エンディング
こちらの話で、一応はエンディングを迎えます。4話目はこちらを既読を前提に書き足した物になります。
「せんぱーい!待って下さいよー!」
情けない声が俺の後方から聞こえてきた。振り返ると新人君が息を切らせて走ってきている。
「遅いぞ、新人。営業やるには体力が必要だ。足腰鍛えろ!」
「先輩早すぎッスよ!もうちょっとゆっくり歩いて下さいよ。もうヘトヘトっす」
「しょうがねぇな、どっかで休憩するか」
「やった、先輩優しい~」
「ワリカンだからな?」
俺とてそんなに稼ぎが良い方ではないので釘を刺しておく。家庭はまだ持っていないが、実家に仕送りくらいはしている一人暮らしだ。適当な喫茶店を見つけてアイスコーヒーだけ頼み、タオルで顔を豪快に拭った。
一息つくと、新人君が世間話を始めた。
「そういや先輩知ってますか?隣の県にすっげぇ曰くつきの学校が有るらしいんですよ」
「……当然知ってるな。俺はそこ出身だしな」
「え、そうなんすか。あの有名な怪談高校出身なんすか!」
「そうだ。ちなみに怪談じゃないぞ、不思議だ」
「大して変わらないっスよ」
「まぁいい。で、俺の母校がどうしたんだ?」
「いやね、経営不振で廃校になっちゃってもうすぐ取り壊しらしいんですけど、出るらしいんですよ」
「え、潰れたのか。それは初耳だな」
「あれ、知らなかったんですか?怪談話が多すぎて怖がって生徒が減っちゃって潰れちゃったんですよ」
「そ、そうだったのか……それで、出るって幽霊か?」
「そうなんすよ、業者の人が校舎で作業していると急に後ろから女の子が話しかけてくるらしんですよ。『そこの君、私の話を聞かない?』って。それで振り向くと誰も居ないって、掲示板で結構有名っすよ今。先輩こういう話好きでしょ?」
既にどれほどの時間が流れたのだろうか。俺は……いや、僕はもう30歳を超えていた。卒業して、大学に入り、今では営業マンとして時間も忘れて働いていました。住んでいた家には両親が残り、こうして隣の県で暮らしていたせいか、地元の話は全く届いて来ませんでした。
当然、居ても立ってもいられずに新人君に急用が出来たと伝え、直に駅へと走りました。
十年ぶりくらいで訪れた高校は、工事会社の立ち入り禁止のロープで入口が塞がれていて入れません。裏口の部室のある方に回り込みフェンスを越えました。
噂のせいか業者の姿も無く、当時の記憶を頼りに踊り場を目指します。
「先輩!居ませんか、先輩!」
踊り場に到着して叫びました。当時よりかなり大きくなった声は無人の校舎に良く響きました。屋上に出ようとすると、ドアは鍵が掛かっていて開きません。諦めて階段を数歩降りた瞬間、背後から声が掛かりました。
「そこの君、私の話を聞かない?」
「先輩!」
勢い余って振り返ってしまうと誰も居ません。そういう話だったはずですから当然です。失敗したと後悔していると、再度声が掛かります。
「もう一度ね。そこの君、私の話を聞かない?」
「……はい、是非お願いします」
振り返りたい衝動をグッと堪えて、返事を続けます。
「今は幾つか判りませんが、この学校の不思議の話に興味がありまして。ご存知なら聞かせて貰えませんか?」
「知らないなら私で良ければ話してあげるよ、当時より少しだけ増えて二十三不思議。長くなるけど良いかな?」
「……是非、お願いします」
声は当時のまま、静かな校舎に朗々と彼女の声が流れていきました。最初の八つはおなじみの不思議、そこからの話は僕にも覚えのある奇想天外な不思議な話でした。
二十二の話が終わると、僕の背後に人の気配が移動してきました。そして僕の両脇から女性の腕、当時のこの高校の制服の袖がスーッと伸びてきて、後ろから抱きつかれる形でその手が組まれました。
夜の暗闇の中で、何故かその手だけは良く見えました。とても懐かしい手でした。
「……まだ二十二ですよ」
「そりゃそうさ、こういう話の最後の1つは知ってしまったら何かが起こる。だから」
最後の話は君がしてくれないか?
耳元でそんな声が聞こえました。なんとなく理解して話をします。
「これは僕が体験した話ですが、昔、この学校には噂話が大好きな女生徒が居たんですよ。その女生徒はとても魅力的で、当時の僕はそんな彼女の話は勿論、彼女自身にも夢中でした。でも不思議なんですよ、いつまで経ってもその女生徒は卒業しない。いつしか、僕が先に卒業して、おじさんになってから学校に来てもまだ居るんですよ。どうです、不思議な話じゃないですか?」
なんという短い話なのだろう。僕は本当に話す才能が無いと思いました。だけど、彼女は満足したようでした。
「それは……不思議な話ね。これで二十三の不思議な話が揃ったわ。お互いの縛りは解けたわね」
僕の腰に回された手をギュっと掴んでおきます。
「いつからか、喋りかける事すら出来ずに違う存在になり掛けてたの。お喋りできないのは辛かったわ。ありがとう」
その言葉の直後、掴んでいたはずの手が消えました。振り向いても勿論誰も居ません。暗い校舎の中、暫く前まで確かに掴んでいた感触を思い出していました。
◆
「先輩、あの後まじ大変だったんすからね!今度何か奢ってくださいよ?」
「ああ、じゃあ今食ってるこの昼飯を奢ろう」
「ちょ、こんな牛丼じゃなくてもっと高い物にして下さいよ」
しょうがないな、と紅しょうがを山盛りで盛ってやる。
「最悪だ。紅しょうが嫌いなんすよね」
「そりゃ悪い事したな」
「そういや先輩、あの時怪談高校に行ったって本当ですか?」
「ん、何で知ってるんだ?」
「置いていかれて探しても見つからなくて会社に戻ったら、誰か忘れちゃったけど教えてくれたんすよ」
「忘れちゃったって、何だよそれ。というか俺が高校に行ったなんて会社の奴の誰にも言って無いぞ?」
「えー?誰だっけな、確か先輩の先輩じゃなかったかな、あの女の人」
思わず苦笑が漏れてしまった。必死に思い出そうとする新人君の背中をバシンと叩き、今度焼肉でも奢ってやるよと約束してやると大喜びしていた。
学校という枠から解放されて、どこかの街角で楽しそうにお喋りをする先輩を思い浮かべながら、俺の初恋は終わったのだと少し寂しい気持ちになってしまった。
これで、俺の不思議な話は終わり。少しは語る事が上手くなっただろうか。




