編入生ⅲ
実技室で受ける生徒は、トリプルクラス三五人中一二人。
ただ個人個人が持っている能力は高くない。それを引き出してコントロールしていくのがこの授業の目的。
「で、アズちゃんの能力ってなんだ?」
三つの教室の壁を取り払った部屋は広く、机と椅子は数えるほどしか置いていない。
アズと周防は、廊下側の壁に凭れている。白衣を着た研究者と、能力を持った教師が受け持ちの生徒とグループになり始めていた。
「アズちゃんには先生はつかないのか? もしかして、すごい能力者?」
馬鹿にしている口調にしかアズには聞こえない。そのまま周防の言葉に反応せずにいたら
「すみませーーん! ここにも生徒がいますけどー!」と大声で叫んで、一斉に視線が集中した。
どうやら周防といると注目されてしまうようだ。
「いいですから。もう黙っていてください」アズは周防の腕を掴んで引っ張った。
「どうして?」
アズは視線に耐えられなくなり、壊れた機械みたいにとにかく頭を下げた。生徒や研究者たちは、直ぐにやるべき仕事に戻ってくれる。
「私は、いいんです」
「だって、じゃあこの時間は何をするんだ?」
「見てる、だけ……です」
今までこの状況を何とも思わなかったのに、急に今の自分の立ち位置が恥ずかしく思えてくる。
「そうか。わかった」とだけ言った周防は、何もアズには聞き返さずに授業を眺めていた。
寮に戻ったアズは、倒れ込むように部屋に入った。
学園に併設されている寮は六階建てで、一棟に一学年の生徒が住んでいる。
寮と言ってもマンショと同じで、部屋にはお風呂もある。マンションと違うのは、二階に食堂と最上階に大浴場があるくらい。それと建物で男女と別れてもいない。昔と違って間違いが起きる心配はないからだった。
食堂を利用しない生徒は、部屋に常設さえているパネルか携帯から注文ができて、部屋までロボが運んできてくれる。
倒れ込んだままのアズは、食事の注文をする気力もない。床に寝ているアズの頬を、ふんわりとした毛が当たった。
「オサカナ。慰めてくれてるの?」
オサカナはアズが飼っている前足が不自由な真っ黒な猫で、左が翡翠みたいな緑色で、右が琥珀の色の目をしてる。
オサカナが「ニャア」と鳴いた。
「そうだよね。ご飯だよね。お腹空いたね」
オサカナは催促するみたいに、アズの顔を尻尾で何度も優しく撫で始める。それでもアズに立ち上がる力が沸いてこない。
編入生の周防のおかげで、一年分、いや二年分の体力を使った気がしていた。
学園に来てから、今日みたいなハードで濃厚な日を過ごした覚えがない。学園に来た時からアズはずっと一人だった。それが一気に反転したのだから無理もない。
それに自分よりも一〇歳も上なのに、やたらとテンションが高くて、アズの迷惑も考えていない。
オサカナが寝転がったままのアズの背中に乗って、もう一声鳴いた。
「そうだ。携帯」
投げだした鞄を引っ張り寄せて、携帯を取り出した。浮き出た画面から食堂のアイコンを選んで夕食を注文したあと、匍匐前進をしてオサカナの餌を用意した。
部屋や建物の掃除などは全てロボットがするので、基本的には何もしなくてもいいから楽だ。
「オサカナ。明日からどうしよう……行きたくないよ」
アズが本音を話すのは、今までオサカナだけだった。
「何なのかな? 周防、さん。そもそもLAだって私と同じで先生が付いてなかったし、他の授業だって結局は寝ていたし。そもそも、二六歳だかしらないけど机を並べるのがおかしいとね? 明日から、本当にやだよーー」
チャイムが鳴って、そのまま玄関扉が開く。給仕ロボが部屋に入ってきて、食事を置いていった。
「どうもありがとうー」
運ばれてきた夕食の香りに、お腹が鳴った。外からも遠くで何か鳴っていた。やっとアズは身体を起こした
朝方、何度も鳴るチャイムでアズは叩き起こされた。
朝食はまだ注文をしてはいないし、そもそもこの部屋のチャイムをロボ以外、鳴らしたことはない。
「なに? チャイム壊れたのかな?」
アズはベッドから下りて、そのまま玄関に立った。外に付いてあるボタンを確認しようと扉を開けた。
「おっはよー! ア、ズーーっ!!」
周防の語尾が天井を突き抜けるみたいに上がった。
「な、何ですか?! 何で周防さんが!」
「いや、それより、ふ、服は?!」
アズは寝るときはパンツ一枚で寝ていて、起きてそのままだからまだ何も着てはいない。
「この姿で寝てるんで」
「いや、ちょとゴメン。服を着てくれないか」
周防は、ずっとアズから顔を逸らしてまま。
「そんなことより、何しに来たんですか? まだ起床時間じゃなかったのに……」
周防に起こされなければ、あと四〇分は寝ていられた。
「だから、早く服を着てくれ!」
アズは周防の言葉を理不尽に思いながらも、部屋に戻って制服に着替えた。
リビングに戻ると、何故か周防がソファに座って寛いでいた。
「だから、どうして周防さん、勝手に入ってきてるんですか」
何だか怒る気力も出てこない。
「服、着たか?」
背を向けたまま周防が確認してくる。
「制服を着てますけど」
アズの言葉で周防は振り向くなり「性欲とか無くても、あの姿で人前に出るのはどうかと思う。恥じらいは持つべきだろ」
「別に、減る物でもないし。なら周防さんも空気を読んで下さい」
「俺はいいの」と周防は他立ち上がって部屋をうろつき始めた。
「アズちゃんの部屋、何つうか、何もない。生活感がなさ過ぎる」
確かにあるのはテレビとテーブル、ソファー。あとは備え付けの家具だけだった。
「あれ? これご両親?」
周防が手に取ったのは、部屋に唯一置いてある飾りで写真だった。