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第142話 ~豪華ホテル~




「アメリア様とアキラ様でしょうか?」



中央噴水の、朝リアがいた位置くらいに執事のような服装の男が立っていた。

どこか気の弱そうなその男に名前を呼ばれて思わずアメリアと顔を見合わせる。



「ああ、俺たちだ」



その男はほっとしたような表情をして、その場で頭を下げる。



「クロウ様の命によってお二人を宿までご案内させていただきます、エミールです」



よろしくお願いしますともう一度頭を下げるエミールに俺は力を抜いた。

突然知らない奴に名前を呼ばれて、自分でも知らないうちに警戒していたらしい。



「ここから徒歩で向かいます。足元滑りますので、お気を付けを」



水の町とは言っても、もちろん人が歩く道はあるし、橋も各所にかかっているため、徒歩の移動も可能だ。

ただとても入り組んでいる上に、どの建物も同じような形と色合いのため、道に詳しい者の案内なしに歩くのは危ない。

昔冒険者の一人が迷路のようなこの町の地図を作ろうと奔走したらしいが、そのあまりの複雑さから一年と少しで挫折した。

それでも彼のおかげで大通りなどの大体の地図はできて観光客が増えたというのだから、いい働きだったのではないだろうか。

という話をその冒険者の孫であるというエミールから聞きながら、道を歩いた。



「『努力をして頑張ればできないことはないが、あの町は別だ』というのが祖父の口癖でした。お二人も、徒歩での移動の際はお気を付けくださいね」



中央噴水から徒歩二十分程歩き、見るからに高級そうなホテル街の中でエミールは足を止めた。

最上階は遥か上で、見ていると首が痛い。



「ようこそ、シーザーホテルへ。エルフ族の王女様ならびに勇者召喚者様をお迎えでき、光栄でございます」



どこぞの旅館のように従業員がずらりと並んで頭を下げているいる光景に、思わず回れ右をして帰りたくなった。

この間のホテルレイヴンといい、庶民出身の俺としては場違い感がつらい。



「いかないの、アキラ」


「あ、いや今行く」



でもあのクロウが選んだホテルなのだから、安全面は安心できるのではないだろうか。

だとすればクロウはだいぶ顔が広いな。


案内されたのは最上階の部屋。

値段を聞くのが怖い。



「ああ、やっと来たか」



明らかに三人で使うはずのない広さの部屋で、クロウが優雅に紅茶を飲んでいた。



「マリのときのホテルといい、お前がとるホテルって高級ホテルばっかだな。俺たちそんなに金もってねぇぞ」



荷物を置いて言えば、アメリアがうんうんと頷く。

まあ、俺たちが金欠な主な理由はアメリアの食費にあるのだが。



「心配はいらない。ここも俺に借りがある奴の店だ」



貸しを返してもらうために渡り歩いているようだな。

というか、ホテル関係者に貸していることが多くないか?



「ホテルでの酔っ払いの退治とかな。このホテルは確か、経営がうまくいっていることに嫉妬したライバル会社が暴れ馬を突っ込ませようとしていたんだったか」



ねちねちとした嫌がらせじゃなくて物理できたか。

こっちではこういう場合はどうなるのだろうか。

日本だったら、器物損壊やら傷害罪やらで罪に問われるだろうが、こちらにはそもそも憲法や刑法なんてないし、警察のような組織もない。

たとえ殺人を犯したとしても裁く場所も、規範となるべき法もない中で、ここの人たちは今まで生きてきた。

罪という概念がない中で生きるというのはどういう感じなのだろうか。

この世界に来てから結構経つが、一つのところに定住していないせいかルールというか、暗黙の了解というものに疎い気がする。



「それ、どうやって止めたの?」


「馬を俺が抑えて、近くに動物用の麻酔持ってる奴がいたからそいつに麻酔打ってもらった」



暴れ馬を抑えるのってだいぶ力がいる気がするのは俺だけか?

今でもクロウはかなり強いイメージがあるのだが、全盛期はどれほどだったのだろうか。

というか、近くに麻酔持っている奴がいたというのはどういう状況なんだ。



「そのライバル会社ってのはどうなったんだ?」


「評判は落ちたが、今もこの向かいの建物で営業している」



そんな他愛のないことを話していると、アメリアがこくりこくりと船をこぎだした。

確かにいつもはもう寝ている時間だ。



「アメリア、眠いならちゃんと寝室に行って寝ろよ」


「う、うん……」



肯定なのか否定なのか分からない声を上げながら、目をこするアメリアの手を抑える。



「ほら、目をこすったら赤くなるだろ」


「ん……。アキラ、抱っこ」


眠たい時のアメリアはいつもよりもさらに子供っぽくなり、甘えたがりになる。

こういう時、甘えん坊の妹がいて良かったなと思った。

煩悩なく対応できるのはとてもありがたい。

俺はアメリアを抱えたまま再びクロウと話し始めた。

温かいアメリアを抱えているおかげで少し肌寒く感じた室内も気にならなくなった。



「……お前はエルフ族のようだな」



貪欲に知識を吸収する姿を見てか、クロウは俺にそう言う。

たしかにそうかもしれないと俺は笑ってアメリアを抱え直した。



「お前を見ているとある男を思い出す。その男もエルフ族ではないが、お前のように色々と聞いてきた」



クロウはそう言って少し寂しそうに笑った。



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