第14話 〜強敵現る〜
昨日お休みしたので今日は長めです。
※途中から晶から勇者(佐藤司)に変わります。
戦闘から無事離脱できた俺達だったが、当然魔物達は追ってきた。
「主よ、我らを守り給え……『サンクチュアリ』」
サラン団長が手を前に出すと、光り輝く壁が迷宮の通路を遮り、魔物達は壁に触れた所から消滅していった。聖なる魔法と言われる光魔法の、上級結界魔法はただ存在するだけで下級の魔物は消滅してしまうようだ。
というか、勇者要らなくないか? 騎士団……いや、この人だけで魔王など倒せそうな気がする。
俺のなにか物言いたげな視線に気づいたのか、サラン団長は苦笑した。
「君の疑問も含めて、きちんと後で説明しますよ」
やっぱりサラン団長はエスパーだ。
しばらく走っていると、前方で悲鳴が上がった。この声は確か、クラスのマスコットキャラの佐野さんだったか。可愛い子ぶってるみたいで苦手なんだよなぁ、あの人。……よく考えたら、クラスに苦手じゃない人がいないかもしれない。
「少し様子を見てきます」
ジール副団長がそう言って壁を垂直に走って行った。サラン団長もサラン団長だが、この人もなんでもありだよなぁ。当たり前だが鎧着たまま普通の人間は壁を走れない。ジール副団長のあれはスピードと筋力とバランス力にものを言わせた結果だ。ああ言う身軽な技は暗殺者とかの領分なのだが……。かくいう俺も、壁の垂直走りはやろうと思えばできる。ただ、鎧を着たままできるかと言うと、少し怪しいものがあるのだ。それを軽くやってしまえるジール副団長は凄い。
「きゃーーーーーーーー!!!!」
再び、絹を切り裂くような悲鳴が迷宮に響く。走るスピードを上げたせいか、先程よりも声が近くなっていた。今度は佐野さんの声ではない。別の女子の声だ。
ラストスパートをかけて全力疾走すると、ようやく悲鳴の出どころにたどり着いた。
「何だありゃ」
「あれは……!」
俺と団長、騎士団の人たちも、言葉を失った。
『ぐォォォォォォァァァァァァァ!!!』
「……くっ!」
「結界師はそのまま結界を張り続けて! 回復ができる者は彼に自分ができる最上級の回復を!」
そこにいたのは、迷宮のこんな上層にいる訳のない巨大な魔物。牛の頭に人間の体……ミノタウロスだ。
「馬鹿な! 最低でも五十層以下の魔物だぞ!!!」
「……ちっ」
ポツリと呟く騎士団の人の声を尻目に、俺は舌打ちをして、ミノタウロスの足元へ駆け出した。サラン団長は既にジール副団長の元に駆け出している。
ちらりと見えたのだ。逃げ惑うクラスメイトの前で、苦しげに剣を構える、勇者の姿が。辛うじて佐野さんの結界が張ってあり、ジール副団長がミノタウロスの注意を引いているが、いつクラスメイトに興味が向いてもおかしくない。馬鹿で足手纏いな奴らだが、死なれたら寝覚めが悪い。
ツンデレだって? ……ほっとけ。
「……疾っ!」
ジール副団長のように壁走りで前線にたどり着いた俺は、まずは一撃、ミノタウロスの喉元に銀色の短剣を叩き込んでやった。
「っ! はぁ??」
が、ミノタウロスのあまりの硬さに、短剣が粉々に砕ける。おかしい。明らかに自然の法則を無視した硬さだ。柄のみとなったそれを放り投げて、勇者の隣に降り立った。
「……晶か。」
「おぅ……どういう状態だ?」
半分にへし折られた剣を構えつつ、回復の淡い光が勇者を包み込む中、勇者はポツポツと語りだした。
────
佐藤司目線
俺たちのグループのメンバー、闘拳士の渡部克己が迷宮のトラップを起動させたあと、騎士団と晶に魔物の相手を任せて、俺たちは戦線を離脱した。
騎士団の人達があんな初級の魔物に手こずるわけがないが、晶のことが気がかりだ。横目で見ていると、どうやら俺達より頭ひとつ飛び抜けて強い事は分かったが、どのくらい強いのかは見当がつかなかった。それに、暗殺者なら多対一は苦手なはずである。もし、晶に何かあったなら、渡部克己の、ひいてはそのグループのリーダーである俺の責任だ。もちろん他のクラスメイトにも同じことが言える。
まだ上層だからといって気を抜いていい訳ではない。それは先程のトラップでよく分かった。
逃げている間にも、迷宮の魔物はもちろん襲いかかってくる。一匹二匹程度だったが、先を急ぐ俺達にとってはただいるだけで厄介だった。
早く、早くと焦る中、ある一人のクラスメイトがポツリと呟いた。
「そういえば、魔物よけの煙玉貰ってなかったっけ?」
それを聞いて、俺はハッとした。そういえば、迷宮へ出発する前に王女さま直々にその煙玉を受け取ったのだ。確かあの時、騎士団の人達と晶はいなかったから、彼らは思い浮かばなかったのだろう。
王女様は二十七個の煙玉を俺に手渡して、“万が一に備えて渡しておきますわ。どうかお気をつけて。”そう言ってニッコリと笑ったのだ。綺麗な笑顔だった。俺も悩殺されそうになった。
「よし、じゃあ、効果の範囲がわからないから、一グループごとに使っていこう」
まずは佐野さん達のグループが煙玉を地面に叩きつけた。数十秒後、効果が現れたのか、一切魔物が近づかなくなった。たまにこちらにやって来るが、こちらを見たあとで、脇目もふらずに慌てて逃げていく。
人に対しての効果か、地面に対しての効果か分からなかったため、数分後、効果が薄れたタイミングで今度は晶が所属しているグループが煙玉を叩きつける。
そうしばらくして、煙玉が最後の一グループになった時、ようやく上層に上がる階段を見つけた。ちょうど煙玉の効果が切れたのか、小さい魔物が数十匹襲いかかってくる。
「今だ!」
追い払うために俺達のグループも最後の煙玉を叩きつける。……俺のだけ、他の人の煙玉と色が違う気がしたのだが、気のせいだろうか。
狙い通り、小さな魔物は追い払えた。が、
「きゃぁぁぁぁぁ!!」
最初に気づいたのは佐野さんだった。前方の壁を指さして悲鳴をあげている。そちらを見た俺は絶句した。
壁から巨大な魔物が出てきたのだ。明らかにここの階層に居るはずのない魔物。俺でも知っている、ギリシア神話の化け物。
「……ミノタウロス……」
俺が呟くのと同時に、奴は手に持っていた棍棒を振り上げた。そして、振り下ろした先には佐野さんの姿が。
俺は考えるより先に動いていた。佐野さんを突き飛ばして、落ちてきた巨大な棍棒を、剣の刃を使って地面へいなす。
これは、騎士団の団長との稽古中に身につけた技だった。スキルを封じる術をもつ敵もいると聞いたので、単純に剣術でどれくらいやれるのか、試してみたかったのだ。その時、団長に言われた。“実力が上の人と戦う時、受け止める事を考えてはいけません。いなす事を考えなさい。”力ずくでかかってくる人に対して、力で対抗しても、結果は目に見えている。だからと言って避けるだけでは反撃が出来ない。だから、いなすのだそうだ。実際に、力ずくで振り下ろした剣は全て様々な方向へいなされ、あっさりと一本を取られた。
だから明らかに力の強いミノタウロスに対して、ぎこちないながらもやってみたのだが、結果は散々だった。
「……くっっ!」
「司君!!!」
手が痺れるどころじゃない。両腕の骨が折れてしまった。辛うじて剣は離さなかったが、剣も真っ二つに折れている上に、次に攻撃されたら死ぬ。
ミノタウロスは地面にめり込んだ棍棒を引き抜いて再び、今度こそは息の根を止めるために振り上げる。
後ろで、佐野さんではない別の誰かが悲鳴をあげた。悲鳴をあげる暇があるのなら、俺に回復のひとつでもかけてくれればいいのに。
そして、振り下ろされる寸前で、棍棒に何かが着弾した。
「……辛うじて間に合いましたね」
肩で息をしながらそう言って俺の隣に立ったのは騎士団のジール副団長だった。
「もう少しでサラン団長がいらっしゃいます。それまで私がやつを引き付けておくので下がりなさい」
「はい。ありがとうございます」
「……よく頑張ったね」
両手の骨が折れた俺は完全に足手纏いだ。項垂れた俺に、ジール副団長はそう言って頭を撫でた。泣きそうになりながらも、俺は剣を構えたままクラスメイト達の所まで後退する。
「司君、腕が……」
「聖なる盾よ、我らを守り、我らを救わん。我が魔力と引き換えに皆を守る障壁を……『シールド』」
「……これは」
「多分一撃ももたないけど、ないよりマシかな?」
薄い障壁が俺の目の前で築かれた。もちろん結界師の佐野さんだ。恐らく今出来る最上級の結界なのだろうが、サラン団長が先程見せた結界と比べれば、大人と赤ん坊程も差がある。
俺は痛みで歪む顔を笑顔にかえて佐野さんに礼を言った。
ジール副団長を見ると、魔法と剣を駆使して辛うじてミノタウロスと渡り合っているが、攻撃は一切通っていない。
「結界師はそのまま結界を張り続けて! 回復ができる者は彼に自分ができる最上級の回復を!」
こちらをチラリと見たジール副団長は、青い顔をしている俺を見てそう指示した。ふわりと柔らかい光が俺を包んで、ようやく痛みが和らぐ。もう少し遅かったら意識を失っていたかもしれない。
「団長!」
ようやく、ジール副団長の元にサラン団長が援護に向かったようだ。間に合って良かった。その後、時間を置かずして俺の隣にも、最早ビックリし飽きた気配が突然現れる。
「……晶か」
正直、晶が隣に来てくれてホッとした。
絶対に本人には言ってやらないけど。