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第124話 〜クロウとジール〜



クロウは薄く笑って右上に視線を移した。



「さて、獣人族に歳を数える習慣はないからな。私も正確な年齢は忘れてしまったが、二百年は確実に生きている」



俺は瞠目する。

そのうち半分を使って古代語を覚えたのか。

並々ならぬ執念だな。

俺にはとてもじゃないができないことだ。

というか、なんで死んでないんだ?



「いや、老化が始まったのが妹が殺されてから五十年後だから約二百五十年か?いや、三百年か?とにかく、奇天烈な母親のせいで俺はこんなに長生きなわけだ」



奇天烈……。

とてもじゃないが母親に対する言葉だとは思えない。

というか、クロウ本人もたいがい奇天烈だと思うが。

遺伝か?



「普通、不老不死の薬を間違って飲むか?そのせいでババアはいまだに生きてるし私は寿命が二倍になってるし……。すべての元凶はあいつだ」



そう言った後、クロウはぐでんと体を倒して、ソファーの背凭れにもたれかかった。

……酔っているのか?

いつもより饒舌だし、色々と昔話をしてくれている。

酔ったときの工事現場のおっさんたちと同じ現象だ。



「母親が不老不死の薬を飲んだから長生きしているのか?」



そう問うと、クロウはぼんやりとした目で頷いた。



「ああ。奇天烈ババアが私を生む前にその薬を飲んだせいで、お腹にいた私にも影響が出てしまった。つまりはあいつのせいだ」



クロウが獣人族の中でもやけに長く生きているのはそういった種があったらしい。

でも、寿命が二倍になったとはいってもそろそろ寿命なのではないのだろうか。



「私は、妹の仇を討つまでは死ねないが、それでも生きるのに疲れた。早く終わりたい」



クロウの口から出た言葉に驚く。

終わりたいとは、つまりは死にたいということだろうか。

それとも、復讐心を糧にした生き方をやめたいということだろうか。


日本人の寿命は他の国の人よりも長いが、それでも一世紀生きる人は多くはない。

俺自身、クロウの十分の一も生きていないため、その気持ちを推し量ることは不可能だ。

……アメリアにでも相談してみようか。


そう考えていると、いつの間にかクロウがソファーに体を沈めて寝息をたてていた。

その顔はとても穏やかで、とてもじゃないが死にたいと思っているような顔じゃない。



「できれば、そっとしておいてやってくれないか」



声がして振り返ると、ジールさんが毛布を抱えて立っていた。

気配はしていたが、やはり近くにいたらしい。



「ジールさんはクロウとどんな関係なんだ?」



クロウに毛布をそっとかけるジールさんに聞く。

ジールさんは困ったように笑って、俺の向かい側にある白いソファーに座った。



「この人が昔弟子をとっていたのは知っているな?」



それに頷く。

つい先ほどその話をしていたばかりだ。



「その弟子の中の一人が私の母親だった。もちろん今はもう亡くなっているが」



俺は静かに目を見開いた。


クロウが前線から身を引いた後、クロウが取得した初代勇者の技を各国はどうにかして自国の人間に引き継がせたいと思い、クロウのもとに送り込んだらしい。

もちろん、人族も例外じゃなかった。

クロウは断らなかったそうだ。

復讐心が薄れ始め、老化が始まったときで暇をしていた。

そして、ジールさんの母親は例にもれず精神を壊した。



「私の父親は冒険者でね、私が幼い時にはもういなかったから、母が女手一つで育ててくれたんだ」



俺は自分の母親を思い出していた。

身体が弱い母親を。



「母が精神を壊した後、私を育ててくれたのはクロウさんだった。騎士団に推薦してくれたのも、騎士団をやめさせられたと聞いて呼び戻してくれたのもね」



ジールさんはため息をついてクロウの寝顔を優しい顔で見た。

それは、年を取った父親を見るような、慈愛のこもった目で、俺は一枚の絵のようなそんな光景に見ほれる。



「私にとっては間違いなく恩人で父親だ。母のこと、少しも恨んでいない。この人はただ不器用なだけなんだ」


「それはこの短い間だったが少しは理解している。で、あなたはクロウにどうしてほしい?」



クロウがツンデレの、困った人を見逃せない正義の味方のような性格であることは、このホテルのオーナーの言葉からも分かる。

正義の味方にしては少しひねくれている気もするが。

だが、それを俺に話してなんだというのか。



「この人の好きにさせてやってくれないか?お察しの通り、もう時間が少ないんだ」


「……巻き込まれるのはもうごめんなんだが」



俺は正義の味方じゃないし、善人でもない。

確かにクロウは命の恩人で、ジールさんも城を出る手助けをしてくれたが、俺には俺の目的がある。

ただ家に帰りたい。

それだけを求めているだけなんだ。

来るべき時にアメリアと夜と、クラスメイトがそろっていればそれでいい。

そして、家に帰るための鍵は魔王城、もしくはレイティス城にある。

俺たちがこの世界に呼ばれたのは魔王を討伐するという願いのもとでレイティス城に。

そのために使われたのはマヒロが使っている魔法陣とよく似たもの。



「ああ、わかっている。君たちがそのために行動していることも、魔王城に向かいたいことも」


「なら……」


「その途中でいい。君はエルフ族の人たちを道のりの途中にあるならついでに拾い上げると約束したそうだからね」



俺は過去の自分に舌打ちしたくなった。

あのときの言葉がこうして自分の首を絞めてくるとは。



「それに、魔族領で魔王城にたどり着くのはこの人が必要になるんじゃないか?行ったことはないが、ひどく迷うらしい。それに、あの魔族のお嬢さんは案内人として信用ならない」



確かに、魔族領に行ったことがあるという経験があるクロウは必要かもしれない。

何しろ、魔族領はエルフ族領や獣人族領とは違って何があるか分からないのだから。

案内人は必要になるだろう。

そのためにクロウに恩を売るのは悪くない。



「そうだな。けど、そんなに簡単なことじゃない」



クロウに頼まれたことは、俺にとって……。

黙り込む俺に、ジールさんは立ち上がって俺の肩を叩いた。



「私が言いたいのはそれだけだ。この人もいつ死ぬか分からないから、決断はお早めに」



ジールさんがいなくなった部屋で、俺はクロウの寝息を聞きながら夜景を眺めた。

俺たった一人の悩みなんて関係なく、街は変わらず煌びやかで美しかった。



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