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カノジョがいる世界だから愛した  作者: マルゲリータ緒乃田
5/7

編入生ⅳ

 写真の中には、黒髪のセミロングの母と、ブラウンの髪に深緑色の瞳を持った父。その間にいるのが子供のアズだった。

 父親はドイツと日本人のハーフで、母親は日本人、だと聞いている。

「アズちゃんはお母さんの血を、思いっきり引いてるんだな。どんな子供時代だった?」

「――」

「アズちゃん?」

「あ、ごめんなさい。覚えてなくて……」

「そうりゃあ、そうだよな。子供の頃の記憶なんてほとんどないもんな。で、ご両親は都心部にいるのか? ご挨拶に行かないと」

 記憶がない事情に、それ以上は踏み込んでこなかったから、アズもホッとしたと同時に、何の挨拶なのか。聞くだけ無駄だと周防に対する応用力がついてきた。

「両親は、私が四歳の頃に事故で亡くなったんです」

 アズは周防が手にした写真を取り上げて元に戻した。

「そう、だったのか。すまない。アズちゃん、どうかしたか?」

 周防が動きを止めてアズを覗き込んできた。

「何でもないです。それで、何をしに朝からきたんですか?」

「ああ、朝飯を一緒に食おうかと思って。だってアズちゃん。昨日の夜、食堂にいなかったんだもーーん」

 いい年をオジさんぶりっ子は、いかがなものなんだろうかと、冷えきった目でしか見られない。

「そんな怖い顔しないでくれよ。行くぞ」

「ちょ、ちょっと待って下さい。私は食堂では食べないんです。わかりませんか? 部屋で食べるから、食堂には一人で行ってきて下さい」

「えーーじゃあ、俺もここで食べるわ」

 周防は部屋にあるパネルで勝手に注文を流してしまった。

「ちょ、ちょっと! メニューを選びたかったのに」

「アズちゃんは和食。おれは洋食。嫌だったら交換してもいいからな」

 周防はどこ吹く風の如く、アズの言葉を聞いてやしない。

 朝食が運ばれて来て、不本意ながら周防と向い合って席に着いた。

「交換しなくていいか?」

「いいです」

 アズは毎朝、和食を注文するから問題はなかった。

「いただきます」

 礼儀正しく両手の掌を合わせて、周防のピンと伸びた背中を見て、アズは素直に綺麗だと感じた。

 周防を観察していると、その性格から想像できない綺麗な食べ方をしている。どこが? と聞かれれば答えられないけど、動作一つ一つが洗礼されているみたいに感じる。

「食べないのか?」

「た、食べます」

 何となく恥ずかしくて、箸が進まない。

 周防はナイフとフォークを上手く使って、目玉焼き、ハム、ベーコン、サラダ、パンを千切ってアズを見ることなく黙々と食べている。自分が周防を気にし過ぎているのに気づいて、恥ずかしくなった。

 朝食を食べ終えて、学園に行く準備を始めたアズだったが、周防に出て行けと言っても無駄だろうと放置を決め込んだ。

「お、準備が済んだみたいだな。行くか!」

 返事をする元気も既になくて、アズは仕方なく周防の後ろを就いて歩く。

 併設の寮と言っても、中等部以上は同じ敷地内にある訳ではなくて、森林公園を挟んでいる。その森林公園の中を通って登校する。

 幼児部は学園内にあって、共同生活を送っている。

 公園の中には咲き誇った桜、チューリップと、色とりどりの花が咲いていて賑やかだった。でもそれもあと数日で散ってしまって、寒い冬がくる。

 ポールシフトがあった以前は、雨や風がひどくなければ、一週間ほど持ったらしい。でも今は、春の季節は短くて、一気に冬がやってくる。

 半年以上続いた冬の後には、一気に暑くなり夏がくる。秋と春の中間の季節が一番短い。春夏秋冬の順番も入れ替わってしまっていた。

 いつもはギリギリに登校をするから人も少ないのに、今朝は周りに沢山の生徒がいて酔いそうだった。

 公園の中央には大きな噴水があって、水飛沫が虹を作り出していて綺麗だった。この一瞬の季節を、近隣に住む住人が気持ち良さげに散歩をしていた。

 ふと、通学している生徒の顔が、同じ方角を見ながら何か話し込んでいたり、じっと見ながら歩いてるのに気が付いた。アズも同じ方向に目を向けてみたが、木が茂っているだけで何もない。

 歩みを緩めて目を凝らして見ると、黄色いラインが木々の隙間から見えた。その周りを丸いボールが飛んでいる。

「どうかしたか?」

「あれって、警察ですよね?」

「らしいな。昨晩、人が死んでるのが見つかったらしいからな」

「えっ!」

 周防はアズが知らなかったことに驚いていている様子だった。

「昨日、サイレンが鳴ってただろ?」

 そう言えば、そんな音を聞いた気もするけど、精神が疲弊して切っていて覚えてなかった。

「昨日は疲れて直ぐに寝たから」

「そうなのか? まあ死んだのは赤の他人だし、いいんじゃない?」

 周防の言葉は氷みたいに感じられるほど冷たかった。

「そんな言いかた、良くないと思いますけど」

「だってあそこで死んでいた人間を可哀相だと思う? 顔も知らないし、どんな死にかたをしたかも性別も何もわからないのに。可哀相だって思っているなら、それは単なる偽善だ。いい人ぶりたいだけだ」

 確かに周防の言う通りかもしれないけど、人の心は単純ではない。と考えて、本当にそうだろうか? 善し悪しを考えず、単純に思い込んで突っ走る人間もいる。

「すまんな。ちょっと言い過ぎた。でもあそこで死んでいたのはクルーだったらしいから」

「クルー、ですか……」

 クルーは精神疾患で入院、または病気の履歴がある可哀相な人達。収容施設は都市から離れた山間部にあってかなり離れているし、脱走なんてシステム上できないから、退院してきた履歴者だろう。

「まあ、クルーは発症した時点で、死ぬまでクルーだからな」

「――」

 周防の口ぶりから、アズが知らない情報を耳に入れているのかもしれない。多分、治って出てきた人がまたぶり返して自殺。珍しいことではなかった。

「ほら行くぞアズちゃん」周防がアズの手を掴んで歩き出した。


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