第178話 ~救いの言葉~ 上野悠希目線
羨ましいと、そう感じるのは恥ずかしいことだろうか。
じゃあ、友達を憎いと思うことは?
羨望が絶望に変わって、そして憎悪に変わるのはそう難しいことではないと、私は知っている。
ずっと、そうだった。
私たちの関係はいつになっても、どこへ行っても変わることはなかったのだから。
栞ちゃんに敵わないというのはこの世界に来る前からわかっていたことだった。
“栞ちゃんは何でもできて可愛いのに、悠希ちゃんはそうでもないよね”
“なんで悠希ちゃんは栞ちゃんの友達なのにこんなのもできないの?”
“悠希ちゃんって男の子みたいな名前だし、変なしゃべり方するよね”
幼い子供の無邪気な問いかけは思いの外、心を削った。
昔、私と栞ちゃんはいつも一緒にいて、何をするにも一緒だった。
親の仕事の関係で関西から転校してきた私の最初の友達になってくれたのが栞ちゃんだったから。
だけど栞ちゃんはみんなのアイドルで、憧れで、その傍にいた私はそうでもなくて、いつも比べられていた。
だから中学校、高校では一緒にいないようにして話さないようにして、そこまでしてやっと元の元気な私に戻ることができた。
違う人間なんだから、一緒にいたとしてもできることとできないことが違うのは仕方のないことなんだと、わかるまでずいぶん時間がかかったと思う。
それに気付くことができてからは栞ちゃんとも昔のように話すことができるようになった。
そもそも最後に関しては私のあずかり知らぬところの話だし、方言に関しては癖だし、むしろ何か文句あんのかコラ。
そう思ってはいても、噂だけが独り歩きして誰も私の言葉なんて聞いてはくれなかった。
この人以外は。
“上野って面白いし、一緒にいるとなんか元気になるよな”
“しゃべり方?別に通じてるんだから何でもよくないか?何言ってるのかわからないんだったらそりゃあ困るけど”
みんな司君がかっこいいってキャーキャー言ってるけど、私が欲しい言葉をくれたのは彼ではなかった。
「和木君!栞ちゃんになんか相談しとったん?」
こんな状況でも私は好きな人を取られたくなくて、栞ちゃんと話していた和木君に声をかける。
和木君は昨日の栞ちゃんの戦いを見てからふさぎ込むようになってしまった。
また栞ちゃんだ。
「おう!細山にスキルを取得するコツを聞いてたんだ。上野は知ってたか?」
私は自分の笑顔が引き攣るのを感じた。
知っているわけがない。
解呪師なんて限定的な職業では何を伸ばせばいいのかわからずにずっと悩んで、そのままここに来たのだから。
おそらく、いない振りをしていた織田君以外で私だけ騎士団の人や専門職の人をつけられていない。
織田君もサラン団長が面倒を見ていたし、きっと書庫にも忍び込んでいたのだろう。
私は何にも知らなかった。
みんなが職業について訓練している間も私は部屋にこもっていたんだから。
解呪についての専門的な書籍を探そうにも書庫への立ち入りを禁じられては何もできない。
私の相談に乗ってくれたサラン団長も織田君の訓練で忙しかったし、そうでなくとも団長なんだから色々と用事があっただろうにわざわざ会いに来てくれただけ有難かった。
そういえば、私サラン団長にお礼を言っただろうか。
おそらく王女さんの呪いのせいだとは思うけど、迷宮から帰ってきてから城を出る直前までの記憶が曖昧だ。
「ううん、私は知らんかな。お城におったときって結構いい加減やったやん?やからサボったりしよったんよ」
嘘だ。
だけど、咄嗟には他に説明がつかなかった。
サラン団長は解呪の専門の人を呼んでくれると言ってくれたがそれも忙しい合間を縫ってのことだったからすぐにではなかったし、そもそもその約束が果たされることなく死んでしまった。
サラン団長が呼んでくれるまで自分から行動することもせずに部屋に籠っていたと、好きな人に言えるだろうか。
言えるわけがない。
それとも、和木君が頑張っている間にサボっていた私を咎めるだろうか。
戦々恐々としていた私だったが、かけられた言葉は明るいものだった。
「ってことはそんなに教えてもらってなくても佐藤にかけられた呪いを解いたのか!?すっげえな!」
興奮したように言う和木君に私は思わず笑ってしまった。
変わっていないのはこの人も同じだった。
相変わらず私のほしい言葉をくれる。
だから、私は頑張れる。
「魔物接近!!戦闘態勢に入ってください!!」
ジールさんが声を上げ、みんなざっと各々の武器を取る。
その姿に思わず苦笑してしまった。
昼食の時間にも関わらず、全員が己の得物を側に置いて離さなかった。
その姿が当たり前になってしまった。
日本に帰ることができても、私たちは本当に元に戻れるのだろうか。
「っと、上野、津田のとこに戻るぞ!」
「うん!!」