君はみんなを守るためにその身を犠牲にしかねない。

津田君の腕を掴んで名前を呼び続けた。

私だと認識していないのか、抵抗される。


私は解呪師だから気づけたけど、他の職業では気づかなかったとしてもおかしくないのに、そこまで頭が回らなかった。

だが、今津田君の解呪に専念してしまうと、戦闘をしている三人が攻撃を食らってしまった場合解毒することができない。

その間にもし毒が撃ち込まれてそのせいで怪我をしたら?

どうしたら……。

……やっぱり私ではだめかもしれない。

栞ちゃんならもっと上手くやるだろうに。


頭の中でごちゃごちゃと考えていると、ポンっと背中を叩かれた。

栞ちゃんだ。



「しっかり!今悠希ちゃんが止まったら困る!悠希ちゃんは何をする?私たちは何を手伝ったらいい?解呪は悠希ちゃんにしかできないんだよ」



しっかりとした意志を感じる瞳が私を射抜いて、思わず息を詰めた。

一時期はこの目が嫌いで嫌いでたまらなかったけど、今はこれほど頼もしいものはない。

なんだかんだと言いつつ私は一度も栞ちゃん本人を見ていなかった。

私が自分と比べていたのは私が理想とする栞ちゃんで、栞ちゃん本人ではないのだから。


私は大きく息を吸って吐き出し、気合を入れるために頬を叩く。



「とりあえず和木君がこの盾持っとって。栞ちゃんは前線の支援を。少しの間でいいから持たせて」



虚ろな瞳の津田君の腕を掴んで言う。

少し乱暴だけど、こうでもしないと戦闘職業には敵わない。

それに、なんだかんだ言いつつ津田君も男の子だから力では敵わない。

津田君が何か行動を起こす前に解呪してしまうのが最適だ。



「わかった!」


「津田を頼む!」



二人が各々することをしている間、私は津田君を解呪する。

その間にも思考は回転したままだ。

あのロボットは精神干渉系の魔法を厄介なことにノーアクションでかけることができるらしい。

その上前線は解毒を必要とする毒が付与された攻撃が縦横無尽に駆け巡っているのだから、その中で戦っている三人の状態は考えなくても分かった。

ああ、忙しい。

しかも、こうやって解呪している間にまた誰かが精神干渉を受けているかもしれない。

本当に、キリがない。



「こんなとき、ワクチンっぽいのがあればなぁ」



何気なしにぼやいた内容に自分で驚いた。

そうだ、ワクチンっぽいのを作ればいいのでは?

インフルエンザの予防接種的な。

確か、少量の菌を体内に入れて免疫を作るとかそんな感じの原理だった気がする。

感覚的なことだけど、幸いなことに精神干渉は私が一度食らっているし、毒の方も数種類か司君が食らったものを解呪したからどういうものかはわかる。

そもそも毒ならまだしも魔法に対して免疫が獲得できるかと言われると首を傾げざるを得ないが、ダメ元でやってみるだけだろうか。


でも、もし失敗してしまったら?

ただでさえ今は戦闘中なのだ。

一つの綻びでみんなが死んでしまうような事態になったら?

次から次へと悪い想像が浮かんでは消える。

そんな中、大好きな声が上から降ってきた。



「上野、なんか考えがあんのか?」



重そうに、見様見真似で盾を構えた和木君は解呪に身が入っていない私にそう問いかけた。

和木君をみてふとひらめく。

そういえば、さっきスキルの取得方法が何とかとか言っていなかっただろうか。



「和木君、スキルの取得方法教えてくれん?あのロボットの毒だけでもどうにかできるかもしれん」



スキルという形ならばできるのでは?

運が良ければ精神干渉もどうにかできるはずだ。



「本当か!?俺が細山に教えてもらったのはな……」



時間がないため簡潔にだが伝えられたそれに私は頷く。

なるほど、たしかに一朝一夕にはできないし、運が悪ければ体が木端微塵だ。



「本当に試すのか?下手したら……」


「木端微塵やろ?大丈夫やと思うよ」



解呪が終わった津田君から光が消えた。

津田君の瞳に光が戻ったのを確認して、立ち上がる。

これでスキル取得が可能か試すことができるだろう。

私は盾を構えている和木君の隣に立った。



「栞ちゃん、ありがとう。下がっといて」



和木君が構えている盾を出ないギリギリの場所で司君たちを治癒していた栞ちゃんに声をかけて私は目を閉じる。

あのとき、栞ちゃんが『悪食』を取得したとき、私はそれを見ていた。

解呪師という職業柄、人間に流れている魔力の流れを感じることができる。

その時魔力をどこに集中していたか、栞ちゃんが感覚でしていたことを私は見ていた。



「私これでも怒っとるんよ。近距離に遠距離対応できるうえに攻撃に毒が付与されとって?んで精神干渉もできるし体硬すぎて司君たちの攻撃いっこも入ってないし。殺しに来てるんかと思ったらそれにしては毒も致死性のもんやないし……」



思っていたことがスラスラと口から出る。

これまでの人生の中でここまで腹が立ったのは初めてだ。

スキルの取得には強い心が必要だとか。

怒りも立派な心だ。

栞ちゃんはきっとみんなを助けたい一心でスキルを取得したのだろうが、私は栞ちゃんのような、聖女のような心は持っていない。



「なんなんホンマに。冷やかしなら帰ってくれんかな。こちとら遊びやなくて真剣なんやけど!」



あのときの栞ちゃんを思い出して、自分を解呪するような感覚で魔力を全身に回す。

体があったかくなってきた。

魔物を倒したときや職業のレベルが上がったときにスキルを取得したことがあるが、そのときはこんなに体温は上がらなかった。

きっと自分が必要なスキルを取得するのと自然と取得するのでは勝手が違うのだろう。

少しして、魔力のめぐりが自然と落ち着く。

どことは説明がつかないが、さっきまでとは決定的に違う気がした。

これは無事に取得できたのではないだろうか。

私はすぐさま目を開けてステータスを開いた。

その中にある新しい文字に思わずガッツポーズをした。



「本当に取得できたのか!?」



驚く和木君の声を尻目にすぐさまそのスキルを発動する。

スキルの名前は『免疫』。

私が受けたものや解呪、解毒した攻撃に対する抵抗力を上げることで威力を低下させることができる。

効果を完全に打ち消すことはできないことが少し不満だったが、精神干渉にも有効だし、ちゃんと他人に付与することはできるようなのでこれで我慢しよう。


それに、これ以上のスキルを望めば、体が木端微塵になるような予感がしたのだ。

たしかに、このスキル取得方法は危険だ。



「ん?」



この場にいる全員の体が淡く光る。

盾の後ろにいるからといって絶対に安全なわけでもないから、賢明な判断だと自分でも思う。



「私が解毒した毒とかの威力が落ちるスキル!精神干渉にも有効!でも効果が完全になくなるわけやないから気ぃつけや!!」



簡単に効果を説明すると、各々から元気がいい返事が返ってきた。

毒や精神攻撃を警戒して攻勢に出れなかったらしい。

防戦一方だった今までが嘘のように三人は攻撃に転じた。

とはいえ攻撃が通るわけではないが、それでも好転した方だろう。



「ナイスだったな、上野」


「でも、まだ終わってない。毒の成分変えてきたら厄介やわ」



本当に厄介だ。

あとは前線にいる三人に任せるしかない。




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